終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

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言葉は肉において現れる(続編)朗読

1.サタンによりあまりにもひどく堕落させられた人類は、神が存在することを知らず、神を礼拝することをやめてしまった。初めに、アダムとエバが創造された時、ヤーウェの栄光とヤーウェの証しが地に満ちていた。しかし、堕落させられた後、人間はその栄光と証しを失った。なぜなら、誰もが神に反抗し、神を畏れ敬うことをすっかりやめてしまったからだ。今日の征服の働きは、そのすべての証しとすべての栄光を取り戻し、すべての人間が神を崇めるようにし、それによって被造物の間に証しがあるようにするためである。これが、この段階の業において達成されねばならぬことである。厳密に言って人間はどのように征服されるのだろうか。それは、この言葉の働きを用いて、人間を充分に確信させることによって行われる。それは暴露と、裁きと、刑罰と、情け容赦ない呪いを用いて人間を完全に服従させる。また、人間の反抗的性質を明らかにし、その反逆を裁くことによって人間は人類の不義と汚れを知るようになる。それによって神の義の性質がいっそう強調されるであろう。主に、こうした言葉を用いて人間を征服し、完全に確信させる。言葉は人類の究極的征服の手段であり、征服を受け入れる者はみな、言葉による鞭と裁きとを受け入れなければいけない。言葉を語ることによる現在の過程が人間を征服する過程である。人々は、具体的にどのように協力するべきだろうか。これらの言葉を飲食し、また理解することによってである。人々は自分の力によっては征服されることができない。彼らはこれらの言葉を飲食することによって自分たちの堕落と汚れ、自分たちの反抗的性質と不義とを知り、神の前にひれ伏さなければいけない。もしあなたが神の心を理解し、それを実行に移し、そしてさらにビジョンを持ち、これらの言葉に完全に従い、自分勝手な選択をしないなら、あなたは征服されるであろう。そして、あなたを征服するのは、これらの言葉であろう。なぜ人類は証しを失ったのか。それは、誰一人神を信じず、もはや神を心にもつことが全くなくなってしまったからである。人類を征服するとは、人々にこの信仰を回復させるということだ。人々は常にこの世に迎合する傾向があり、あまりにも多くの望みを胸に抱き、将来にあまりにも多くの期待をかけ、あまりにも多くの途方もない贅沢を要求する。彼らはいつも自分の肉のことばかり思い、肉のために計画しているが、神を信じる道を求めることにはまったく興味をもたない。彼らの心はサタンの虜となり、彼らは神を畏れ敬う心を失ってしまった。そして、彼らはサタンに自分の心を捧げている。しかし、人間は神によって創られたのだ。こうして、人間は証しを失ってしまった。つまりそれは神の栄光を失ったということだ。人類を征服する目的は、人間の神への畏敬による栄光を取り戻すことだ。

2.現在の征服の働きとは、人間の結末がどのようになるかを明らかにすることを意図するものである。なぜわたしは今日の刑罰と裁きとが、終わりの日の大きな白い座の前での裁きだと言うのか。あなたにはこれがわからないのか。なぜ征服の働きは最終段階であるのだろうか。これはまさしく、それぞれの種類の人間が最後にどうなるかを明らかにすることなのではないか。それは、すべての人が、刑罰と裁きとによる征服の働きの過程の中で、自分のありのままの姿をあらわし、その種類に応じて分類されるようにするためではないか。これはむしろ人間を征服するというよりも、各種の人間がどのような最後を迎えるのかを示すことだと言った方がいいだろう。つまり、これは彼らの罪を裁き、それから様々な種類の人間を示し、そのことによって、彼らが悪であるか義であるかを判定するのだ。征服の働きの後に、善に報い悪を罰する働きが続く。完全に従う人々、つまり、完全に征服された人々は次の段階に移され、その業を全宇宙に広める。征服されなかった者は闇の中に置かれ、災厄に遭う。このように人間はその種類によって分類され、悪を行う者は悪として分類され、二度と陽の光を見ることがない。また、義人は善として分類され、光を受け、永遠に光の中で生きる。あらゆるものの終わりは近く、人間の終わりは目の前にはっきりと示された。そしてあらゆるものはその種類によって分けられる。それなら、どうして人間がこの分類をこうむることから逃れられようか。それぞれの種類の人間の結末は、あらゆるものの終わりが近づいた時に明らかにされる。それは全宇宙の征服の業(現在の働きを含むすべての征服の業)の間に行われる。この全人類の終わりの明示は、裁きの座の前で、刑罰と終わりの日の征服の業の過程の中で行われる。

3.人間の終わりは世界の創造以来、予め定められているものではない。それは、初めに集合的に「人類」と呼ばれるひとつの種族しか存在しなかったからである。また、人間は、最初はサタンによって堕落させられていなかったので、彼らは神の光の中に生きていて、闇は彼らの上に降りていなかったからである。しかし、人間がサタンに堕落させられた後、あらゆる類型と種類の人々が地の至るところに広がった──集合的に「人類」と呼ばれる、男と女から成る種族から出たあらゆる類型と種類の人々である。彼らはみな祖先に導かれ、彼らの最も古い祖先──男と女から成る人間(つまり、始祖であるアダムとイブ、彼らの最も古い祖先)──の元から迷い出てしまったのだ。その当時、ヤーウェに導かれて地に生きた唯一の人々はイスラエル人だった。全イスラエル(つまり、最初の部族)から出た様々な種類の人々は、その後ヤーウェの導きを失った。これらの初期の人々は、人間世界のことにはまったく無知で、祖先とともに自分たちのものとした土地で暮らし、それが今日に至っている。だから、彼らはまだ自分たちがどのようにヤーウェのもとから離れ、今日に至るまで、どのようにしてあらゆる種類の汚れた悪魔や邪霊によって堕落させられたかについてはいまだに何も知らない。これまで最もひどく堕落し、毒されてきた者たち、つまり、最終的に救いようのない者たちは、彼らの祖先と共に行くしかない──彼らを堕落させた汚れた悪魔たちと。最終的に救われる者たちは、人類の正しい終着点に行くことができる。つまり、救われ、征服された者たちのために最後に用意された場所に。救うことのできる者たち全てを救うためには、あらゆることが為されるが、鈍感で救いようのない人々は、彼らの先祖たちの後を追って刑罰の底なしの穴へ落ちるしかない。あなたの終わりは最初から予め定められていて、それが今になってやっと明らかにされたと考えてはいけない。あなたがそのように考えているのなら、一番最初に人類が創造された時には、それとは別のサタンの種族などは創られなかったことを忘れたのか。あなたは、アダムとエバから成る一種類の人間だけが(つまり、男と女だけが)創造されたことを忘れてしまったのか。あなたが始めからサタンの子孫であったなら、それは、人間を創造した時ヤーウェはサタンの種族をもいっしょに創造したことになるのではないか。神がそのようなことを為すだろうか。神は自分の証しのために人間を創造したのだ。神は自分の栄光のために人間を創った。なぜ神は意図的にサタンの子孫である種族を自分にわざわざ抵抗させるために創造したりするのか。ヤーウェにそんなことができようか。もしそうなら、誰が神を義なる神だと言えるだろう。わたしが今、あなたたちのうちのある者たちは、終いにはサタンと行くことになると言う時、それはあなたが始めからサタンと共にあったという意味ではない。そうではなく、あなたはあまりにも低い所まで堕落したので、たとえ神が救おうとしても、その救いをのがしてしまったという意味である。あなたをサタンといっしょに分類する他ない。それはただ、あなたは救いようがないからであり、神があなたに対して不公平であるからではない。つまり、神が意図的にあなたの運命をサタンの体現化した者として定め、サタンと共に分類し、意図的にあなたを苦しませようとしているからではないのだ。それは征服の働きの内なる真実ではない。あなたがそのように信じているのなら、あなたの理解はひどく偏っている。

4.征服の最終段階は、人々を救い、また、人々の結末を明らかにすることにある。それは、裁きによって人々の堕落を暴露し、それによって人々を悔い改めさせ、立ち上がらせ、いのちと人生の正しい道を追い求めるようにさせるためである。それは、鈍く頑なになった人々の心を目覚めさせ、裁きによって彼らの内にある反抗的性質を示すためである。しかしながら、もし人々がまだ悔い改めることができず、なおも人生の正しい道を追い求めることができず、これらの堕落を捨て去ることができないのなら、彼らは救いようのないものとなり、サタンにのみ込まれる。これが征服の意味だ──人々を救い、また人々の結末を見せるのだ。良い結末と悪い結末──すべては征服の働きにより明らかにされる。人々が救われるか呪われるかは、みな征服の働きの間に明らかにされる。

5.終わりの日とは、すべてのものが征服することを通して、その種類にしたがって分類される時のことである。征服することは終わりの日の業である。つまり、一人一人の罪を裁くことが終わりの日の業である。そうでなければ、どうやって人々を分類できるというのか。あなたたちの間で行われている分類の働きは、全宇宙におけるそうした働きの始まりである。この後、すべての国々のいたるところにいる人々も征服の働きの対象となる。これは、被造物であるすべての人々が種類によって分類され、裁きの座の前に進み出て裁かれるということだ。誰一人、何ものもこの刑罰と裁きの苦しみから逃れることはできない。また、誰も、何ものも、この種類による分類を避けることはできない。あらゆるものが種類ごとに分けられる。それは、万物の終わりが近く、天と地のすべてが終結に至るからだ。どうして人間が己の存在の終結を逃れられよう。

6.現在、わたしは中国の人々への業を用いて、彼らの反抗的性質をすべて明らかにし、彼らの醜さのすべてを暴いている最中である。これが、わたしが言うべきことをすべて言っている背景なのだ。後にわたしは、全宇宙を征服するという次の段階の業を行う。わたしは、あなたたちへの裁きを用いて全宇宙のすべての者の不義を裁く。何故ならそれは、あなたたちは人類の中の反抗的な者たちの代表だからである。向上しない者たちは、単なる引き立て役、仕える者となるが、一方、向上できる者たちは用いられる。わたしは、なぜ向上できない者たちは単なる引き立て役になると言うのだろう。なぜならそれは、わたしの現在の言葉と働きはみな、あなたたちの背景を標的にしており、また、あなたたちが全人類の反抗的な者たちの代表、典型となったからだ。後にわたしは、あなたたちを征服するこれらの言葉を外国に伝え、そこの人々を征服するために用いる。しかし、あなたたちはそれらを獲得しないだろう。それはあなたを引き立て役にするのではないか。全人類の堕落した性質、人間の反抗的行為、人間の醜い姿と顔、それらはみな、あなたたちを征服するために用いられる言葉の中に記録されている。それからわたしは、これらの言葉をすべての国々とすべての宗派の人々を征服するために用いる。なぜならあなたたちは模範、先例なのだから。しかしながら、わたしは意図的にあなたたちを最初から捨てようとして始めたのではない。もしあなたたちの追求が失敗に終わり、あなたたちが救いようのない者となるなら、あなたたちはただの道具、引き立て役なのではないか。

7.今日、あなたを征服されるようにするのは信仰であり、征服されるとあなたは、ヤーウェのあらゆる業を信じられるようになる。ただ信仰の故に、あなたは、このような刑罰と裁きを受けるのだ。このような刑罰と裁きを通して、あなたは征服され、完全にされる。あなたが今日受けている刑罰と裁きなしでは、あなたの信仰は虚しいだろう。あなたは神を知らないから、どれほど神を信じていても、あなたの信仰はまだ現実に基づかない、むなしい表現に過ぎない。あなたを完全に従順にする、こうした征服の働きを受けてはじめて、あなたの信仰は本物で確固としたものになり、あなたの心は神の方へ向く。たとえこの「信仰」という言葉のためにあなたが大いに裁かれ、呪われても、あなたは真の信仰をもち、最も真実で、最も現実的で、最も貴重なものを得る。何故ならそれは、あなたが神の創造物の終着点を見るのは、裁きの過程においてだけだからだ。この裁きの中で、あなたは創造主が愛すべき方であることを知るのである。こうした征服の働きの中に、あなたは神の腕を見る。この征服の中であなたは人生を完全に理解するようになる。この征服の中で、あなたは人生の正しい道を獲得し、「人間」の真の意味を知るようになる。この征服の中でのみ、あなたは全能者の義の性質と美しい栄光に満ちた顔を見る。この征服の働きの中であなたは人間の起源と全人類の「不滅の歴史」を理解する。この征服の中で、あなたは人類の祖先と人類の堕落の起源を理解するようになる。この征服の中で、あなたは喜びと慰め、また、絶え間ない懲らしめと訓練、自らが創造した人類への叱責の言葉を創造主から受ける。この征服の働きの中で、あなたは幸いを受け、人間の受けるべき災難を受ける……。このすべては、あなたのわずかばかりの信仰故ではないのか。これらのものを得た後、あなたの信仰は成長しなかったのか。あなたは膨大な量を得たのではないのか。

8.おそらくあなたは、信仰がなければ、こうした刑罰やこのような裁きを受けて苦しまなくてもよかったはずだと言うだろう。しかし、信仰がなければ、こうした刑罰を受けることも、全能者からこのような配慮を受けることもできないだけでなく、創造主に会う機会を永遠に失うだろう。あなたは、人間の起源を知ることは決してないだろうし、人生の意義を知ることも決してないであろう。たとえあなたの体が死んで魂が離れても、あなたはまだ創造主の働きのすべてを理解できはしないだろう。まして、創造主が人類を創造した後、このような偉大な業を地上で為したことを、あなたは知りはしないだろう。神が創造したこの人類の一員として、あなたは不可解にも、自ら進んでこのように闇の中に落ちて永遠の罰を受けようというのか。もしあなたが今日の刑罰と裁きから離れるなら、あなたにはいったいどういう運命が待っているのだろう。あなたは、今の裁きから離れてしまえば、この困難な生活から逃れられるとでも思っているのだろうか。もし「この場所」を去ったなら、あなたが遭遇するのは、悲痛な苦悶と悪魔によって加えられる残酷な傷害であるということは、ほんとうではないのか。あなたは、耐え難い苦しみを日夜受けることになるのではないか。あなたは、今日この裁きを逃れたからといって、将来の責め苦を永久に避けられるとでも思っているのか。あなたの前途にあるのは何だろう。それはほんとうに、あなたが望んでいる理想郷なのだろうか。あなたは、今やっているようにただ現実から逃げることで、その後の永遠の刑罰を逃れられるとでも思っているのだろうか。今日より後、あなたはこのような機会や祝福をほんとうに見出せるのだろうか。災厄が襲ってきた時、あなたはそれを見いだせるだろうか。あなたは、すべての人間が安息に入るとき、それを見いだせるだろうか。あなたの現在の幸福な生活と調和あるささやかな家庭──これらがあなたの永遠の終着点にとって代われるだろうか。もしあなたが真の信仰を持っているのなら、また、あなたの信仰によって多くのものを得るのなら、そのすべては、あなた――ひとつの創られた存在――が獲得すべきもの、また、手に入れていたはずのものではないか。このような征服はあなたの信仰に最も有益であり、あなたのいのちに最も有益なものだ。

9.今日、あなたは、どのように征服されるか、征服された後、人々はどう振る舞うかを認識しているべきである。あなたは、自分はすでに征服されていると言うかもしれないが、死に至るまで服従できるだろうか。あなたは、自分の将来性があるかどうかにかかわらず、最後まで従うことができなければならない。また、まわりの状況に関わらず、神への信仰を失ってはならない。最終的に、あなたは証しにおける二つの側面を達成しなければならない。ヨブの証し──すなわち死に至るまでの従順──そして、ペテロの証し──神への至上の愛だ。ある意味で、あなたはヨブのようでなければならない。ヨブは物質的なものを何も持っておらず、肉の痛みに苦しめられたが、それでもヤーウェの名を捨てなかった。これがヨブの証しだった。ペテロは死に至るまで神を愛することができた。ペテロが死んだとき──つまり十字架につけられたとき──彼はなおも神を愛していた。彼は自分の前途のことを思わず、輝かしい願いや途方もなく贅沢な思いを追い求めなかった。そして、ひたすら神を愛し、神のはからいのすべてに従うことだけを求めた。あなたが証しをしたと見なされることができる前に、また、征服された後で完全にされた者になる前に、あなたはこのような水準に達しなければならない。今日、もし人々がほんとうに自分の本質や地位を知っていたなら、なおも自分の将来性や願いを求めるだろうか。あなたが知っているべきことは、こうである。神が私を完全にするかどうかにかかわらず、私は神に従わなければならない。神が今為していることはみな良い。すべては私のためであり、私たちの性質が変わり、自分の中からサタンの影響を取り除くことができるようになるためだ。私たちは汚れの地で生きているものの、不純物を取り除き、汚れとサタンの影響を振り払い、サタンの影響を振り切ることができるようにするためである。

10.実のところ、完全にされることは征服と同時に起こるのだ。あなたが征服されるにつれ、完全にされることの最初の効果も得られる。征服されることと完全にされることの間に違いが見られるのは、人々の中の変化の度合いによるものである。征服されることは、完全にされることの最初の一歩であって、彼らがすでに完全に完成されたというわけではない。また、彼らが完全に神のものにされたことを証明するものでもない。人々が征服された後、彼らの性質にはいくつかの変化が起こる。しかし、そのような変化は完全に神のものとなった人々のものには、はるかに及ばない。今日、完了しているのは人間を完全にする最初の働き──つまり人々を征服することだ。そして、もしあなたが征服されることを達成しないのなら、完全にされるすべはなく、完全に神のものとされることもない。あなたは、ただわずかばかりの刑罰と裁きの言葉を受けるだけだが、それらはあなたの心を完全に変えることはできない。したがって、あなたは取り除かれる者の一人となるであろう。それは、テーブルの上の豪華なごちそうをただ目にするだけで、食べないのとそう異ならないだろう。これは悲劇ではないか。だから、あなたは変化を求めなければならない。それが征服されることであれ、完全にされることであれ、いずれもあなたの内に変化があるか、あなたが従順であるかどうかに関係がある──そして、これがあなたが神に獲得され得るかどうかを決定する。「征服されること」と「完全にされること」は、ただ変化と従順さの度合い、および、その人の神への愛がどれほど純粋であるかに基づいている。今日求められているのは、あなたが完全に完成されるということだが、あなたはまず始めに、征服されなければならない──あなたは神の刑罰と裁きについて充分な認識をもっていなければならない。従うための信仰を持たなければならない。そして、その効果が現れるためには、変化を求める者とならなければならない。その時はじめて、あなたは完全にされることを求める者となるのだ。あなたたちは、完全にされる過程の中で征服され、征服される過程の中で、完全にされるということを理解すべきだ。今日、あなたは完全にされること、あるいはあなたの外側の人間性における変化と、器を向上させることを求めることができる。しかし、最も重要なことは、神が今日為すことにはみな意味があり、それはみな有益であるということを理解できることだ。それは、汚れにみちた地に住んでいるあなたがその汚れを逃れ、払い落とすことができるようにする。それは、あなたがサタンの影響を克服し、サタンの闇の影響を離れることができるようにする。──そして、これらのことに集中することによって、あなたは、この汚れの地で守られる。あなたは、最終的にどんな証しをすることを求められるのだろう。あなたは汚れの地に住んでいるが、聖くなることができ、もはや汚れておらず、不純なものもなくなる。あなたはサタンの支配下に住んでいるが、サタンの影響から脱け出すのだ。もはやサタンに所有され、悩まされることもなく、全能者の手の中で生きる。これがその証しであり、サタンとの戦いに勝利した証拠である。あなたはサタンを捨てることができる。あなたが生きて実現したことは、サタンを明らかにするのではなく、神が人間を創造したとき、人間が達成するよう求めたものを明らかにする。すなわち、普通の人間性、普通の理知、普通の見識、神を愛そうという普通の意思、そして神への忠誠だ。これこそが神の創造物が為す証しである。

11.終わりの日の働きはあらゆる規則を打ち破る。そして、あなたが呪われているか罰されているかに関わらず、わたしの働きを助け、今日の征服の働きの役に立っている限り、必要な成果が得られるだろう。また、あなたがモアブの子孫であろうと、赤い大きな竜の末裔であろうと、この段階の働きで神の創造物としての使命を果たし、出来る限りの努力をしているのなら、必要な成果が得られるだろう。あなたは、赤い大きな竜の末裔で、モアブの子孫である。要するに、肉と血から成る者たちはみな神の創造物であり、創造主によって創られたのだ。あなたは神の創造物であり、他に選択の道はない。これはあなたの本分である。もちろん、今日、創造主の働きは全宇宙に向けられている。誰の子孫であるかにかかわらず、何よりもあなたは神の創造物なのだ。あなたたち──モアブの子孫──は神の創造物の一部である。ただ、あなたたちは地位が低いというだけだ。今日、神の働きはすべての創造物の間で行われており、全宇宙に向けられているのだから、創造主は自分の業のためにどんな人々、事柄、あるいは、どんなものでも自由に選ぶことができる。神は、あなたがかつて誰の子孫であったかなど気には留めない。あなたが神の創造物のひとつである限り、また、あなたが神の働き──征服と証しの業──に貢献している限り、神はあなたの中でためらうことなくその業を遂行する。これは、「神はけっして異邦人の間では働かない、とりわけ呪われた卑しい者たちの間では。何故なら、呪われた者たちのゆえに、彼らの後の世代も永遠に呪われているのだから、彼らにはけっして救われる機会がないだろう。神はけっして異邦人の国に下り、働くことはない。神は聖いのだから、汚れた国には絶対に足を踏み入れない」という、人々の従来の観念を打ち砕くものだ。知りなさい。神はあらゆる創造物の神であり、天と地とすべてのものを支配するのであって、イスラエル人だけの神ではないのだ。したがって、この中国での働きには極めて大きな意義がある。そして、それはすべての国々に広まるのではないか。未来の大いなる証しは、中国だけに限られないだろう。もし神があなたたちだけを征服したのなら、悪魔たちは説き伏せられるだろうか。悪魔たちには征服されることや、神の偉大な力は理解できない。そして、全宇宙の神の選びの民が、この業の究極的効果をその目にする時初めて、すべての創造物が征服されるであろう。モアブの子孫ほど後進的で堕落した者はいない。もしこの人々が征服されたなら──最も堕落した者たち、神を認めもせず、神が存在することを信じてもいなかった人々が征服されようものなら、そして、その口で神を認め、神を讃え、神を愛せるのなら──それこそが征服の証しとなるであろう。あなたたちはペテロではないが、あなたたちはペテロの姿で生きている。あなたたちはペテロの、またヨブの証しを所有することができる。そして、これが最も偉大な証しである。

終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

キリストに味方しない者は確実に神の敵だ キリストと融和する道を探せ キリストは、真理を以て裁きの働きを行う 神が人々の間で偉大な業を成し遂げたことを知っているか 終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる あなたは誰に忠実か 三つの忠告 神の性質を理解することの並ならぬ重要性 信者はどんな見解を持つべきか 堕落した人間は神を体現することができない 宗教奉仕を取り締まるべきである 神を信じているなら神に従うべきだ 現実をどのように知るか 神の心にかなう奉仕とは 今日の神の働きを知るということ 神の働きは人間が想像するほど簡単か 肉となった神と神に使われる人々との間の本質的違い 神の信仰は宗教的儀式でなく現実に焦点を合わせるべきである 今日の神の働きを知る人々のみ神に仕えることができる 神の国の時代は言葉の時代(前半) 神の国の時代は言葉の時代(後半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (前半) 神を愛することだけが本当に神を信じることである  (後半) 「千年神の国は訪れた」についての短い話 あなたは生かされたか 性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである 二度の受肉が受肉の意義を完成させる ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート1) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート2) ペテロの経験:刑罰と裁きに関するペテロの認識(パート3) 本物の人とは何を意味するか あなたは信仰について何を知っているか 肉なる者は誰も怒りの日を逃れることはできない 福音を広める働きは、人を救う働きでもある 律法の時代における働き 贖いの時代における働きについての真実 あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (後半) あなたは人間全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである (前半) 自己の観念で神を規定している人がどうして神の啓示を受けることができるだろうか 受肉した神の職分と人間の本分の違い( 前半) 受肉した神の職分と人間の本分の違い ( 後半) 神はすべての被造物の主である 神の働きと人の働き(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(前半) 神の三つの段階の働きを認識することは神を認識する道である(後半) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている( パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている (パート2) 神の宿る肉の本質 (前半) 神の宿る肉の本質 (後半) 神の業と人間の実践 (前半) 神の業と人間の実践(後半) キリストの本質は父なる神の心に従うことである 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (前半) 人の普通の生活を回復し、素晴らしい終着点に連れて行く (後半) 神と人は共に安息に入る(パート1) 祈りの実践について 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋 (パート1) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート2) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート3) 「受肉の奥義」についての神の言葉四節からの抜粋(パート4) 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋( パート1) 四番目の言葉 五番目の言葉 七番目の言葉 八番目の言葉 九番目の言葉 十番目の言葉 十八番目の言葉 十九番目の言葉 二十番目の言葉 二十二番目の言葉 二十六番目の言葉 二十九番目の言葉 十五番目の言葉 十二番目の言葉 二十一番目の言葉 「征服の働きの内なる真実」についての神の言葉四節からの抜粋(パート1) 堕落した人間は受肉した神による救済をより必要としている(パート3) 神は人のいのちの源である 神の裁きと刑罰に神の出現を見る 神とその働きを知る者だけが神の心にかなう 「聖書について」に関する神の言葉四節からの抜粋 パート2 神の現れによる新時代の到来 ペテロはどのようにイエスを知るようになったか 呼び名と身分について(前半)

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