日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 128
神は人々の間で自らの働きをするため、人に自らを顕すため、そして人が神を見上げることができるようになるため、地上に来た。これはささいなことだろうか。これは実に素晴らしいことだ。神が来たのは人が想像するのとは違い、人が神を見上げ、神は漠然としてあいまいな存在ではなく本物で、高尚だ…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
終わりの日における神の働きが行われるのは、これまでわたしが何度も述べてきたように、大いなる傷を受けた人間の心が一新されるように各人の霊を変化させ、魂を変化させるためであり、それより邪悪に深く傷ついた人間の霊を救うためである。それは人間の魂を目覚めさせ、凍えた心を温め、それらが活力を取り戻せるようにするためである。これが神の偉大な心意である。人間のいのちと経験がどれほど高尚で深淵かといった話はさておき、人間の心が目覚め、夢から醒めて、赤い大きな竜が与えた傷を十分に理解した時、神の職分の働きは完了している。神の働きが完了する日は、神を信じる正しい道へと、人間が正式に足を踏み出す日でもある。その時、神の職分は終わりを迎えている。肉にある神の働きはあますところなく完了し、人間は正式に尽くすべき本分にとりかかる。つまり、人間としての務めを行うのである。これが神の働きの諸過程である。ゆえに、このような事の認識を基礎として、あなたがたは自分が入っていく道を模索するべきである。これらはすべて、あなたがたが理解すべきことである。人間の入りは、心の深部で変化がない限り向上しない。なぜなら、神の働きは、贖われた人間、いまだ闇の力の下で生き、目覚めていない人間を、この悪魔の集会場から完全に救うことだからである。それにより、人間が数千年の罪から解放されて神に愛され、赤い大きな竜を完全に打ち倒して神の国を建て、早く神の心を安らげるようにである。また、あなたがたの胸を満たしている憎しみを遠慮することなくぶちまけ、かび臭い菌を根絶し、牛や馬同然の生活から脱出し、もはや奴隷ではなく、赤い大きな竜に意のままに踏みつけられたり支配されたりすることがなくなるためである。もはやあなたがたは、この失敗した民族のものではなく、凶悪な赤い大きな竜に属さず、赤い大きな竜に奴隷とされることはない。この悪魔の巣窟は確実に神により粉砕され、あなたがたは神の傍らに立つ。あなたがたは神に属すのであり、この奴隷の帝国には属さない。神はこの暗黒社会を久しく骨の髄から忌み嫌っている。神は歯ぎしりし、この邪悪な憎悪すべき老いたへびが再び立ち上がって人間を虐待しないように、へびを踏みつけたがっている。神はへびの過去の行いを許さず、へびが人間を騙すことを容赦せず、へびの遠い昔からの罪のひとつひとつに報復する。神がその諸悪の首謀者を取り逃がすことは決してなく、へびを完全に破滅させる。
『神の出現と働き』「働きと入ること(8)」(『言葉』第1巻)より
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神は人々の間で自らの働きをするため、人に自らを顕すため、そして人が神を見上げることができるようになるため、地上に来た。これはささいなことだろうか。これは実に素晴らしいことだ。神が来たのは人が想像するのとは違い、人が神を見上げ、神は漠然としてあいまいな存在ではなく本物で、高尚だ…
確かにペテロもキリストに従い始めてから、天然の表現があったが、本性から言えば、最初から彼は喜んで聖霊に従い、キリストを追い求めた人であった。彼の聖霊への服従は純粋なものであり、彼は富や名声を追い求めず、真理に従うことが動機だった。ペテロは三度キリストを否定し、主イエスを試したが、…
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ここですべての人間を三つの種類に分類します。最初の種類は未信者で、宗教的な信仰をもたない人のことです。このような人を未信者と呼びます。未信者の圧倒的大部分は金銭だけを信じ、自分自身の利益だけを追求し、物質主義者であり、物質世界だけを信じています。生死の周期、あるいは神性や幽霊に関…