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第5章 神の受肉についての真理

2. 肉となった神の重要性

関連する神の言葉

この肉の体が人類にとって極めて重要なのは、それは人間である、かつそれ以上に神であるからだ。それは通常の人間には不可能な働きが可能だからであり、神には地上で共に暮らす堕落した人間を救うことが可能なためである。神は人間と同じ外見をもつが、受肉した神はどんな重要人物よりも人間にとって重要である。それは神の霊には不可能な働きが可能だからであり、神自身について霊よりも優れた証しができ、神の霊よりも完全に人間を得ることができるからだ。その結果、この肉は普通で平凡であっても、その人類への貢献と人類存在にとっての意義により、この肉体は極めて尊いものとなる。そしてこの肉の真の価値と意味は誰にとってもはかりしれないものがある。この肉は直接サタンを滅ぼすことはできないが、神はその働きによって、人間を征服し、サタンを打ち負かせる。サタンを完全に支配下に下せる。これは、神が受肉したから、サタンに勝利して人類を救うことができるのだ。神は直接サタンを滅ぼしはしないが、サタンによって堕落させられた人類を征服する働きをするため受肉する。このようにして、神は被造物のもとで自分を証しでき、堕落した人間をよりよく救える。受肉した神がサタンを打ち負かすことは、神の霊が直接サタンを滅ぼすよりも偉大な証しであり、より説得力がある。受肉した神は、人間が創造主を知る手助けをよりよく行うことができ、被造物のもとでよりよく神自身を証しできる。

『言葉は肉において現れる』の「堕落した人間は受肉した神による救いをより必要としている」より

受肉した神の働きで最もよい点は、神に従う人々に正確な言葉と勧告、人類への正確な心を残せるため、受肉した神の働きと全人類に向けられた心とを、後に信者たちがこの道を受け入れる人々により正確に、具体的に伝えられる点にある。受肉した神の人間の間での働きだけが、神が人間と共に存在し、生きている事実を真に確立できる。この働きだけが、神の顔を見たい、神の働きに立会い、神の直接的な言葉を聞きたいという人間の欲求を満たす。受肉した神は、ヤーウェの後ろ姿だけが人間に示された時代を終わらせ、また、漠然とした神への人間の信仰の時代を終わらせる。とりわけ、最後に受肉した神の働きは、すべての人間により現実的で実践的な快い時代をもたらす。神は律法と教義の時代を終わらせるだけではなく、もっと重要なことに、現実的で正常で、義であり聖なる神、経営(救いの)計画を明らかにし奥義と人類の運命を示す神、人間を創り、救いの働きを完了し、数千年にわたって隠されていた神を人類に明らかにするのだ。神は漠然の時代を完全に終わらせ、全人類が神の顔を求めても見つけられなかった時代を終わらせる。神は、すべての人間がサタンに仕えた時代を終わらせ、すべての人間をまったく新たな時代へと完全に導く。これはみな神の霊ではなく、受肉した神の働きの結果なのだ。神が受肉して働くと、神に従う者たちは、もはや漠然とした不可解なものを手探りで求める事をせず、漠然の神の心を推測することをやめる。神が肉における働きを広めると、神に従う人々は、神が受肉して行った働きをすべての宗教、すべての宗派に伝え、その言葉全部をすべての人間の耳に伝えるだろう。神の福音を受ける者が聞くことはみな、神の働きの事実で、人間が自分で見たり聞いたりしたこと、事実であって、噂ではない。こうした事実は神がその働きを広める証拠であり、また、その働きを広めるために用いる道具である。事実がなければ、神の福音はすべての国々、あらゆる場所に伝わらない。事実なしで人間の想像だけであれば、神はけっして全宇宙を征服する働きを行うことはできない。霊は人間には理解のできないもので、人間には不可視で、霊の働きは神の働きのそれ以上の証拠も事実も人間に残せない。人間はけっして神の本当の顔を見ないだろうし、存在しない漠然とした神をいつまでも信じているだろう。人間はけっして神の顔を見ないし、また、直接神が語る言葉を聞くこともない。人間の想像するものは、結局のところ、むなしく、神の真の顔に取って代われない。神の本来の性質は、神自身の働きは、人間がまねる事ができない。目に見えない天の神とその働きは、受肉した神が自ら人間の間で働いて、はじめて地上にもたらされる。これが、神が人間に姿を現す最も理想的な方法であり、この方法により人間は神を見て、神の真の顔を知る。そして、これは受肉しない神では不可能なことだ。

『言葉は肉において現れる』の「堕落した人間は受肉した神による救いをより必要としている」より

今回は、神は霊体ではなく、まったく普通の体で働きを行うために来る。それは神の二度目の受肉の体というだけではなく、神がそれをまとって戻ってくる体でもある。それはごく普通の肉体である。この体の中に、他の人々と異なるものは何も見受けられないが、あなたは、今までに聞いたこともない真理をこの人から受け取ることができる。この取るに足らない肉体は、神から来る真理の言葉のすべてを具現化したものであり、終わりの日の神の働きを引き受けるもの、また人が知るようになる神の全性質の表現である。あなたは天の神を見ることを大いに望んでいたではないか。あなたは天の神を理解することを切に願ったではないか。あなたは人類の終着点を見ることを大いに欲していたではないか。この人は、今まで誰ひとりとしてあなたに語ることのできなかった秘密の全てをあなたに語るだろう。また、あなたが理解していない真理についてさえ語るだろう。この人は、あなたにとっての神の国への入り口の門であり、新しい時代への導き手である。このような普通の肉が多くの計り知れない奥義を握っているのである。この人の行いはあなたには測り知れないかもしれないが、その人が行うすべての働きの目標は、この人が人々が思うような単なる肉ではないことを理解するのに充分である。なぜならこの人は、終わりの日に人類に神が示す配慮及び神の意志を表しているからである。あなたは天地を揺るがすような神の語る言葉を聞くことはできず、燃え上がる炎のようなその目を見ることもできず、また、鉄の杖のような神の懲らしめを感じることもできないが、その言葉から神の怒りを聞き、神が人類に示す憐れみを知ることができる。あなたは神の義なる性質と神の知恵を見ることができ、更に神が全人類に対して持つ配慮をはっきり理解することができる。終わりの日の神の働きは、天の神が地上で人々の間で生きていることを人に見せることであり、また人が神を知り、神に従い、神を畏敬し、神を愛することができるようにすることである。これが神が再び肉に戻った理由である。今日人が見るものは人と同じ姿の神、一つの鼻と二つの目を持つ神、目立たない神であるが、最終的には神はあなた方に次のことを示すだろう。この人の存在がなければ、天と地は膨大な変化にさらされ、この人の存在がなければ、天は薄暗くなり、地上は混沌に陥り、全人類は飢饉と疫病の中で暮らすことになるということを。終わりの日における受肉の神による救いがなければ、神はずっと前に全人類を地獄で滅ぼし尽くしていたはずであるということを、神はあなた方に示すであろう。またこの肉の存在がなければ、あなた方は永遠にずっと罪人のかしらと死体のままであろうということを神は示すであろう。この肉の存在がなければ全人類は避けることのできない災難に直面し、終わりの日の神の人類への一層厳しい懲罰から逃れることはできないことをあなた方は知るべきである。この普通の肉の誕生がなければ、どのように求めようとも、あなた方にはみな生も死も到来しない状態に陥るだろう。この肉の存在がなければ、今日、あなた方は真理を受け取り神の玉座の前に来ることもできないだろう。それどころか、あなた方の深い罪ゆえに罰せられるだろう。あなた方は知っているか。神の肉への再来がなければ、誰にも救いの機会はないのである。また、この肉が来なければ、神はずっと以前に古い時代を終わらせていたはずである。これでも、あなた方は神の二度目の受肉をなおも拒むことができるのか。あなた方は、この普通の人から大いに利益を得ることができるのに、なぜすぐにこの人を受け入れないのか。

神の働きはあなたには理解できないことである。あなたの決定が正しいかどうか理解することも、神の働きが成功するかどうか知ることもできないのなら、この普通の人があなたにとって大いに助けとなるかどうか、また、神が偉大な働きを行ったかどうかを運をためしてでもいいから見てみようとしないのか。しかし、わたしはあなたに告げなければならない。ノアの時代、人々は神が見るに堪えないほど飲んだり、食べたり、勝手気ままに結婚したり結婚させたりしていたので、神は大洪水を引き起こして人類を滅ぼし、ただノアの家族八人とあらゆる種類の鳥と獣だけを残した。しかしながら、終わりの日に神に守られるのは、最後まで神に忠誠を尽くしたすべての人々である。どちらも神が見るに耐えないほどのひどい堕落の時代であり、どちらの時代の人類も主である神を否定するほどひどく堕落していたが、ノアの時代の人はすべて神に滅ぼされた。どちらの時代の人類も神をひどく悲しませたが、神は終わりの日の人々には今日に至るまで忍耐深い。それは何故なのか。あなた方はこのことを一度も考えたことがなかったのか。本当にそれを知らないなら、わたしがあなた方に話そう。終わりの日に神が人々を恵み深く取り扱うことができる理由は、彼らがノアの時代の人々ほど堕落していないからでも、彼らが神に悔い改めを示したからでもない。まして、テクノロジーが進歩した終わりの日に人間を滅ぼすことに神が耐えられないからでもない。むしろ、神には終わりの日に一群の人々に対して行う働きがあり、これは受肉の神自身によってなされるからである。その上、神はこの一群の一部を救いの対象、神の経営(救いの)計画の実として選び、そのような人々をともなって次の時代へと連れてゆくのである。従って、何がなんでも、神によって支払われたこの全ての代価は、終わりの日における神の受肉の働きのための準備であったのだ。今日あなた方が持っているすべてはこの肉のおかげである。神が肉の中で生きている故に、あなた方にも生きる機会がある。このすべての恩恵はこの普通の人の故に獲得されたのである。それだけではない。最後にはすべての国々はこの普通の人を礼拝し、この取るに足りない人に感謝し、従うだろう。全ての人類を救い、神と人の間の対立を和らげ、神と人を近づけ、神と人の考えをつなげるための真理、いのち、道をもたらしたのは、この人だからである。一層大きな栄光を神にもたらしたのもこの人である。このような普通の人は、あなたの信頼や敬愛を受けるに値しないだろうか。このような普通の肉はキリストと呼ばれるに相応しくはないだろうか。このような普通の人が人々の間で神の表出となれないことなどあろうか。人類が災難を免れる手助けをするこのような人は、あなた方に愛され、あなた方が抱きしめる価値がないなどということがあろうか。あなた方がこの人の口から発せられる真理を拒み、あなた方の間に彼が存在することを忌み嫌うならば、あなた方の運命はどうなるであろうか。

終わりの日の神の働きのすべてはこの普通の人を通して行われる。この人はすべてのものをあなたに授け、その上、あなたに関わるすべてのことを決定することができる。このような人が、あなた方が思っているように、言及する価値もないほどとるに足りないということがあろうか。この人の真理はあなた方を完全に納得させるのに十分ではないのか。その行いによる証しは、あなた方を完全に確信させるには充分でないというのか。あるいは、この人があなた方を導き入れる道は、あなた方がついて行く価値がないということか。あなた方がこの人に反感を抱き、見捨て、避ける理由は何であろうか。真理を表すのはこの人であり、真理を供給するのはこの人であり、あなた方に進むべき道があるようにするのもこの人である。あなた方はまだ、これらの真理の内に神の働きの足跡を見つけることができないなどということがあり得ようか。イエスの働きがなければ、人類は十字架から降りることはできなかったであろうが、今日の受肉がなければ、十字架から降りる人々は神に称賛されることは決してないし、新しい時代に入ることもできない。この普通の人の到来がなければ、あなた方には神のほんとうの顔を見る機会も資格も全くない。何故ならあなた方は皆ずっと前に滅ぼされているはずの人々だからである。神の二度目の受肉の到来の故に、神はあなた方を赦し、あなた方に憐れみを示した。いずれにしても、最後にわたしがあなた方に言い残さなければならない言葉はやはりこうである。神の受肉であるこの普通の人は、あなた方にとって極めて重要である。これこそが、神が人々の間で成し遂げた偉大なることである。

『言葉は肉において現れる』の「神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか」より

キリストが語る真理に依り頼むことなくいのちを得ることを望む者は、地上で最も愚か者であり、キリストがもたらすいのちの道を受け入れない者は幻想の世界で迷子になった者だ。だから、終わりの日のキリストを受け入れない者は神から永遠に嫌われるとわたしは言う。キリストは、終わりの日に神の国への門となる存在であり、誰も迂回することはできない。キリストを通してでなければ、誰も神に完全にしてもらうことはできない。あなたは神を信じているのだから、神の言葉を受け入れ、神の道に従わなければならない。真理を受け取ることも、いのちの供給を受け入れることもなく、祝福だけを得ようと考えてはならない。キリストは、彼を真に信じる者にいのちを与えるために終わりの日にくる。その働きは、古い時代を終わらせ新しい時代に入るためのもので、新しい時代に入る人が必ず進まなければならない道だ。あなたが彼を認めず、彼を非難したり、冒涜したり、さらに迫害したりするなら、あなたは永遠に火で焼かれなければならず、神の国には決して入れない。このキリストこそ、聖霊の現れであり、神の顕現であり、神が地上での業を託した者だからだ。だから、あなたが終わりの日のキリストがする全てのことを受け入れられないなら、あなたは聖霊を冒涜しているとわたしは言うのだ。聖霊を冒涜する者が受けなければならない報いは、誰の目にも明らかだ。そして、あなたが終わりの日のキリストに敵対し、拒むなら、誰もその結末をあなたに代わって引き受けることはできないともわたしは言おう。さらに、これから先、あなたが神に認めてもらう機会はない。たとえあなたが自らの罪を償おうとしても、あなたが神の顔を拝することは二度とない。なぜなら、あなたが敵対したのは人ではなく、あなたが拒んだのは卑小な存在ではなく、他でもないキリストだからだ。あなたはこの結末に気づいているのか。あなたが犯したのは小さな過ちではなく、重罪だ。だから、全ての人に忠告する。真理の前に牙をむき出したり、軽率に批判したりすることのないように。あなたにいのちを与えるのは真理以外にはなく、あなたを生まれ変わらせ、神の顔を仰ぐことができるようにしてくれるものは、真理以外にはないからだ。

『言葉は肉において現れる』の「終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる」より

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  • 序文

    神を信じている人はたくさんいるが、神への信仰とは何を意味するか、神の心に従うためには何をしなければならないかを理解している人はほとんどいない。人々は「神」という言葉や「神の働き」のような語句はよく知っているが、神を知らないし、ましてや神の働きなど知らないからである。それなら、神を知らないすべての人々…

  • 神の現れによる新時代の到来

    六千年間にわたる神の経営(救いの)計画が終わりを告げようとしている。そして、神の国の門は神の現れを求める人々にすでに開かれている。兄弟姉妹たちよ、何を待っているのか。あなたがたが探し求めているものは何か。神の現れを待っているのか。神の足跡を探し求めているのか。ああ、神の現れがどれほど慕わしいものか。…

  • 時代を通じて神によって使われた人々の真理と一致する言葉と神自身の言葉の違いは何か

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  • なぜ神の働きの新しい段階はそれぞれ宗教界の激しい反抗と断罪に遭遇するのか。その根本原因は何か

    人が神に逆らう理由は、一方では、人の堕落した性質に起因しており、もう一方では神を知らないこと、神の働きの原則や人に対する神の意志についての理解に欠けることが原因である。