日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 135
神が人間の運命を統治しているという事実は、誰にも変えることが出来ない 神の権威の下では、全ての者が能動的あるいは受動的に神の統治と計画を受け入れるので、人生においてどれほどもがいたとしても、どれほど誤った道を進んだとしても、結局は創造主がその者のために定めた運命の範囲内に戻っ…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
問題に見舞われるたび、人がまずすべきことは何ですか。祈るべきです。祈りが最初に来るのです。あなたが敬虔で、神を畏れる心を持ち始め、神を求めることを知り、心の中に神の居場所を持ち、敬虔なクリスチャンであるということを、祈りは示します。多くの年配の信者が日々同時にひざまずいて祈り、時には立ち上がることができないほど長く祈っています。これが儀式かどうか、彼らがそこから何かを得たのかどうかを語るのはやめておきましょう。ここでは、これら年配の兄弟姉妹はひときわ敬虔であり、あなたがた若者よりもずっと優れていて、勤勉であるとだけ言っておきます。問題に見舞われたときは、まず祈るべきです。祈りとは、心にもないことをだらだら話すことではありません。それでは問題は解決しません。八回、または十回祈っても、何一つ得られないこともあるでしょうが、くじけてはいけません。それでも祈らなければならないのです。何かが起きたときはまず祈り、神に伝え、神に任せ、神に助けてもらい、導いてもらい、そして道を示してもらいなさい。そうすれば、あなたが神を第一にしたこと、あなたの心に神がいることが証明されます。問題に見舞われた際、まず反感を覚え、腹を立て、かっとなってしまうなら、そして何よりもまず消極的になってしまうなら、これはあなたの心に神がいないことの現われです。実生活においては、何かが起こるたびに祈らなければなりません。まず何より、ひざまずいて祈りなさい。これが大事です。祈ることで、神の前での神に対するあなたの態度が明らかになります。神が心にいなければ、祈ろうとはしないでしょう。中には、「自分は祈ったけれど、それでも神はわたしを啓いてくれない」という人がいます。そのように言ってはいけません。まずは、自分の祈る動機が正しいかどうかに目を向けなさい。本当に真理を求め、たびたび神に祈っているならば、あなたが理解できるように、神は何らかの事柄においてあなたを啓いてくれるでしょう。要するに、あなたが理解できるようにするのです。神の啓きがなければ、自分で理解するのは不可能です。あなたには洞察力がなく、そのための頭脳もありませんが、これは人間の知性で得られるものではありません。あなたが本当に理解したとき、それはあなた自身の頭脳から生じた理解ですか。聖霊によって啓かれていなければ、誰に尋ねたところで、聖霊の働きとはどういう意味か、神が何を言わんとしているのかを知っている人はいません。神自身がその意味を伝えて初めて、あなたは知るのです。したがって、何かが起きたときにまずすべきは祈ることです。祈りでは、探し求める態度で探索すること、自分の考え、意見、そして態度を表わすことが必要になります。それがなければならないのです。単に動作を繰り返すだけでは何の効果もないので、啓かれなかったといって聖霊を責めてはいけません。神への信仰において信じ続けてはいるものの、神が口先だけの存在であるという人も中にはいます。そのような人の心に神はおらず、彼らは聖霊の働きだけでなく、祈りをも否定します。神の言葉を読んでいるに過ぎないのです。これが神への信仰と言えますか。自分の信仰から神がすっかり消えてしまうまで、彼らはひたすら信じ続けます。特に、雑多な事柄をしばしば扱い、自分はとても忙しくしているのに、骨を折ったところで何も得ていないと思っている人がいます。これは、神への信仰において正しい道を歩いていない人の例です。正しい道を歩むのは、困難なことではないですか。このような人は、多くの教義を理解したあとでさえもこの道を歩むことができず、下り坂に足を踏み入れがちです。したがって、自分に何かが起きたときは、より多くの時間を祈りと探求に費やさなければなりません。少なくともそうすべきなのです。神の旨と聖霊の意図を求めるにはどうすればよいかを学ぶことが重要です。神を信じる人が、このように経験して実践することができなければ、何も得ることはなく、その人の信仰にまったく価値はありません。
『終わりの日のキリスト講話集』「神への信仰では、真理を得ることが何よりも重要である」(『言葉』第3巻)より
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神が人間の運命を統治しているという事実は、誰にも変えることが出来ない 神の権威の下では、全ての者が能動的あるいは受動的に神の統治と計画を受け入れるので、人生においてどれほどもがいたとしても、どれほど誤った道を進んだとしても、結局は創造主がその者のために定めた運命の範囲内に戻っ…
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神による各段階の働きには実質的な意義がある。イエスが来た時男性であったが、今回は女性である。このことから、神はその働きのために男と女の両方を造ったが、神には性の区別がないことがわかる。神の霊が来るとき、それは意のままにいかなる肉体でも持つことができ、その肉体が神を表す。男性であろ…
今回は、神は霊体ではなく、まったく普通の体で働きを行うために来る。それは神の二度目の受肉の体というだけではなく、神がその中に戻る体でもある。それはごく普通の肉体である。この体の中に、他の人々と異なるものは何も見受けられないが、あなたは、今までに聞いたこともない真理を彼から受け取る…