日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 422
神の働きと言葉は、あなたがたの性質に変化を生じさせるためのものである。神の目標は、あなたがたに神の働きと言葉を理解させたり、知らしめたりするだけではない。それでは不十分である。あなたがたは理解する力がある人なのだから、神の言葉を難なく理解できるはずだ。なぜなら、神の言葉の大半は人…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
あなたがたは、ほんとうに赤い大きな竜を憎んでいるのか。ほんとうに、心から竜を憎んでいるのか。なぜわたしは、こんなに何度も尋ねているのか。なぜわたしは、この問を何度も繰り返しているのか。あなたがたは、赤い大きな竜について、どんな印象をもっているのか。それはほんとうに除かれたのか。ほんとうに、竜を自分の父とは考えていないのか。すべての人は、わたしの問の中にわたしの意図を理解しなければならない。これは、人々を怒らせようというのではなく、人々の間に反乱を起こさせようというのでもない。また、人間に自分で解決法を見つけさせようというのでもない。すべての人が赤い大きな竜の縛めから自由になれるようにと、していることなのだ。しかし、誰も心配することはない。すべてはわたしの言葉で成し遂げられる。誰一人手を出すことはできない。また、誰一人、わたしのしている働きをすることは、できない。わたしは全地の空気をきれいに拭い、地上にいる悪魔たちの痕跡を一掃しよう。わたしはすでに始めている。そして、わたしの刑罰の働きの第一段階を赤い大きな竜のすみかで始める。そうして、わたしの刑罰が全宇宙に及ぶと、赤い大きな竜とあらゆる不浄な霊が無力で、わたしの刑罰を免れないことがわかる。わたしは全地を調べるのだから。地上でのわたしの働きが完了すると、つまり、裁きの時代が終わると、わたしは正式に赤い大きな竜を刑罰する。わが民は、わたしが赤い大きな竜に与える義の刑罰を見る。人々は、わたしの義のゆえにたたえをささげ、わたしの義のゆえに、永遠にわたしの聖なる名を称える。そこで、あなたがたは、正式に本分を果たし、全地で正式にわたしをたたえる。永遠に絶えることなく。
裁きの時代のさなか、わたしは働きを終えることを急がない。そうではなく、刑罰の時代の証拠を折り込み、その証拠が、わが民みなに見られるようにする。すると、そこからすばらしい実が結ばれるだろう。この証拠は、わたしが赤い大きな竜を刑罰する手段であり、わたしは、わが民がその目で見るようにする。彼らがわたしの性質をよりよく知るようにするためである。わが民がわたしを享受する時は、赤い大きな竜が刑罰される時である。赤い大きな竜の民が立ち上がり、竜に逆らい背くようにするのがわたしの計画であり、それにより、わが民を完全にする。これはまた、わが民すべてが、いのちにおいて成長する、すばらしい機会である。
『神の出現と働き』「全宇宙への神の言葉、第二十八章」(『言葉』第1巻)より
すべては神の言葉で成就する。神が実行する働きに誰も加わることはできず、それをなすこともできない。
Ⅰ
神は全地の空気をきれいにし地上から悪霊どもを消し去る。神は赤い竜のいる場所で刑罰を始めた。神の刑罰が宇宙全体に降りかかるのが見える。赤い竜とけがれた霊は逃げられない。神が全地を見張っているからすべては神の言葉で成就する。神が実行する働きに誰も加わることはできず、それをなすこともできない。
Ⅱ
地上での神の働きが完成し、裁きの時が終わりを迎えると神は赤い大きな竜を正式に罰する。神の民は竜に対する刑罰を見て賛美し、神の義のゆえにその聖なる名をとこしえに誉め讃えるだろう。よってあなたは正式に本分を尽くし、全地で永遠に神を賛美するだろう。すべては神の言葉で成就する。神が実行する働きに誰も加わることはできず、それをなすこともできない。
『小羊に従って新しい歌を歌おう』より
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神の働きと言葉は、あなたがたの性質に変化を生じさせるためのものである。神の目標は、あなたがたに神の働きと言葉を理解させたり、知らしめたりするだけではない。それでは不十分である。あなたがたは理解する力がある人なのだから、神の言葉を難なく理解できるはずだ。なぜなら、神の言葉の大半は人…
本日の集会の最初にあなたがたがしたことでわたしを驚かせたことについて話します。あなたがたの中にはありがたく思っていたり、感謝の気持ちを抱いていたりして、その思いを身体的に表現したかったかも知れません。それは咎められることではなく、正しくも誤ってもいません。しかし、あなたがたに理解…
日々生じる大小様々なことがあなたの決意を揺るがしたり、心を占めたり、本分を尽くして前進するのを妨げたりしますが、それらは注意深く取り扱う必要があり、丹念に検証して真理を求めなければなりません。それらはどれも人の経験の範囲内で起こることなのです。否定的なことが降りかかると自分の本分…
教会生活は人々が集って神の言葉を味わう生活でしかなく、人の生活のごくわずかな部分を占めるに過ぎない。もし人々の実生活も教会生活と同様で、正常な霊的生活を送り、神の言葉を正常に味わい、正常に神に祈って神へと近づき、万事が神の旨に沿って行なわれる実生活を生き、万事が真理に沿って行な…