日々の神の御言葉: 神を知る | 抜粋 5
本物の被造物は創造主が誰か、人間はなぜ創造されたか、被造物としてどう責任を果たすか、万物の創造主をどう礼拝するかを知り、創造主の心、望み、要求を理解し、把握し、知り、大切に扱わなければならない。そして創造主の道、つまり神を畏れ、悪を避ける道に従って行わなければならない。 神を畏…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
世の終わりに受肉した神は、言葉を発することを主目的として来た。人間のいのちに必要なことをすべて説明し、どの人が入るのかを示し、神の働きを見せ、神の知恵・全能・驚くべきさまを見せるために来た。神はさまざまな方法で語るが、人間はそこに神の至高、神の偉大さ、さらに、神の謙虚と神秘なさまを見る。人間は神が至上の存在であることを見るが、神は謙虚で隠されており、最も小さい者になれる。神の言葉のあるものは霊の観点から直接語られ、あるものは人間の観点から直接語られ、またあるものは第三者の観点から語られる。ここから神の働きが変化に富んでいることがわかるが、神は言葉を通して人間がそれを知るようにする。世の終わりの神の働きは正常で真実である。そして、世の終わりに一群の人々は最大の試練にさらされることになる。神の正常と神の現実性とのため、すべての人はそうした試しを受ける。人間が試されることになったのは、神の正常と神の現実性のためである。イエスの時代、試練や概念はなかった。イエスの働きのほとんどは人間の観念に合致していたため、人々はイエスに従い、イエスの観念も持たなかった。今日の試練は人間がこれまでに臨んできたもののうちでも最大のもので、その人たちが大いなる苦難を経てきたと言うときには、まさに苦難を指しているのである。
今日、神は信仰・愛・忍耐、そして従順をこの人々の中に創り出すために話す。世の終わりに受肉した神の語る言葉は、人間の性質、人間の行動、人間が今日必要な成長に沿った事がらである。神の話す方法[a]は真実で正常のものである。神は明日のことは話さない。また、昨日を振り返ることもない。今日成長し、実践し、理解するべき点についてだけ話す。この時代に、しるしや不思議を起こせる人が現れ、悪魔を追い払い、癒やし、多くの奇跡を起こし、またその人がイエスの再来であると主張したなら、それは悪霊が偽ってイエスのまねをしているのである。これを覚えておきなさい。神は同じ働きを繰り返さない。イエスの段階の働きはすでに完了し、神は二度と再びその段階の働きをしない。神の働きは人間の観念とは相容れない。たとえば、旧約はメシアの到来を予言した。それでイエスが来たのだ。だから、別のメシアがまた来るというのは、間違っている。イエスはすでに一度来た。だから、イエスがこの時代に再び来るというのは、間違いだ。すべての時代は一つの名をもち、その名は各時代を表している。人間の観念では、神は常にしるしや不思議を見せ、癒やし、悪霊を追い払い、いつでもイエスのようでなければならないのだが、今の神はまったくの別物である。もし終わりの日に神がしるしや奇跡を示し、まだ悪霊を追い払ったり癒やしたりしていたら──それならば、神はイエスの働きと同じ働きを繰り返していることになり、イエスの働きは無意味で無価値ということになる。だから、神は、時代ごとにひとつの段階の働きをするのだ。ひとたびその段階の働きが完了すれば、すぐさまそれを悪霊がまねをし、サタンが神のすぐ後ろからついていく。神は方法を変更する。一度神がその段階の働きを完了すると、悪霊がまねをする。こうしたことを理解しておきなさい。なぜ今日、神の働きはイエスの働きと異なっているのか。なぜ今日の神はしるしや奇跡を示さず、悪霊を追い払わず、癒やしもしないのか。もしイエスの働きが律法の時代に行われた働きと同じであれば、恵みの時代の神を現すことができただろうか。イエスは磔刑の働きを完了できたろうか。もし律法の時代のようにイエスが神殿に入り、安息日を守ったなら、誰からも迫害を受けず、みなに受け入れられたろう。それならば、磔刑に処せられただろうか。贖いの働きを完了できたろうか。終わりの日に受肉した神がイエスのようにしるしや不思議を見せたなら、何の意味があろう。終わりの日に神が働きの別の部分、経営(救いの)計画の別の部分の働きをしてはじめて、人間は神についてより深い知識を得るのであり、そうしてはじめて、神の経営(救いの)計画は完了する。
『神の出現と働き』「今日の神の働きを知ること」(『言葉』第1巻)より
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