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嘘に惑わされないようにするためには、どのように真理を追求することができますか。実践の原則とは何ですか?(1)

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関連する神の言葉

「わたしの言葉はわたし自身を表している。これを覚えておきなさい。疑いを抱いてはならない。あなたは絶対に確信していなければならない。これは生と死の問題である。これは恐ろしいことである。わたしの言葉が話されるやいなや、わたしがしようとすることが実現する。」

『言葉は肉において現れる』の「第七十七章」より

「現時点では、聖霊が歩む道とは、神の現在の言葉である。したがって、その道を歩むには、人は受肉した神の現在の言葉に従い、それを食べて飲まなければならない。神は言葉の業を行っており、全てが神の言葉から語られ、あらゆることが神の言葉、すなわち神の現在の言葉により建て上げられている。それが、肉となった神について全く疑念がなくなることであれ、神を知ることであれ、人は神の言葉に多くの努力を注がなければならない。さもなければ、何一つ成し遂げることができず、その人には何も残らないだろう。神の言葉を食べ飲むことに基礎を置いて、神を知り、神を満足させることによってのみ、人は徐々に神との正しい関係を確立できる。神の言葉を食べて、飲み、実行に移すことは、神との最善の協力であり、神の選民のひとりとして証しするための最も優れた実践である。人が神の現在の言葉の本質を理解し、それに従うことができる時、その人は聖霊により導かれる道によって生活しており、神が人間を完全にする正しい道に入っているのだ。人々はかつて恵みを求め、また平安と喜びを求め、やがて神の業を得ることができた。現在はそうではない。肉となった神の言葉がなく、それらの言葉の現実性がない場合、人間は神の承認を得られず、神によって取り除かれる。」

『言葉は肉において現れる』の「性質が変化した者たちとは神の言葉の現実の中へ入った人々である」より

「あなたたちは神の働きのビジョンを知り、神の働きの一般的方向を把握しなければいけない。これが前向きにいのちに入ることである。ひとたびビジョンの真理を正確に理解したなら、あなたの入りは確かである。神の働きがどのように変化しようと、あなたの心は堅固で、ビジョンについて明確であり、入りと追求の目標を持つことになる。そのようにして、あなたの内の経験と認識のすべてがより深くなり、さらに練られる。ひとたびこの全体像を完全に把握すれば、あなたは、いのちにおいて何も失わず、途方に暮れることがない。こうした働きの歩みを知らないでいれば、あなたはその一つひとつにおいて損失を被る。あなたはほんの数日だけで方向転換することはできない。たとえ数週間経っても正しい軌道に乗ることはできない。それは、後退することではないのか。あなたたちが身につけるべき、肯定的な入りやそのような実践はたくさんある。だから、神の働きのビジョンについて次のような幾つかの点を把握していなければならない。即ち、神の征服の働きの意義、将来完全にされるための道、試練や患難を経験することによって達成されるべきこと、裁きと刑罰の意義、聖霊の働きの原則、完全になることと征服の原則などである。こうしたことはみな、ビジョンの真理である。その他のことは、律法の時代、恵みの時代、神の国の時代の働きの三段階であり、将来の証しである。これらもまた、ビジョンに関する真理であり、最も基本的であるとともに、最も大事なことである。」

『言葉は肉において現れる』の「受肉した神の職分と人間の本分の違い」より

「あなたはビジョンの側面の真理を理解し、実践に関する真理については、それを理解した後に適切な実践の道を見いだす必要がある。あなたは言葉に従って実践し、自分の状況に従って成長する必要がある。ビジョンは基礎であり、あなたがその基礎に全く留意しなかったならば、あなたは最後まで付き従うことが出来ないであろう。あなたがそのようにして実践すると、道を逸れるか、躓いて失敗するであろう。成功は一切有り得ない。大いなるビジョンを基礎として身に付けて居ない者は成功せず、失敗するだけであろう。あなたは揺るぎなく立つことが出来ない。……

ある者がビジョンを備えて居るのであれば、その者は基礎を備えて居る。あなたがそれを基礎として実践するならば、成長するのが格段に容易となるであろう。そうすることで、あなたは成長することの基礎に関して何ら不安を感じず、また成長することが自分にとって容易なものとなるであろう。ビジョンを理解する、業を理解するというこの側面が重要である。あなたがたは、この側面を備える必要がある。あなたが、真理のこの側面を備えずに実践の道だけを語るのであれば、それは重大な欠陥である。あなたがたのうち多くの者が、その側面を強調していないことをわたしは知っている。またあなたがたがその真理の側面に関する話を聞く時、あたかも教義の話を聞いているようである。あなたは、いつか失敗するであろう。現在あなたが理解して吸収していない言葉もある。そうした場合、あなたは忍耐強く求める必要がある。そうすれば、いつか理解する日が来るであろう。少しずつ身に付ける必要がある。あなたが霊的な教義を少ししか理解していなかったとしても、それは霊的教義に全く注意しないよりは良い。それは全く理解していないよりは良い。そうした状態はあなたの成長にすべて役立ち、あなたの疑念を払拭するであろう。そうした状態は、観念で満たされた状態よりも良い。そうした基礎としてのビジョンを備えて居る方が格段に良い。懸念等が一切無ければ、胸を張って闊歩して成長することが出来る。どうして常に疑わしい方法で、混乱したまま付き従う必要があるだろうか。」

『言葉は肉において現れる』の「あなたがたは業を理解する必要がある。訳の分からないまま付き従ってはならない」より

「神が人々に対して行う働きのあらゆる段階で、物事があたかも人の手配で生まれたかのようであり、あるいは人の干渉から生まれたかのようであり、外面的には人々の間の相互作用のように見えるかもしれないが、舞台裏では、働きのあらゆる段階、起こるすべてのことは、神の面前でサタンが作った賭けの対象であり、人々は、神に対する証しにしっかりと立つことが要求される。ヨブが試練に会った時のことを例にとってみよう。秘かにサタンは神と賭けをしており、ヨブに起こったことは人間の行為であり、人間による干渉であった。神があなた方に対して行うすべての段階の背後にはサタンと神との賭けがある──その背後にはすべて戦いがある。……神とサタンが霊的領域で戦う時、あなたは神に満足してもらうためにどうすべきか、どのように固く証しに立つべきだろうか。あなたは自分に起こることのすべては大いなる試練であり、その試練の時に神があなたの証しを必要とすることを知るべきである。外面的には大したことではないように見えるかもしれないが、これらのことが起こると、あなたが神を愛しているかどうかが示される。愛していれば、あなたは神への証しに固く立つことができるが、神への愛を実践に移さなければ、これはあなたが真理を実践しない人であること、あなたには真理もなくいのちもないこと、あなたは無用の物であることが示される。」

『言葉は肉において現れる』の「神を愛することだけが本当に神を信じることである」より