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3.神の全能性と知恵が主に明らかにされたのはどの側面か。

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3.神の全能性と知恵が主に明らかにされたのはどの側面か。

関連する神の言葉

「神の言葉は権威であり、事実であり、その言葉が神の口で述べられる前に、すなわち神が何らかの業を行うことを決定した時点で、その言葉は既に実現されている。」

『言葉は肉において現れる』の「唯一の神自身1」より

「創造主の権威と力は、創造主が造った新しい物それぞれにおいて現れており、神の言葉とその実現は、寸分違わず、また少しも時間がずれることなく、完全に同期して発生した。こうした新たな物の出現と誕生は、創造主の権威と力を証明するものであった。神は、神の言葉通りを実行し、神の言葉は実現され、実現された物事は永遠に継続する。この事実は、過去にも現在も全く変わることが無く、また今後も永遠に変わることは無い。」

『言葉は肉において現れる』の「唯一の神自身1」より

「創造主は、言葉により神が求めていることの全てを得て、実現しようとしていることの全てを実現することができるだけでなく、神が創造した全ての物をその手中に収め、神の権威により造った全ての物を支配することも可能である。さらに、すべてが系統的かつ規則正しいものである。また、神の言葉により全ての物が生き、死に、さらに、神の権威により神が定めた律法の中に存在した。これについては例外は無かったのである。」

『言葉は肉において現れる』の「唯一の神自身1」より

「主イエスがラザロを死から復活させる時、主が使った言葉は『ラザロよ、出てきなさい』というひと言だけである。主はそれ以上の言葉を用いなかったが、そのことは何を意味するであろうか。こうした事柄は、死者を復活させることを含めて、神があらゆる事を言葉により実現可能であることを示している。神が万物と世界を創造した時、神はこれらを言葉により創造した。神は言葉で命じ、すなわち権威ある言葉を用い、その言葉通りに万物が創造された。創造は、このようにして行われたのである。主イエスが述べたこのひと言は、天地と万物を創造した時に神が述べた言葉と同じであり、主イエスの言葉には神と同じ権威、創造主と同じ力があった。万物が神の言葉により形成され、存在したのと全く同じようにして、主イエスの言葉によりラザロが墓から出たのである。ラザロの復活は、受肉した身体により証明され、実現された神の権威であった。この種の権威や能力は、創造主と、創造主が形あるものとなった人の子のものである。神がラザロを死から復活させることにより、人間に啓示された知識は、その事実である。」

『言葉は肉において現れる』の「神の働き、神の性質、そして神自身3」より

「世界で起こるすべてのことの中で、わたしが最終的な決定権を持たないものはない。わたしの手の中にない存在などあるだろうか。わたしの言うことはすべてその通りに進み、人々の中にはわたしの心を変えられる者はない。それが、わたしが地上で行った契約なのか。何事もわたしの計画を妨げることはできない。わたしの経営の計画と同様に、わたしの働きの中にも、絶えずわたしは存在している。いったい誰が妨害できようか。これらを直接準備したのはわたしではないか。」

『言葉は肉において現れる』第一部「全宇宙に向かって語った神の言葉」の「一番目の言葉」より

「『言葉』という語は単純でありふれたものだが、肉となった神の口から出る言葉は、全宇宙を揺るがす。神の言葉は人間の心、その観念や古い性質、全世界の古い姿を変える。はるか昔から、現在の神だけがそうした働きを行っている。そして、現在の神だけがそのようにして語り、人を救う。それより後、人間は言葉に導かれて生き、言葉により養われ、施される。人間は言葉の世界に生き、神の言葉の呪いと祝福の内に生き、それ以上に言葉の裁きと刑罰との下に生きる。これらの言葉と、この働きはみな、人間が救われ、神の心を達成し、古い創造の世界における元々の姿を変えるためのものである。神は言葉により世界を創り、全宇宙の人間を言葉により導き、言葉により征服し、救う。ついには、言葉により、古い世界全体を終わらせる。そのときはじめて、経営(救いの)計画が完了する。」

『言葉は肉において現れる』の「神の国の時代は言葉の時代」より

「終わりの日の働きにおいては、言葉はしるしや不思議の顕示よりも力強く、言葉の権威はしるしや不思議の権威を超越する。言葉は人の心のすべての堕落した性質を現す。あなたは自分でそれらを認識することはできない。それらが言葉を通して明らかにされるとき、あなたは当然それを認識し、否定することはできず、完全に確信するであろう。これは言葉の権威ではないであろうか。これは言葉の現在の働きによって得られる成果である。だから、人は病気を癒したり悪霊を追い出したりすることにより、罪から完全に救われることはできず、しるしや不思議を顕すことにより、すっかり完全にされることはないのである。癒したり悪霊を追い出したりするための権威は人に恵みを与えるだけで、人の肉は依然としてサタンに属し、堕落したサタン的な性質は依然として人の中に残っている。すなわち、まだ清められていないものは依然として罪と汚れに属しているということである。人は言葉によって清められて初めて、神のものとされ、清められる。…サタンによる堕落を何千年も経た人間には、神を退ける性質が既に存在していた。だから、人が贖われたとき、それは人が高い代価で買い取られた贖い以上のものではなく、人の中の毒を持った性質は取り除かれてはいなかった。あまりにも汚れた人は、神に仕えるにふさわしくなる前に変えられなければならない。裁きと刑罰の働きを通して、人は自分の中の汚れて堕落した本質を完全に知るようになる。そして、人は完全に変わり、清められることができる。この方法でのみ、人は神の玉座の前に戻るのにふさわしくなることができる。この日なされるすべての働きは人が清められ変えられるためである。言葉による裁きと懲罰、また精錬を通して、人は堕落を捨て、聖くされることができる。…あなたに見える神自身の栄光と権威は、十字架上の死や病の癒し、悪霊を追い払うことだけをとおして見えるのではなく、言葉による神の裁きをとおしてさらにはっきりと見えるのである。これはつまり、しるしや病の癒しや悪霊を追い払う業だけが神の権威と力なのではなく、言葉による裁きが神の権威をよりよく象徴的に表し、神の全能を明らかにできることを示している。」

『言葉は肉において現れる』の「受肉の奥義(4)」より

「神の心と働きは、天地や万物創造のように簡単なものでないことを理解しなくてはならない。なぜなら今日その働きとは、堕落した人たちや極端に麻痺してしまった人たちを変え、創造されながらもサタンに影響を受けてしまった人たちを清めることであり、アダムとエバを創造することではなく、ましてや光を創ったり、あらゆる植物や動物を創造したりすることではない。神の働きは今やサタンによって堕落したすべてのものを清めて取り戻し、自分のものとし、自分の栄光とするためのものである。そのような働きは、人間が想像する天地や万物の創造のように簡単なものではなく、人間が想像するような、サタンを呪いながら底なしの淵へ送るようなものでもない。むしろそれは人間を変えるものであり、否定的なものを肯定的なものに変え、神に属さないものを神の所有物にすることだ。これがこの段階での神の働きの秘められた意味である。あなたがたはそれに気づかなくてはならないし、物事を安易に考え過ぎてはならない。神の働きは、どの普通の働きとも異なるものだ。そのすばらしさは人間の頭では考えることができず、その知恵は人間が獲得できるものではない。神は万物を創造しているのでも、それらを破壊しているのでもない。むしろ、神は自分の創造物を変え、サタンによって汚されたすべてのものを清めているのだ。それゆえ神は大規模な働きを始める。そして、これが神による働きの意義の全てである。」

『言葉は肉において現れる』の「神の働きは人間が想像するほど簡単か」より

「六千年にわたるわたしの経営(救いの)計画全体は、三つの段階、あるいは時代から成る。まず律法の時代、次に恵みの時代(贖いの時代でもある)、そして最後に神の国の時代である。これら三つの時代におけるわたしの働きは、各時代の性質によって異なるが、それぞれの段階で人の必要性に対応している、というよりむしろ、わたしに対する戦いでサタンが用いるその策略に応じて異なっている。わたしの働きの目的は、サタンを打ち負かし、わたしの知恵と全能を明らかにし、サタンの策略をすべてあばくことで、その支配下に生きるすべての人間を救うことである。それはわたしの知恵と全能を示すと同時に、サタンのおぞましさを明らかにするものである。それに加えてわたしの創造物が善悪を区別し、わたしこそがすべての物を治める者であることを認識し、サタンが人類の敵、下の下、悪い者であることがはっきり分かるよう教え、善悪、真理と偽り、聖さと汚れ、偉大さと卑劣の違いを明白にすることである。それにより無知な人間が、人間を堕落させるのはわたしではないこと、創造主であるわたしだけが人間を救うことができ、楽しみとなる物事を授けることができることを、わたしに対して証しし、わたしこそがすべての物を治める者であり、サタンは後にわたしに背いたわたしの被造物の一つにすぎないと彼らは知ることができる。わたしの六千年の経営(救いの)計画は、次の効果を得るために三つの段階に分けられている。わたしの創造物がわたしの証人となり、わたしの心を知り、わたしこそが真理であるのを知ることである。」

『言葉は肉において現れる』の「贖いの時代における働きについての真実」より

「人間における神の働きは、世界の創造時にまだ準備されてはいなかった。むしろ神は状況の進展を通して、人間に対してさらに現実的かつ実際的にその働きを徐々に実行した。ヤーウェが女を誘惑するために蛇を創造したわけではなかったのと同じである。それは神の特別な計画でも、神が予め決めたことでもなかった。それは予期せぬことだったとも言える。ヤーウェがアダムとエバをエデンの園から追放し、人を再び創造しないと誓ったのは、まさにそのためである。ただ、この根拠においてこそ、神の英知が人々によって見出されるのだが、そのことはわたしが最初に『わたしの英知はサタンの策略に基づいて行使される。』と言った通りだ。人間の腐敗がどれだけ進んでも、蛇がいかに人間を誘惑しても、ヤーウェは依然として神の英知を備えていた。それゆえ、神は世界の創造以来これまで新しい働きに携わり、その働きの段階はこれまで一度も繰り返されたことはない。サタンはこれまで継続的に策略を実行し続けている。人間はサタンにより堕落させられ続けており、ヤーウェ神も自身の英知の働きを継続的に実行し続けている。神は一度も失敗したことがなく、世界の創造からこれまでにおいて、自身の働きを一度もやめたことがない。人間がサタンによって堕落させられた後、神は人間を堕落させる敵を打ち負かすために、人々の間で継続的に働きを行った。その戦闘は始まりから世界の終わりまで続くだろう。この働きを行うに際して、神は、サタンによって堕落させられた人間も自身の素晴らしい救いを受けられるようにしただけでなく、自身の英知、全能性、および権威を人々が知るようにもした。そして最後に神は、人が自身の義の性質を見るようにする。つまり、邪悪な者を罰し、正しい者を報いる。神は今日まで戦ってきて、一度も負かされたことはない。それは神が知恵に満ちており、神の英知はサタンの策略に基づいて行使されるからだ。そのため、神は天のあらゆるものを自身の権威に従わせるだけなく、この世のすべてのものを自身の足台の下に置き、更には人間を侵害し悩ませる、悪事を働く者が神の刑罰の中に落ちるようにする。その働きの結果のすべては、神の英知によりもたらされる。神は人間の存在の前に自身の英知を一度も啓示したことはない。それは神には、天国、この世、または全宇宙に敵がおらず、万物の何物をも妨害し得る闇の力は存在しなかったからである。大天使が神を裏切った後、神はこの世に人間を創造したが、何千年も続く、サタンたる大天使との戦いを神が正式に始めたのは人間のためであり、その戦いは一連の段階を通して、さらに過熱を増している。神の全能性と英知は、そのそれぞれの段階で示される。このとき初めて、天と地のすべてのものは、神の英知、全能性、そして特に神の現実性を見ることができる。神は今日、依然として同じ現実的方法で自身の働きを実行している。さらに神は、自身の働きを実行するとき、自身の英知と全能性を示す。神はあなた方が、各段階の働きの背後にある真実を知るようにし、神の全能性をどう説明するかを明確に知るようにし、特に神の現実性をどう説明するかを知るようにする。」

『言葉は肉において現れる』の「あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである」より

「わたしの計画において、サタンは一歩ごとにかかとに噛み付いてきたのであり、わたしの知恵の引き立て役として、いつでもわたしの本来の計画を邪魔をする方法を探っている。しかし、わたしがサタンの欺きに満ちた策略に屈するものだろうか。天と地のすべてはわたしに仕えている。サタンの欺きに満ちた策略も同様ではないのか。これはまことにわたしの知恵の交わるところ、これはまことにわたしの業の驚くべき点であり、これはまことにわたしの全経営(救いの)計画が実行される原理なのだ。神の国建設の時代にも、わたしはサタンの欺きに満ちた策略を避けず、なすべき働きを続ける。宇宙のあらゆるものの中で、わたしはサタンの行いをわたしの引き立て役に選んだ。これはわたしの知恵ではないか。」

『言葉は肉において現れる』第一部「全宇宙に向かって語った神の言葉」の「八番目の言葉」より

「わたしが正式に働きを始めると、すべての人はわたしの動きにつれて動く。そのようにして、全宇宙の人々はわたしと共に働く。全宇宙に『歓呼の声』が響き、人間はわたしと共に勢いよく前進する。その結果、赤い大きな竜はうろたえ、狂乱し、わたしの働きに仕え、望まずとも、自分のしたいことができず、『わたしの支配に従う』しかなくなる。わたしの計画すべてにおいて、赤い大きな竜はわたしの引き立て役、わたしの敵、そしてまた、わたしの『しもべ』であった。したがって、わたしはけっして竜の『要求』を緩めたことがない。だから、受肉におけるわたしの働きの最終段階は、その『家』の中で完了するのである。このようにすれば、赤い大きな竜はよりよくわたしに仕えることができ、それによって、わたしはこれに打ち勝ち、計画を完了するのである。」

『言葉は肉において現れる』第一部「全宇宙に向かって語った神の言葉」の「二十九番目の言葉」より

「サタンに対する神の勝利は、避けられない流れなのである。サタンは実際に昔、敗北した。福音が大きな赤い竜の土地を通して広がり始めたとき、つまり、受肉した神が働きを始め、その働きが引き起こされたとき、サタンは完全に倒されることとなった。その受肉はサタンを倒すためのものだったからである。サタンは、神がもう一度肉となり、また神の働きを遂行し始めたのを見た。そして、どんな力もその働きを止められないことを理解した。そのため、その働きを見たときにサタンは愕然とし、サタンの働きをあえてそれ以上続けなかった。最初にサタンは、自らが多くの英知も持つものと思っていて、神の働きを中断させてその阻害を行った。けれどもサタンが予想していなかったのは、神がもう一度肉となり、神自らの働きにおいて、サタンの反抗性を用いて、人間のための啓示と裁きを行い、それにより人間を征服してサタンを打ち負かすということだった。神はサタンより賢明で、神の働きはサタンをはるかに凌ぐ。だから、わたしは以下を前に述べた。『わたしが行う働きはサタンの策略に対応して実行される。最後にわたしは、自らの全能性とサタンの無力さを示す。』」

『言葉は肉において現れる』の「あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである」より

「現在、あなたがたは、創造の時以来、人類が一度も見た事の無い唯一の真の神と対面しているが、わたしには特別なことは一切無い。わたしはあなたがたと共に食べ、生活し、話し、笑い、常にあなたがたの中に生きていると同時に、あなたがたの中で業を行っている。信じない者、あるいは自分自身の重大な観念のある者にとって、それは躓きとなる。これがわたしの知恵である。」

「キリストが最初に発した言葉と証し」より

「わたしが以前言ったように、わたしは英知ある神である。わたしは自らの正常な人間性によって、あらゆる人間とそのサタンの行動を明るみに出す。誤った意図を持つ者、人前での行動と、人の陰での行動が異なる者、わたしに抵抗する者、わたしに不忠実な者、金銭に執着する者、わたしの重荷に気を配らない者、自分の兄弟姉妹達と共に欺き、不正を行う者、口達者で人々を歓喜させる者、自分の兄弟姉妹達と心神一致して団結できない者を暴く。」

「キリストが最初に発した言葉と証し」より

「世界のすべての国々が権力と利益を求めて競い、領地をめぐって戦うが、それに驚いてはならない。何故ならそれは全て、わたしの役に立つからである。わたしの役に立つと言うのは、何故だろうか。わたしは指一本動かすことなくことを行う。サタンを裁くため、わたしはまず彼らをお互いに争わせ、最終的に彼らを破滅させ、自らの狡猾な策略にはまるようにする(彼らはわたしと権力をめぐって競うことを望むが、終いにはわたしに仕えることになる)。」

「キリストが最初に発した言葉と証し」より

「わたしは賢明にことを行う。わたしは刃物も銃も使わず、指一本動かすことなく、わたしに背きわたしの名を汚す者たちを完全に打ち破る。わたしの度量は大きく、たとえサタンが混乱を引き起こしても、順調にわたしの業を続ける。わたしはサタンを気にも留めず、わたしの経営計画の完了とともにサタンを打ち破る。それがわたしの力であり、知恵であり、そして何よりも、それは、わたしの終わることの無い栄光のほんの一部である。」

「キリストが最初に発した言葉と証し」より

「今日、神は自身の働きを行うために世界に戻ってきた。神が最初に留まった所は、独裁的支配者たちの大いなる集り、すなわち無神論の頑強な砦、中国である。神はその知恵と力によって一群の人々を獲得したが、その間にも神は中国共産党によってあらゆる手段をもって追跡され捕らえられ、塗炭の苦しみにさらされ、頭を休める場所もなく、避難する場所を見つけることもできない。それにも関わらず、神は意図した働きを続行している。つまり神は声を発し、福音を広める。誰も神の全能性を推し量ることはできない。神を敵と見なす国、中国で、神は決してその働きをやめてはいない。それどころか、ますます多くの人々が神の働きと言葉を受け入れている。神は人類の一人一人を救うためにできる限りのことをしているからである。私たちは、いかなる国家も勢力も神が果たそうと願うものの前に立ちはだかることはできないと信じている。神の働きを妨害し、神の言葉に抵抗し、神の計画をかき乱し、阻害する者たちは最終的には神に罰される。神の働きに逆らう者は地獄に送られる。神の働きに反抗する国家は滅ぼされる。神の働きに反対するために立ち上がる民族は地上から一掃され、消滅する。…

神の働きは強く打ち寄せる大波のようなものである。誰も神を引き留めることはできないし、誰も神の歩みを停止させることはできない。神の言葉に注意深く耳を傾け、神を探し求め、渇望する人々だけ神の歩みをたどり、神の約束を受けることができる。そうしない者は圧倒的な災難を被り、当然の罰を受ける。」

『言葉は肉において現れる』の「神は全人類の運命を支配する」より

「神の国は人間たちの間で拡大する。神の国は人間たちのただ中で形作られている。神の国は人間たちのただ中に建てられている。どんな力もわたしの国を破壊できない。...あなたがたは、与えられた祝福を受け入れたことがあるか。あなたがたは、自分に対して結ばれた約束を探したことがあるか。あなたがたは、必ずや、わたしの光の導きの下、闇の力の拘束を打ち破るだろう。あなたがたは、絶対に、闇のただ中にあって、あなたがたを導く光を失いはしないだろう。あなたがたは、必ずや、すべての被造物の主人となる。あなたがたは、必ずや、サタンの前で勝利する。あなたがたは、必ずや、赤い大きな竜の国が滅びるとき、無数の者たちの中で立ち上がり、わたしの勝利を証しする。あなたがたは、必ずや、秦の国にあって、堅固で揺るぎないだろう。あなたがたの耐え忍んだ苦しみによって、あなたがたはわたしからの祝福を相続する。そして、必ずや、全宇宙においてわたしの栄光に輝くだろう。」

『言葉は肉において現れる』第一部「全宇宙に向かって語った神の言葉」の「十九番目の言葉」より