780 神を真に認識している人を神は獲得しようと望む
1 神の性質に関する認識、および神が所有するもの神そのものに関する認識は、人々に肯定的な影響を与えることができます。そうした認識は、人々が神をさらに信頼し、神に対して真に服従し、神を崇敬する上で役立ちます。そうなると、人々はもはや盲目的に神に従うことも、無闇に神を崇めることもなくなります。神は愚か者や、盲目的に大衆に追随する人たちを望まず、むしろ神の性質を心の中ではっきり知って認識し、神を証しすることができる人、および神の愛、神が所有するものと神そのもの、そして神の義なる性質のゆえに、決して神を捨てない人の集団を望みます。
2 神に付き従う者として、心がいまだ明瞭でなければ、あるいは神の真の存在、神の性質、神が所有するものと神そのもの、そして人類を救う神の計画に関して漠然とした点や混乱している点があれば、あなたの信仰が神に称賛されることはありません。神は、そのような人が自分に付き従うことを望んでおらず、そのような人が自分の前に来ることを好みません。この種の人は神を理解せず、心を神に捧げることができず、神に対して心が閉ざされているので、神に対する信仰は不純に満ちています。そのような人の神に対する信仰は、盲目としか言いようがありません。
3 神に関する真の理解と認識は神への真の服従と畏敬を育みますが、人はそれらをもって初めて真の信仰を得て、真の信者になることができます。そのような形でのみ、人は神に心を捧げ、心を開くことができるのです。それが神の望むことです。なぜなら、そのような人の行動や思考はどれも神の試練に耐え、神を証しすることができるからです。
『神を知ることについて』「神の働き、神の性質、そして神自身 III.」(『言葉』第2巻)より編集