サタンの誘惑を受けた時、私は神様に祈って証しに立った (第一部)

2019年5月31日

主の再臨を喜んでお迎えする

36歳になった年、私は骨過形成症にかかり、あちこちの病院に行って治療を受けても何をしても効果がありませんでした。1996年の春に主イエスを信じるようになり、主の憐れみによって病気を治していただきました。その時からとても真剣に信仰するようになり、やがて通っていた教会の同労者になりました。1998年9月、二人の姉妹が来て、私たちに終わりの日の神の働きを証ししました。

全能神の御言葉を読むことによって、私は全能神こそが私たちが切望してきた主イエスの再臨だと確信し、教会の百三十人を超える兄弟姉妹と共に終わりの日の神の働きを受け入れたのです。私はわくわくしました。自分の生きているあいだに贖い主の再臨をお迎えできるとは想像もしていなかった私は、心の底から神による高揚と恵みに感謝しました。その後、私は全能神の御言葉を貪欲に読み、私の霊は養われました。しかし、主とご一緒できることの喜びに浸っていたその頃、私の前の教会の指導者や同労者があらゆる手段で私を妨害していやがらせをし、こうして霊的戦いが始まったのです…

霊的戦いの幕開け

ある日、全能神教会の姉妹の鄭(チェン)さんと宋(ソン)さんがうちの集会に来て交流し、こう言いました。

「神が終わりの日に御言葉を表し裁きの働きを行なわれる目的は、何よりも人を清めて変えることであり、私たちが自分のサタン的な堕落した性質を徹底的に捨て去って神の完全な救いを得られるようにすることです。また、神はふるい分けの働きもなさり、毒麦から麦を、山羊から羊を、悪しきしもべから良きしもべを分け、それぞれをその種類によって峻別されます。神様のご発言を聞いて『これは神の御声が語っているのだ』と認識でき、終わりの日の神の働きを受け入れることができるのは皆、麦であり、羊であり、真理を愛する人です。しかし、神の御声を聞いてもそれを受け入れない者、終わりの日の神の働きに反抗し、裁き、非難する者は、偽の信仰者であり、毒麦であり、暴露される悪しきしもべです。その中には強く反抗しすぎたために罰せられる者や、神の働きが終わると災害に巻き込まれて罰せられる者もいます。私たちは今や終わりの日の神の働きを受け入れており、裁きを経験して神に清められる機会があります。それでもサタンは敗北を認めず、あらゆる種類の人や出来事や物を使って、私たちが真の道を捨てて神の救いを失うように妨害して悩ませます。これは霊的な戦いであり、私たちは絶えず警戒して、神の御言葉をもっと読み、神にもっと祈って頼り、神の御言葉と真理に照らしてサタンのあらゆる狡猾な計略を見極めなくてはなりません。そうして初めて私たちは真の道にしっかり立てるのです…」

私たちが姉妹たちの交流に熱心に耳を傾けていたちょうどその時、急にドアがせっかちに叩かれました。私がドアを開けると、そこには前の教会の指導者の二人、李(リー)さんと劉(リュウ)さんがきつい表情で立っていました。私は心臓が高鳴り、こう思いました。

「この二人はここで何をしてるの。二人は前に私たちに『見知らぬ者、特に東方閃電の道を説く者を迎えることは許さん』と何度も強調していた。私やこんなに大勢の兄弟姉妹が神様の新しい働きを受け入れたことを二人が知ったら、私は何をされるかしら」

そう思いながら、私は慌てて彼らに挨拶して、「あら、いらっしゃい。どうぞ入ってください」と言いました。

二人の指導者は怒ったように押し入り、鄭(チェン)さんと宋(ソン)さんを見ると、彼女たちに指を突き立てて、「何をしている。東方閃電の説教をしているのか。我々の羊を盗みに来たのか。」と尋ねました。そして部屋中をさっと見渡し、怒りを我慢できないまま、兄弟姉妹たちを指差して、「いいか、この話はもう誰も聞いてはならんからな。さっさと出て行け。」と強く言いました。私は李(リー)さんが兄弟姉妹にこんなひどい態度をとるのを見て、主イエスが私たちは隣人を自分自身のように愛さなくてはならないと説かれたことを思いました。こんなふるまいがどうして主の道に沿っているのでしょうか。これのどこが愛のある行いなのでしょうか。

それで私は彼らに単刀直入にこう伝えました。

「李(リー)さん、劉(リュウ)さん、この二、三日の間に、私たちは全能神の御言葉を読み、この二人の姉妹の交流と証しを聞くことで、全能神が再臨された主イエスなのだと確信しました。お二人が今日来られたのはいいことです。一緒にお話が聞けますからね。主の再臨をお迎えするのは一大事です。」

話し終わるとすぐに、劉(リュウ)さんに嘲られました。

「我々にこの話を聞けだと。東方閃電を教えに来た者は誰だろうと門前払いしてきた。奴らの説教は確かにすごく崇高だが、俺は聞かない。それにあんたらには基盤がない」

彼はそう言うと、両手を腰に当て、鄭(チェン)さんと宋(ソン)さんに向かって「東方閃電など、本当に主イエスの再臨であっても認めるものか。」と腹立たしげに怒鳴り、私の方に向きを変えるとこう言いました。

「東方閃電の道は主イエスの働きと同じではない。あんたは東方閃電を信じることで、主イエスの働きを放棄して背教しているんだぞ。しかもあんたはこんなにたくさんの兄弟姉妹をたぶらかして、奴らの説教を聞かせた。主が来られた暁には、主にどのような言い訳をするのか見せてもらおう…」

私は背教したと言われてとても取り乱し、心でこう思いました。

「全能神の御言葉は権威と力があるし、神様から来る言葉であることは分かる。でも全能神の働きは主イエスの働きとは違う。まさか終わりの日の神様の働きを受け入れることで、私は主の道を放棄したことになるの。」

疑問が次から次へと心に浮かび、私は動揺し出しました。

その時、宋(ソン)姉妹が劉(リュウ)さんに落ち着いた調子で言いました。

「私たちは全能神を信じることで背教したのではありません。それどころか、子羊の歩みに付いて行き、主イエスの再臨をお迎えしているのです。考えてみましょう。主イエスが肉となって働きを行いに来られた時、ヤーウェ神の働きを土台の上に律法の時代に行われた働きより高次の働きを行われました。人々を律法の束縛から離れさせ、人類の罪を全て背負うために十字架刑を受け、こうして人類の罪の捧げ物となられたのです。人々が主イエスの御前に行って告白し悔い改める限り、罪を赦され、律法によって断罪されて死刑を宣告される危険を免れることができました。主イエスの働きはヤーウェ神の働きとは違いましたが、両方とも本質的にはそれでも一つの神によって行われたものであり、人類の必要に応じて行われた異なった働きだったのです。これは否定できない事実です。それでは、主イエスに従う者は皆、背教したと言えますか。明らかに言えません。そのような人々は神の歩みに付いて行く賢いおとめだと言えます。同様に、私たちが今日全能神の働きを受け入れるのも、神の歩みに付いて行くことになるのです…」

宋(ソン)姉妹が話し終わらないうちに、李さんはこらえかねて手を振り、「もういい。聞くかそんなこと」と怒って言いました。その時、私は全能神の次の御言葉を思い出しました。

「ヤーウェの働きからイエスの働きまで、イエスの働きからこの現在の段階の働きまで、これら三段階は神の経営の全幅を覆うもので、そしてすべてひとつの霊による働きである。神が世界を創造した時から、神は常に人類を経営して来た。神は初めであり終わりであり、最初であり最後であり、時代を始められる存在で、また時代を終わらせられる存在である。違った時代、違った場所における三段階の働きは確かにひとつの霊によって行なわれる。…今、第一段階から今日に至るまでのすべての働きはひとつの神の働きであり、ひとつの霊の働きであり、それに関して疑いの余地はないということを理解しなければならない」『言葉は肉において現れる』の「神の働きのビジョン(3)」より

「そうだわ」と私は思いました。

「律法の時代、恵みの時代、神の国の時代という三段階の働きが合わさって、神様の経営の全体を構成するんだわ。この三段階の働きは全部一つの神様が行われている。それが事実よ」

こう思いながら、私は安心し、ゆったりした口調で指導者に言いました。

「李(リー)さん、劉(リュウ)さん、私たちが終わりの日の全能神の働きを今日受け入れるのは間違っていません。全能神がなさる働きは主イエスがなされたものとは違いますが、神様は堕落した私たち人類の必要に応じて異なる働きを行われるのです。主イエスは私たちの罪を赦されましたが、私たちの罪深い本性は除去されておらず、私たちは今でも頻繁に罪を犯し、神様に反抗することができます。私たちを罪から完全に救うために、神様は贖いの働きを土台に言葉による裁きの働きという段階の働きを行われます。それは私たちが完全に罪の束縛を取り除かれ、神様によって清められ、救われるためです。主イエスの贖いの働きであれ、全能神の裁きの働きであれ一つの霊によってなされます。ですから、私たちが今終わりの日の全能神の働きを受け入れることは背教ではなく、むしろ子羊の歩みに付いて行き、完全に主の御心通りに行動することになるのです。それはヨハネの黙示録に『彼らは…小羊の行く所へは、どこへでもついて行く』(ヨハネの黙示録十四章4節)と述べられている通りです」

私が話し終わるのを待たず、二人の指導者は不満と苛立ちのあまり怒鳴りました。

「あんたがいくら正しくても無駄だ。俺たちの言うことを聞かないなら教会から追放だ。それに教会の信者全員にあんたが今では東方閃電を信じていることを知らせる。そうなれば信者もあんたを見捨てるだろうな」

そう言い放つと、二人とも憤りながら去って行きました。

指導者が教会から追放すると言うのを聞いた時、私は幾分心が痛み、神の信仰者でありながら私が追放されたら教会の兄弟姉妹はどう思うだろうかと考えました。将来彼らにどのように顔向けできるでしょうか。鄭(チェン)姉妹は私が少し落ち込んでいることに気づいたので、神の御言葉の一節を読んでくれました。

「わたしの計画において、サタンは一歩ごとにかかとに噛み付いてきたのであり、わたしの知恵の引き立て役としてわたしの本来の計画を邪魔をする方法と手段をつねに探っている。しかし、わたしがサタンの欺きに満ちた策略に屈するものだろうか。天と地のすべてはわたしに仕えている。サタンの欺きに満ちた策略も同様ではないのか。これはまことにわたしの知恵の交わるところ、これはまことにわたしの業の驚くべきところであり、これはまことにわたしの全経営(救いの)計画が実行される原則である」『言葉は肉において現れる』第一部「全宇宙への神の言葉」の「第八章」より

そして彼女は、このように話してくれました。

「神の御言葉から、神が行われる働きのどの段階においてもサタンはありとあらゆる狡猾な計略を用いてその働きを破壊し潰そうとし、私たちが神の御前に行くのを邪魔し、妨害するためにあらゆる手を尽くすことがわかります。そうすれば私たちが神を疎んで裏切り、サタンの網にかかって神の救いを失うだろうという虚しい目論見です。ですから、神が働かれるところにはどこでも、サタンが邪魔をしているのだと言えます。宗教界の各教派の指導者は今や噂をたくさん捏造して、全能神教会に無実の罪を着せて信用を傷つけようとしていますし、観念を広め、あらゆる悪だくみで教会を封鎖し、信仰者が神の御前に戻るのを妨げようとしています。これは全てサタンの狡猾な計略が背後に隠れています。サタンは人類を手に入れようと神と争っており、それは壮絶な霊的戦いです。サタンの狡猾な計略を見極めるため、私たちはどのように神の御言葉と真理に頼るかを学び、神に頼って踏ん張るのです。サタンの狡猾な計略に勝たせてはいけません。」

神の御言葉とこの姉妹の交流を聞いて、私は光が心の中に入るのを感じ、これが霊的戦いなのだとようやく悟りました。サタンはこの宗教指導者を用いて邪説を広め、私の邪魔をしようとしており、その狙いは私を神の臨在から引き離し、神の救いを永遠に失わせることなのです。そして「サタンの狡猾な計略にかかってはいけない、神様の歩みに付いて行って、真の道にしっかり立たないと」と思いました。そう思っていると心が徐々に落ち着きました。 時間が遅くなっていたので、兄弟姉妹とはまた次の機会に会うことにしました。

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