日々の神の御言葉: 人類の堕落を暴く | 抜粋 315
中には身なりの美しい人もいるが、それは表面だけである。姉妹は花のように美しく身を飾り、兄弟は王子や裕福な若い洒落者のように着飾っている。彼らは食べるものや着るものといった外面的なことにしか注意を払っておらず、内面はまったく貧困で、神についての認識など一切ない。これは一体何を意味す…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
人の性質が堕落するのは、サタンによってむしばまれ、踏みにじられ、サタンが人の考え方、倫理観、見識、理知にひどい被害を与えることを根源としている。まさに人のこうした根本的事柄がサタンによって堕落させられ、神がもともと造ったものとは完全に違ってしまったため、人は神に反対し、真理を理解しない。したがって、人の性質を変えるには、まず人の考え方、見識、理知を変え、それによって神に関する認識や真理に関する認識も変えるべきである。すべての地の中でもっともひどく堕落している国に生まれた人々は、神とは何か、あるいは神を信じることとは何かについてさらに無知である。堕落していればいるほど、人々は神の存在を知らず、理知や見識は貧しくなる。人が神に反対し、反抗するのはサタンが人を堕落させているからである。人はサタンによって堕落させられたので、良心が麻痺してしまい、不道徳になり、その考え方は低下し、逆行する精神状態を持ってしまった。サタンによって堕落させられるまで、人はもちろん神に従い、神の言葉に従っていた。人はもちろん健全な理知と良心を持っており、人間性も正常であった。サタンによって堕落させられた後、人が本来持っていた理知、良心、人間性は鈍くなり、サタンによって損なわれ、したがって人は神に対する服従や愛を失った。人の理知は異常になり、性質は動物の性質と同じになり、神に対する反抗はますます頻繁になり、深刻になっている。しかし、人はまだこのことに気づかず、認識せず、単に盲目的に反対し、反抗している。人の性質の暴露は人の理知、見識、良心の表出であり、人の理知や見識は不健全で、良心は極めて鈍くなっているので、したがってその性質は神に対して反抗的である。人の理知と見識に変化がなければ、その性質を変えることも、神の心にかなうことも不可能である。理知が不健全だと、人は神に仕えることができず、神の任務に堪えない。正常な理知とは神に従い、忠実であること、神を切望し、神に対して無条件で、神に対して良心を持っていることを意味する。神に対して全身全霊を注ぎ、わざと神に反対するようなことはしないことを意味する。理知が異常な人々はそうではない。人はサタンによって堕落させられた後、神についての観念を作りだし、神への忠誠心や渇望は持っておらず、言うまでもなく神に対する良心も持っていない。わざと神に反対し、批判する。さらには陰で神に悪口雑言を投げつける。人は明らかに神を知っているにもかかわらず、陰で批判し、神に従うつもりはなく、神に盲目的要求や依頼を行うだけである。そのような人々──理知が異常な人々──は自分自身の卑劣な行動を知ることや反抗心を後悔することができない。自分自身を知ることができれば、人々は自己の理知を少し取り戻す。神にますます反対し、自分自身を知らなければ、その理知はますます不健全になる。
『神の出現と働き』「性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである」(『言葉』第1巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
中には身なりの美しい人もいるが、それは表面だけである。姉妹は花のように美しく身を飾り、兄弟は王子や裕福な若い洒落者のように着飾っている。彼らは食べるものや着るものといった外面的なことにしか注意を払っておらず、内面はまったく貧困で、神についての認識など一切ない。これは一体何を意味す…
神は地上に来るたび、自身の名前、性別、姿、働きを変えるものの、自身の働きを繰り返すことはない。神は常に新しく、決して古くない神である。以前に来たとき、神はイエスと呼ばれた。再び到来した今回、神はやはりイエスと呼ばれ得るのか。以前に来たとき、神は男性だった。今回も男性であり得るのか…
神の権威は、何を象徴するか。神の権威は、神の身分を象徴するであろうか。神の権威は、神自身の力を象徴するであろうか。神の権威は、神自身に固有の地位を象徴するであろうか。あらゆる物事のなかで、あなたが神の権威を見出した事柄は何か。あなたは、どのようにして神の権威を見出したか。人間…
今、人々は肉をもつものを手放すことができない。彼らは、肉の楽しみを放棄できず、この世、金銭、堕落した性質をも捨てることができない。大多数の人はいい加減に追求している。実は、このような人々は、心の中に全く神を持っていない。まして、彼らは神を恐れない。彼らは心の中には神を持たない…