言葉は肉において現れる(続編)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

創造のはじめから今日まで、人間だけが神と対話できる存在である。つまり、全ての生き物および被造物の中で、人間だけが神と対話できるということである。人間には聞くための耳があり、見るための目があり、言葉を持ち、自分の考え、そして自由意志を持っている。人間は神が語るのを聞き、神の心を理解し、神に与えられた任務を受け容れるために必要なもの全てを持ち合わせており、そのような人間に対して、神は自身のあらゆる望みを置き、自身と同じ心を持ち、語り合うことのできる友となりたいと考える。神が経営を始めて以来、神は人間にその心を捧げてほしい、そうすることで清められ、整えられ、神が満足できるものとなり愛されるものとなり、神を敬い悪を避けるものとなって欲しいと願っている。神は人間がそのようになる日を心待ちにしている。聖書にはそのような人物の記録があるだろうか。つまり、聖書に記録されている人物で、その心を神に明け渡すことのできた人物はいるだろうか。時代を遡ってこのような人物を見つけることはできるだろうか。ここでは、聖書に書かれている記録を引き続き読み、ヨブという人物によって成されたことが、今日の主題である「心を神に捧げる」ことと関連があるかを見ていく。まず、ヨブは神に満足してもらうことのできる人物であったか、そして神に愛されていたかどうかを検討する。

あなた方のヨブに対する印象はどのようなものだろうか。聖句をそのまま引用し、ヨブは「神を恐れ、悪に遠ざかった」と言う人がいる。「神を恐れ、悪に遠ざかった」というのは聖書に書かれているヨブの評価そのままである。もしあなた方自身の言葉を使うならば、あなた方はヨブをどう形容するだろうか。ヨブは理知のある良い人物だったという人もいるだろう。また、神に対して真の信仰者であったとか、義なる情け深い人であったという人もいるだろう。あなた方はヨブの信仰を知っている。つまり、あなた方はヨブの信仰を非常に重要なものと評価しており、その信仰をうらやましく思っている。そこで今日は、神が喜んだヨブが持っていたものとはどのようなものであったかを検討する。それでは次の聖句を読む。

C.ヨブ

1.神と聖書によるヨブの評価

(ヨブ記1:1)ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。

(ヨブ記1:5)そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた。これはヨブが「わたしのむすこたちは、ことによったら罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。ヨブはいつも、このように行った。

(ヨブ記1:8)主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。

これらの聖句から読み取れる重要な点はどのようなものだろうか。この短い聖句3つは全てヨブに関連している。聖句は短くても、ヨブがどのような人物であったかを明確に示している。聖句から理解できるヨブの普段の振る舞いや行動から、ヨブに対する神の評価は根拠のないものではなく、十分な根拠に基づいていたことが誰にも分かる。これらの箇所から、ヨブに対する人間の評価(ヨブ記1:1)も神の評価(ヨブ記1:8)も、神と人との前におけるヨブの行い(ヨブ記1:5)によるものであることが分かる。

ではまず、ひとつめの聖句を読もう。「ウヅの地にヨブという名の人があった。そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった。」。聖書における最初のヨブの評価は、ヨブ記の著者によるヨブへの賞賛である。当然、それは人のヨブに対する評価である。つまり、「そのひととなりは全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかった」という評価である。次に、神のヨブに対する評価を読もう。「ヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にない」(ヨブ記1:8)この2つのうち、ひとつは人間によるもの、もうひとつは神によるもので、同じ内容に対するふたつの評価である。ここで分かることは、ヨブの振る舞いと行動は人間に知られており、神に賞賛されていたということである。つまり、ヨブの行いは、人の前でも神の前でも変わらなかったということである。ヨブは常にその振る舞いとその動機を神の前に明らかにして神が見ることができるようにしており、また神を畏れて悪を避けた。それゆえ、神の目には、ヨブは地上で唯一完全で正しく、神を畏れ悪を避ける人間だった。

ヨブが日々、神を畏れ悪を避けていたことを示す描写

次に、ヨブが神を畏れ悪を避ける具体的な例を検討する。ヨブ記1:5をその前後の句を含めて読んでみよう。この聖句は、ヨブが神を畏れ悪を避けた様子を具体的に示している。そこから、ヨブが日々の生活の中でどのように神を畏れ悪を避けたかが分かる。特筆すべきは、ヨブは神を畏れ悪を避けるために自分がすべきことをしただけでなく、自分の息子たちのためにも定期的に全焼のいけにえをささげた。ヨブは息子たちが「罪を犯し、その心に神をのろったかもしれない」と思ったからである。そしてその畏れはどのようにヨブの行動に現れただろうか。聖書には次のように書かれている。「そのふるまいの日がひとめぐり終るごとに、ヨブは彼らを呼び寄せて聖別し、朝早く起きて、彼らすべての数にしたがって燔祭をささげた」。ヨブの行動から、彼の神への畏れは表面的なものではなく心の内側から出ているものであり、彼の日々の生活のあらゆる側面に神に対する畏れが常にあったことを見ることができる。彼は悪を避けただけでなく、自分の息子達のためにしばしば全焼のいけにえを捧げていたことがそれを示している。言い換えれば、ヨブは神に対して罪を犯し心で神に背くことを深く恐れていただけでなく、息子達が神に対して罪を犯し、心で神に背くことを憂慮していたのである。このことから、ヨブの神への畏れは非の打ち所がない真実なもので、それは誰にも疑う余地がなかったことが分かる。ヨブは時折こうしていたのだろうか、それとも頻繁にだろうか。聖句の最後に、「ヨブはいつも、このように行った。」とある。これは、ヨブが時折息子達の様子を見に行ったり、気が向いた時にだけ様子を見に行ったりしていたのではなく、祈りの中で悔い改めていたのでもない。ヨブは定期的に息子達を送り出して聖別し、息子達のために全焼のいけにえを捧げた。ここで言う「いつも」は、ヨブが1日か2日、もしくはほんの一瞬そのようにしたということではない。ヨブの神に対する畏れは一時的なものでもなく、知識だけのものや口先だけのものでもなく、神を畏れ悪を避けることによってヨブの心は導かれ、ヨブの振る舞いを決定していた。そしてそれはヨブの心の中で、自身の存在の根源となっていた。常にいけにえを捧げていたことから、ヨブが、ヨブ自身が罪を犯すこと、そして息子、娘たちも罪を犯すことを恐れていたことがうかがえる。ここから、神を畏れ悪を避けるということがヨブの心の中にどれだけ多くの比重を占めていたかが分かる。ヨブは恐怖と不安を感じていたので、いつもそのようにした。つまり、神に対して悪を行ない、罪を犯し、神の道から外れて神に満足していただけないことを恐れたために、いつもそのようにしたのである。同時に、ヨブは息子、娘達が神の怒りを招いたのではないかと心配した。ヨブの通常生活における行いはこのようであった。この通常の行いこそが、ヨブの「神を畏れて悪を避ける」という表現が無意味ではなく、実際にそのように生きたことを証明する。「ヨブはいつもこのようにした」。この言葉はヨブが日々神の前にどのような行いをしているかを示している。ヨブがいつもこのように行動していた時、ヨブの振る舞いと心は神に届いただろうか。つまり、神はヨブの心と行いをしばしば喜んだだろうか。そうであれば、どのような状況で、どのような背景で、ヨブはそのようなことを続けたのだろうか。一部の人たちは、神が頻繁にヨブに現れたからだと言う。また、悪を避けるためにそうしたのだと言う人たちもいる。さらには、ヨブの富は簡単に手に入ったものではなく、神に与えられたものだと知っていたので、神の怒りを買うことで富を失うのを恐れたのだと言う人たちもいる。この中に正解はあるだろうか。どれも明らかに違う。なぜなら、神がヨブに関して受け容れ、尊いと感じたのは、ヨブがいつもそのようにしていたということではなく、サタンの手に渡されて誘惑された際にヨブが神、人、そしてサタンに見せた振る舞いであったからだ。以下に示す箇所は最も説得力のある証拠である。ここに神のヨブに対する評価の真実が示されている。続けて、以下の聖句を読んでいこう。

2.サタンがヨブを初めて誘惑する(ヨブの家畜が盗まれ、ヨブの子供たちに災いが降りかかる)

a.神が語った言葉

(ヨブ記1:8)主はサタンに言われた、「あなたはわたしのしもべヨブのように全く、かつ正しく、神を恐れ、悪に遠ざかる者の世にないことを気づいたか」。

(ヨブ記1:12)主はサタンに言われた、「見よ、彼のすべての所有物をあなたの手にまかせる。ただ彼の身に手をつけてはならない」。サタンは主の前から出て行った。

b.サタンの返答

(ヨブ記1:9-11)サタンは主に答えて言った、「ヨブはいたずらに神を恐れましょうか。あなたは彼とその家およびすべての所有物のまわりにくまなく、まがきを設けられたではありませんか。あなたは彼の勤労を祝福されたので、その家畜は地にふえたのです。しかし今あなたの手を伸べて、彼のすべての所有物を撃ってごらんなさい。彼は必ずあなたの顔に向かって、あなたをのろうでしょう」。

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