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良い行いは性質の変化と同じではない

神が人間を救うために業を行う時、それは人間に良い振る舞いをさせて引き立てるのではありません。神の業は、人間の性質を変化させ、新しい人間として生まれ変わらせるためのものです。したがって、神の人間に対する裁き、刑罰、試練、精錬は、全てその者の性質を変化させ、そうすることでその者が神に対する完全な服従と忠誠、そして神に対する正常な崇拝を実現するためです。これが神の業のねらいです。

良い振る舞いをすることは、神に服従することとは異なり、ましてやキリストの味方をすることに等しいということはありません。振る舞いの変化は教義に基づき、情熱に由来します。それは神に関する真の認識や真理に基づくものではなく、ましてや聖霊の導きに基づくものではありません。人間の行動には聖霊に導かれているものもありますが、それはいのちの表出ではなく、神を知ることなどでは勿論ありません。

人の振る舞いがどれほど立派であっても、それが神に従うという証明にならなければ、真理を実践するという証明にはなりません。振る舞いの変化などは錯覚に過ぎず、その人の熱心さの現れに過ぎず、いのちの表出などではありません。人は良い振る舞いをすることができますが、それは必ずしもその人に真理があるということではありません。熱意は人に教義を尊重させ、規則に従わせることしか出来ません。真理の無い人は実質的な問題を解決することが一切出来ず、教義が真理の代わりになることは不可能なのです。

『キリストの言葉の記録』の「外面的な変化と性質の変化の相違」より編集

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