日々の神の御言葉: 神の出現と働き | 抜粋 51
神の出現は、すでに諸教会で起こっている。語っているのは霊であり、神は燃え盛る火で、威厳を持ち、裁きを行っている。神は人の子であり、足まで垂れた上着を身に着け、胸に金の帯を締めている。その頭と髪の毛は羊毛のように白く、目は燃える炎のようだ。その足は炉で精錬された真鍮にも似て、声…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
現在、あなた方はみな、この終わりの日にあって、「ことばは人となり」、神がそれを成し遂げられたというのが第一の事実であるということが明確になっていなければいけない。神はその地上での実際の働きにおいて人間が神を知り、関わり、実際の業を見るようにした。神はしるしや不思議を示せるが、そうすることのできない場合がある。それは時代によるのだ、ということが人間にはっきりわかるようにする。このことから、神はしるしや不思議を示すことができないのではなく、そのなすべきことによって、時代によって、働き方を変えるのだということがわかる。現在の働きの段階では、しるしや不思議は示さない。イエスの時代に神がそうしたしるしや不思議を示したのは、その時代の働きは異なっていたからだ。神はその働きを現在はしない。そこで、しるしや不思議を示すことができないと思ったり、しるしや不思議を示さないのは、神ではないからだと考えたりする人々がいる。それは誤りではないのか。神はしるしや不思議を示せるのだが、異なった時代に働いているから、そうした働きをしないのだ。今は別の時代であって、今は神の働きは別の段階にあるから、神が明らかにする業もまた異なっている。人間の神への信仰は、しるしや不思議へのものではないし、奇跡についてのものでもない。新たな時代の現実の働きを信じるものである。人間は神の働き方によって神を知り、この知識が神への信仰を生み出した。つまり、神の働きと業についての信仰である。今の段階の働きで、神は話すことを主にする。しるしや不思議を待っていてはならない。それは見られない。あなたは恵みの時代に生まれたのではないのだから。もし恵みの時代に生まれたのだったら、しるしや不思議を見られただろうが、終わりの日に生まれたのだから、あなたが見られるのは神の現実性と正常だけだ。終わりの日に超自然のイエスを見ることを期待してはいけない。あなたが見られるのは、普通の人間と変わるところのない、受肉した実践の神だけだ。それぞれの時代、神は異なった業を明らかに示す。それぞれの時代、神はその業の一部だけを明らかにする。各時代の働きは神の性質の一部、神の業の一部だけを示す。神が明確に示す業はその働く時代によって異なる。しかし、どれもみな、人間が神についてより深い知識、より現実的で真実に近い信仰を得られるようにする。人間が神を信じるのは、神の業すべてのためであり、神がまことに驚くべきで、偉大だからであり、神が全能で測り知れないからだ。もし神がしるしや不思議を示し、癒やし、悪魔を追い払えるから信じるというのなら、その見方は誤っている。「邪悪な霊もまたそういうことができるのではありませんか」という人々がいるだろう。それは神の姿をサタンの姿と取り違えているのではないか。今日、人間の神への信仰は、神の多くの業、神の多くの働き方と話し方による。神はその言葉によって人間を征服し、完全にする。人間が神を信じるのは、神の数多くの業によるのであり、しるしや不思議を見せられるからではない。そして、人間は業を見て神を理解できるだけだ。神の実際の業、神がどう働くか、神がその知恵を用いる方法、その話し方、どう人間を完全にするか──こういう面を知ることによってだけ──あなたは、神の実在性と性質を理解できる。神は何が好きで、何が嫌いか、神はどのように人間に働きかけるか──神の好き嫌いを理解して、あなたは物事の是非を区別できるようになり、また、神についての知識により、いのちの成長がある。つまり、神の働きについての知識を得なければいけない、神への信仰についての考え方を正さなければいけないのだ。
『神の出現と働き』「今日の神の働きを知ること」(『言葉』第1巻)より
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神の出現は、すでに諸教会で起こっている。語っているのは霊であり、神は燃え盛る火で、威厳を持ち、裁きを行っている。神は人の子であり、足まで垂れた上着を身に着け、胸に金の帯を締めている。その頭と髪の毛は羊毛のように白く、目は燃える炎のようだ。その足は炉で精錬された真鍮にも似て、声…
進歩のために努力しない人は、他の人も自分同様に消極的で怠惰であることを常に望む。真理を実践しない人は、真理を実践する人に嫉妬しており、頭が混乱している人や分別がない人をいつも惑わそうとする。彼らが放つものはあなたを堕落させ、引きずり落とし、異常な状態を引き起こし、闇で満たすこと…
かつて、多くの人が並外れた野心と観念を胸に、自分の希望のために追い求めた。こうした問題はしばらく脇にのけよう。いま極めて重要なのは、あなたがた一人ひとりが神の前で正常な状態を維持することができ、サタンによる支配の足かせから次第に自由になることができる実践の道を見つけることである。…
受肉した神の働きは二つの部分から成る。最初に神が肉となった時、人々はそのこと知りも信じもせず、イエスを十字架につけた。二度目も、人々は神を信じないで、まして、知りもせず、またしてもキリストを十字架につけた。人間は神の敵ではないだろうか。もし人間が神を知らないのなら、どうして神の親…