646  神の義なる性質は真実で鮮明

1  神の性質は生気にあふれており、生き生きとしていて、神は事態の展開に応じて、その思いと態度を変えます。ニネベの人々に対する神の態度が変わったことで、神には自身の思いと考えがあることが人間にわかります。神は機械でも粘土細工でもなく、生きている神自身なのです。神がニネベの人々に対して怒ることもあれば、彼らの態度ゆえに彼らの過去を赦すこともありえます。神はニネベ人に災いを起こすと決定することもできれば、ニネベ人の悔い改めゆえに、その決定を変更することもできました。

2  しかし現実では、神の思いは、物事や環境の変化に伴い、常に変化しています。神の思いが推移しているとき、神の本質の様々な側面が現れます。この推移の過程において、心を変えた瞬間に神が人類に示すのは、神のいのちが実在していることと、神の義なる性質が活発な生命力にあふれていることです。同時に、神は自身の真の明示により、神の怒り、憐れみ、慈悲、寛容が存在する真実を人間に証明します。

3  神の本質は、物事の展開にしたがっていつでも、どこでも明示されます。神には、獅子の怒りと母の憐れみと寛容があります。神の義なる性質は、誰かがそれを疑うこと、侵害すること、変更すること、ゆがめることを許しません。神の義なる性質、すなわち神の怒りと憐れみは、時間と場所を問わず、あらゆる物事において表出されることができます。神はこうした側面をありとあらゆる場所で鮮明に表出し、あらゆる瞬間に、それを鮮明に実行します。

4  神の義なる性質は、時間や場所に制限されません。つまり、神の義なる性質は、時間と場所の制約に支配されて機械的に表出されたり明示されたりするのではなく、いつでも、どこでも、自由に表出、明示されるのです。神が心を変えて怒りを表出しなくなり、ニネベの町を滅ぼさなかったのを見て、神は単に憐れみ深く、愛情があるのだ、と言えますか。神の怒りは空虚な言葉から成ると言えますか。神が激しい怒りを表わし、憐れみを撤回するとき、神は人類に真の愛を感じていないと言えますか。

『神を知ることについて』「唯一無二の神自身 II.」(『言葉』第2巻)より編集

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