いのちの経験の証し

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誠実な人間になるための奮闘

全能神は言われます。「わたしの国には、正直で、偽善的でなく、偽りのない人々が必要だ。誠実で正直な人々は、この世では好かれないのではないか。わたしはまったくその逆だ。正直な人たちがわたしのところに来るのは受け入れられる。わたしはそのような人を喜び、そのような人を必要としてもいる。それこそがわた…

真理を理解することでのみ、自らを真に知る

あなたの唇は鳩より優しいが、あなたの心は古代の蛇より悪意がある。あなたの唇はレバノンの女性ほど美しいが、あなたの心はレバノンの女性ほど優しくはなく、カナン人の美しさの比較対象になどならないことは言うまでもない。あなたの心はあまりに欺きに満ちている。

神を信じる道に踏み出す

建前上、神を信じることがどういうことか、神を信じる目的は何かをわかっていても、私の視線は祝福されることだけに向いていたのです。まったく真理に注意を払わず、自分の堕落した性質を取り除いて神の御心を満足させることや、神を受け入れることを自分の目標にしていませんでした。

私はまさしく赤い大きな竜の子孫

神は私たちの中に存在する赤い大きな竜の毒とサタン的本性を暴露するために御言葉を表されるのであり、神が事実を明かされたことにより、私は自分の中の赤い大きな竜の毒を認識して見極め、二度とそれによって堕落して害されることがないように拒んで捨て去ることができました。

神に奉仕するとき、新たな巧妙な策略を見つけてはいけない

人の神への奉仕における最大の禁忌は何ですか。知っていますか。指導者として仕える人は、より大きな才能を有すること、人より勝っていること、また自分が本当にどれほど有能かを神にわかってもらえるように新しい巧妙なやり方を見つけ出すことを常に望んでいます。

誰にでもいい顔をする人にさようなら

神様の御言葉による裁きと刑罰を経験し、事実が露わにされたあと、「いい人」は悪賢くて腹黒く、良心も人間性もなく、神様に救っていただける可能性がないことを知りました。また、神様の御言葉の指し示しとお導きにも感謝しました。

従順の教訓

本当の服従とは何ですか。物事が思い通りに進んで注目され、輝き、何らかの栄誉を得られるなら、あなたはすべて満足で正当だと感じます。神に感謝し、神の指揮と采配に服従できます。しかし、自分が脇に追いやられ、注目を集められなくなり、いつも他人に無視されるなら、もはや幸せを感じません……

地位の足かせを捨て、前よりとても身軽に

今でさえも名声と利得のために努力する堕落した性質を露呈することはありえますが、もはやそれによって支配、拘束されてはいません。自分の経験を通じて、人は真理を実践することでサタン的な堕落した性質を捨て去ることができ、真理を実践すればするほど、人間らしく生きることができ、神に祝福していただけることを学びました。

生まれ変わる

自分の真の本性が何なのか、どれほど醜く、卑劣で、哀れであるかに気が付くと、人は自らをあまり誇りに思わず、ひどく傲慢ではいられず、以前のようには自分にそれほど満足しません。

七年間の試練が私の本当の姿を露わにした

私はまた、試練と精錬を経ることが、神様の救いを得る道における不可欠な一歩であることにも気づきました。いま、私はもう神様を責めも誤解もせず、その代わり神様の働きに喜んで従っています。近い将来、性質の変化を成し遂げて神様と相容れられるよう、私は一からやり直し、真理の追求に努力することを決意しました。

私はもう劣った素質を言い訳にしない

いま私は、各人の素質は神様によって予め定められたものであり、神様の輝かしい意図の一部だと理解しています。自分の素質の優劣に縛られてはいけないのです。将来、私は万事において真理を求め、原則をもって行動し、神様に満足していただける正直な人になるよう努めます。

神様の御言葉が導いてくださる

今後はどんなつまずきや失敗に直面しようとも、いつも神様の御前で真理を求め、反省して自分を認識するようにし、神様の御言葉を用いて自分の堕落した性質を解決し、真理に入る道を求めたいと思います。そのように実践することでのみ、いのちの進歩をさらに遂げてより効果的に本分を尽くせるのです。

いのちへの入りとは何か今やっとわかった

こうした刈り込みと取り扱いを経て、私はいのちへの入りとは何かについて本当の認識を幾分か得て、自分の欠点がもう少しはっきり見えるようになりました。本分を果たす際には、自分の入りに注意するようになり、真理を求めてそれを実践することがどれほど甘美であるかを知りました。

神様を褒め称えて証しする私の実践はとても馬鹿げていた

真に神様を褒め称えて証しするとはどういうことなのかを私に照らし、神様を褒め称えて証しすることについての私の理解がどれほど馬鹿げていたかを知らしめ、神様を褒め称えて証しすることだと自分で思い込んでいたことが実質的には神様への深刻な抵抗であると気づかせてくださった神様に感謝いたします。

人を正しく扱う方法を学んだ

一人ひとりの扱いについて神には原則があり、真理の原則に沿って他の人を扱うよう、神は求めておられます。たとえば、心から神を信じる人に対しては、寛容で慈悲深くあり、愛をもって助け、悔い改めて変わる機会を与えなければ。

神様の御言葉が私の観念を取り除いた

恵みの時代、神様はユダヤ人のあいだで再び無数のしるしや奇跡を示されたものの、ユダヤ人はそれでも神様を知らず、そのせいで神様を生きたまま十字架にかけました。それらはすべて、神様のしるしや奇跡があったとしても、人が真に神様を知ることはなく、神様を畏れる心も育まないことを示しています。