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転落前の高慢な心

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バイシュエ (瀋陽市)

主の働きの必要から、私は新しい勤務地に異動になりました。その時、私は神様に深く感謝しました。私には至らない点がたくさんあるにも関わらず、神の神聖なる昇進により、そのような素晴らしい勤務地で本分を尽くせる機会を与えられたと感じたからです。そして心の中で、「神様に報いるために最善を尽くします。」と誓いました。

証し

しかし、新しい勤務地に着くと、そこで行われていた働きには多くの落ち度があることに気付きました。そのため、私は働きのひとつひとつを自分で調べ始めました。調べながら思いました。「こんなことでどうやって働きが出来ていたのだろう。何1つ適切に管理されていないわ。ここでは、素晴らしい働きが行われているものだとばかり思っていたのに、まさか前任地よりもひどいとは思いもしなかったわ。私がここに来たからには、働きの手引きにしたがってひとつひとつ正しく管理されるようにしなければ。全ての兄弟姉妹がいのちに入れるように私が導いていくわ。」と考えました。このため、同労者たちとミーティングを重ね、計画を立て、取り決めを作りながら、働きの各項目を整理していきました。交流の場では、私は頻繁に自分の本音を伝えました。そこでの働きの質はとても低く、前任地での働きはここでの働きのようなものではなかったと。そして、前任地では、いかに私達が働きを管理し、働きを常に適切に行なっていたか、いかに私達が神に従順であったかを伝えました。私の話を聞いた同労者の中には、「全くあなたの言う通りです。私達は本当に価値のある働きを何も行なってきませんでした。私達は最初からやり直し、神の要件に従い働きを行なう必要があります。」と言う人や、「今日は素晴らしい話と仕事のアレンジをしてくださり、ありがとうございます。話していただかなかったならば、私達は安全策に目を向けておらず、あまりにも危険な状態になっていました。」と言う人もいました。そのような言葉を聞いて、私はとても嬉しくなりました。私は、そこでの前の指導者よりも実際に優れていると感じました。私は自分自身を誇らしく思うと同時に、「私があのような話をするのは、本当に適切だったのだろうか。私はどうして前任地の方がましだったとばかり言ってしまうのだろう。」とも考え、少し罪悪感を持たずにはいられませんでした。けれども、「そう言って何が悪いのだろう。私はより良い働きをする方法を彼らに教えようとしているだけなのだから。」とも考えました。こうして私は、聖霊が自省するようにとの働きかけに従うことはありませんでした。聖書の箴言には次のように書かれています。「高ぶりは滅びにさきだち、誇る心は倒れにさきだつ。」(箴言16:18)私は期待を胸に自分の働きに没頭する一方で、心の中では神との繋がりを失っていたのです。私は自分の働きで成功を収めることができなかったばかりか、当初は急上昇した福音の働きの効果も、急降下していきました。私は極めて辛い立場に置かれることになりましたが、自分が何を間違えたのか分かりませんでした。私は神の前に出て、祈り、熱心に導きを求めました。この時、説教の一節を思い出しました。「神に仕える指導者は、原則に従わなければならない。真理を明確に伝えることができなかったとしても、心は正しい場所になければならない。何があろうと全力で、神を称え、神の証を立てなければならない。あなた自身が理解していることだけを語り、ひたすら神を称え、証を立てなければならない。自分自身を称え、他者に自分を崇拝させてはならない。何をするにも、自分自身を称えたり、他者に自分を崇拝させたりしてはならない。これはあなたが覚えておくべき最初の原則である」(上部からの説教)。涙が私の頬を伝いました。後悔、罪悪感、感謝が一気にこみ上げてきました。同労者に話したことすべてを思い返しながら、自分には神に高めていただく価値がまったくないと感じました。教会は、私が神を称え、神の証を立て、兄弟姉妹を神の前に導き、彼らが神を知る手助けができるよう、私にここで本分を尽くさせるように計画しました。しかし、私は臆面もなく自己顕示し、自分自身を称え、自分自身の証を立て、自分自身の評価を上げようとしました。それは、周りの人達に自分を尊敬させ、崇拝させるためです。私は思い上がっていました。神を愛し、神を満足させるというのは名目だけで、自分自身の証を立て、自分自身の評価を上げようとしていました。このように卑劣な人間が、どうして神に尽くすに値するでしょうか。このような人間の働きが、どうして神の祝福を受けることがあるでしょうか。私の行いはどれも名声と地位を求めるものでした。反キリストの道を歩き、神に逆らって行動し、本当に神に嫌われていたのです。。それを考えれば考えるほど、私は自分のことが嫌になりました。後悔の念に溢れ、神の前にひれ伏し、次のように叫ばずにはいられませんでした。「あぁ、神様!刑罰と裁きを与えてくださり、ありがとうございます。これにより私は目が覚め、自分のサタン的な本性に気付くことができました。あなたは私の働きの方向性を示してくださいました。それにより、あなたを称え、あなたの証しをして初めて、自分の奉仕があなたの御心にかなうのだと理解できましたこれが、被造物である私の、創造主であるあなたへの本分なのです。あぁ、神様!今後は誰に語るにも、何をするにも、まず自分の心と動機を探り、あなたを称えてあなたの証しとなるよう心がけ、兄弟姉妹があなたを知ることができるよう導きます。そして真理と人間性を持ち合わせた者としてあなたの慰めとなることを誓います。」

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