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どのように正直な人になることを実践し、それに入っていくべきか。

関連する神の言葉

『キリストの言葉の記録』の「いのちの進歩を表す六つの指標」より

誠実であるためには、まず自分の心をさらけだし、皆がそれを見てあなたが考えていることのすべて、あなたの真の顔を見ることができるようにしなければならない。取り繕ったり、自分自身を隠そうとしてはならない。そうしてのみ、他人はあなたを信じ、誠実だと思う。これが誠実であることの最も基本的な実践であり、前提条件である。あなたはいつも見せかけていて、聖さや高潔さ、偉大さに加え、高尚な道徳的特質を常に装っています。自分の堕落や欠点を人に見せません。あなたは立派で、偉大で、自己犠牲をいとわず、公平で、無私だと思われようと、人に偽りの姿を見せます。それは不正直です。何かのふりをして自分を装ってはなりません。代わりに自分と自分の心を人にさらけ出し、見えるようにしなさい。人に見えるように心をさらけ出す、つまり心の中で考えもくろんでいることをすべてさらけ出すことができれば、その正否に関係なく、あなたは正直ではありませんか。人に見えるように自分をさらけ出すことができれば、神はあなたを見て「あなたは人に見えるように自分をさらけ出したので、私の前でもたしかに正直だ」と言います。あなたが人に見えないところで神にだけ自分をさらけ出し、人前では立派で高潔、あるいは公平で無私であるかのようなふりをいつもしているなら、神はどう考え何と言いますか。神はこう言います。「あなたは本当に不正直だ。まったく偽善的で狭量で、正直ではない」。そうしてあなたを断罪します。正直でありたいならば、神の前で、あるいは人前で何をするかに関係なく、心を開いて自分をさらけ出さすことができなければなりません。

『キリストの言葉の記録』の「正直であることの最も基本的な実践」より

今日、ほとんどの人々は、恐ろしくて自分の行いを神の前に示すことができない。また、あなたは神の肉を欺くかもしれないが、神の霊を欺くことはできない。神の監督に耐えられない物事は、いずれも真理に一致しないので、捨て去れねばならない。さもなければ、それは神に対する罪である。だから、祈る時であれ、兄弟姉妹と話し、交わりを持つ時であれ、自分の任務を果たし、自分の業務に携わる時であれ、あなたは自分の心を神の前に捧げなければならない。あなたが自分の役割を果たす時、神はあなたと共にいる。そして、あなたの意図が正しく、神の家の業のためになるのであれば、神はあなたの為すこと全てを受け入れるであろう。だからあなたは自分の役割を果たすよう熱心に献身すべきである。あなたが祈る時、心の中に神への愛があり、神の配慮と守りと監督を求めることがあなたの意図であれば、あなたの祈りには効果があるであろう。

『言葉は肉において現れる』の「神は神の心に適う者を完全にする」より

現在、神による監督を受け入れることができない者は誰でも、神からの承認を受けることができず、また、受肉の神を知らない者は完全にされることはない。あなたの為す全てのことを見て、それを神の前にさし出すことができるかどうか考えてみなさい。あなたが為す全てのことを神の前に示すことができないのであれば、それはあなたが悪を行う者であることを示している。悪を行う者が完全にされ得るであろうか。あなたが為す全てのこと、一つひとつの行い、一つひとつの意図、一つひとつの反応を神の前に示さなければならない。あなたの日々の霊的生活、つまり、あなたの祈り、神との親密さ、神の言葉を食べ、飲むこと、兄弟姉妹との交わり、教会生活をおくること、そしてあなたの共同の奉仕さえも神の前に示し、神によって監督されねばならない。あなたがいのちにおいて成熟するのを助けるのはこのような実践である。神の監督を受け入れる過程は、清めの過程である。あなたが神の監督を受け入れれば受け入れるほど、あなたは一層清められ、神の意志と一致するので、放蕩や放縦に陥らなくなり、あなたの心は神の前で生きるだろう。あなたが神の監督を受け入れれば受け入れるほど、サタンは一層辱められ、あなたはさらに肉を捨てることができる。したがって、神の監督を受け入れることは、人間が実践しなければならない道である。あなたが何を為そうと、兄弟姉妹との交わりの最中でさえ、あなたが自分の行いを神の前にさし出して神による監督を求め、あなたの意図が神自身に従うことであるならば、あなたが実践することは一層適切なものとなるであろう。あなたが為すこと全てを神の前にさし出して神の監督を受け入れて初めて、あなたは神の臨在で生きる者となることができる。

『言葉は肉において現れる』の「神は神の心に適う者を完全にする」より

正直であるとは、神に心を捧げること──何事においても神を偽らないこと、あらゆることにおいて、神に率直であること、事実を隠そうとしないこと、上の者に対して偽りなく、下の者を惑わさないこと、そして、神に取り入る為だけに何かを決してしないこと。つまり、正直であるということは、言動において不純でないことであり、神をも人をも欺かないということである。…神の前ではきちんと振る舞い、とりわけ「礼儀正しい」けれど、霊の前では反抗的で放埒な行いをする者もいる。そのような人をあなたがたなら正直な者の数に入れるだろうか。もしあなたが偽善者で「社交」上手であるなら、あなたは神を軽んじていると断言しよう。もしあなたの言葉が言い訳と無価値な正当化だらけだとしたら、あなたには、真理を行おうという気持ちがないのだ。もしあなたが他人に言うことのできない秘密を多数抱え込んでいながら、光明を求めて自分の秘密──自分の中にあるやっかいな部分──を他人に打ち明けないでいるとしたら、あなたが救いを受けることは難しく、闇から抜け出すことも容易ではない。もしあなたが真理の道を求めることに喜びを感じるのなら、あなたはしばしば光の中に生きている。神の家で効力者であることを喜ぶ人で、人に知られなくとも勤勉に、良心的な仕事をし、決して何かを得ようとせず、常に与える者であるのなら、その人は忠実な聖徒だと言おう。報いを求めず、ただ正直であるのだから。率直であろうとし、すべてを与える覚悟があり、神のために命を犠牲にして証しすることができるのなら、神を満足させることだけを考え、自分のことは考えず、自分のためには何も求めないほど正直なら、そのような人は光に養われ、神の国で永遠に生きる人である、とわたしは言おう。

『言葉は肉において現れる』の「三つの忠告」より

説教と交わりの参考箇所

手を抜くことなく、また神様を騙すことなく自分の本分を尽くしたければ、誠実な人になるという問題を解決しなければなりません。本分を尽くしているあいだは刈り込みと取り扱いを受け入れ、神様の霊による吟味を受け入れ、神様のお求めに厳密に従って実践しなければなりません。自分が本分において手を抜いていることに気づいたら、神様に祈りなさい。自分が神様を騙そうとしていることに気づいたら、その過ちを認めなければなりません。このことは隠しだてしたり取り繕ったりすることはできず、ましてや他人に責任を負わせるために事実を歪めることはできません。自分が行なうことについてはこのように真面目になり、自分の一切の言動を真剣に扱う必要があります。率直に事実だけを話し、事実から真理を探し求めなさい。そして自分の言葉を偽りで汚してはいけません。過ちに気づいたら神様に祈るだけでなく、それを他の人に率直に認めなければなりません。自分の評判を気にして後ずさりしてはいけません。正々堂々と事実に向き合うべきです。そのような実践は有意義であり、あなたにとって有益であることは保証されています。第一に、自分が誠実な人になる自信を増すことができます。第二に、屈辱を恐れないことと、虚栄心や自尊心を捨てることをあなたに教えることができます。第三に、事実と向き合い事実を尊重する勇気をあなたに与えることができます。第四に、自分が行なう物事について真剣になる意志をあなたの中に育むことができます。このようにしてしばらく実践すれば、人は自分の本分を尽くす上ではるかに正直になり、自分が行なう物事においてさらに現実的になり偽りが減ります。そうした人は数年も経たないうちに、自分が行なうことを誠実かつ真剣に受け止め、責任を持って物事を扱う誠実な人になります。そのような人は本分を尽くし、働きを行なうにあたって比較的信頼できます。神様の家がそうした人を役立てるときのみ、何一つ間違った方向に進まないことが保証されるのです。

兄弟の交わりより

今、あなたがたは正直者になるための訓錬過程にいます。この過程では何にもっと注意すべきでしょうか。神を知ることに注意し、真理を理解することに注意するべきであり、肯定的な側面からいのちへ真に入っていかなければなりません。肯定的な側面から入るならば、否定的な側面からの堕落は自然に減り、これは極めて重要です。たとえば、正直者になるには、先ず正直者であるという現実と真理を身に付ける必要があります。この後には、あなたの正直な部分が増え、嘘と狡猾さは自然に減ります。そうですね。ちょうど汚れた水の入ったコップと同じです。水を捨てられないのですから、どうしますか。コップにきれいな良い水を注がなければならないのであり、良い水は汚い水を自然に洗い流します。今やあなたがたは真理を身に付けなければならないのであり、ひとたび真理があなたの中に入ると、あなたの中の否定的なものは自然に消えるのです。

『いのちに入ることに関する交わりと説教(1)』の「嘘をつくことの問題をいかにその根源から解決するか」より

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