日々の神の御言葉: 受肉 | 抜粋 102
最初の受肉では、神は受肉の働きを完了しなかった。神が肉においてするべき働きの最初の段階を完了しただけである。だから、受肉の働きを完了するために、神は再び肉の体に戻り、肉体のもつすべての正常性と現実を生きている。つまり、神のことばが完全に普通の平凡な肉の体として現れ、それにより、肉…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
神は人間に多くを託し、無数の方法で人間の入りについて述べてきた。しかし、人々の素質が極めて乏しいため、神の言葉の多くは根づかなかった。人間の素質が乏しいことには様々な理由がある。たとえば、人間の思考や道徳の堕落、適切な養育の欠如、人の心を強く支配する封建的迷信、人間の心の奥底に多くの不徳を宿らせている、堕落と頽廃に満ちた生活様式、そして文化的教養の習得が表面的なことなどである。国民のほぼ九十八パーセントが文化的教養に関する教育を受けておらず、またそれ以上に、より高度な文化的教育を受けた者はほとんどいない。それゆえ人々は、神や霊が何を意味するのかを基本的に知らず、封建的迷信から得た漠然として不明瞭な神のイメージしかもたない。また、数千年にわたる「民族主義の高尚な精神」が人間の心の奥に残した有害な影響、そして人々を縛って拘束する封建的思考により、人々には自由がまったくなく、大志、根気、向上意欲も完全に欠けており、消極的かつ衰退的なまま、奴隷の精神状態に囚われるなどしている。これらの客観的要素により、人類の観念的態度、理想、倫理、そして性質に、消えることのない不浄かつ醜悪な色調が加えられてきた。人間はテロリズムによる暗黒の世界で生活しているように思われるが、それを超越することを求める者や、理想の世界に移ろうと考える者は人類の中にいない。人間はむしろ自分の境遇に満足し、子供を産み育て、日常の雑事に奔走して励み、汗をかき、快適で幸せな家庭、夫婦の愛情、親孝行な子供たち、そして平和な人生を送って晩年を迎える喜びを夢見ている……。現在まで数十年、数千年、数万年にわたり、人々はそのようにして時間を浪費し、誰も完全な生活を創造することなく、全員がこの暗黒の世界で互いに殺し合うこと、名声や富を巡って競い合うこと、互いに陰謀を巡らすことだけに没頭している。今まで誰が神の旨を求めたというのか。神の働きに注意した者がいまだかつていたというのか。人間のあらゆる部分が闇の影響に占められており、それが人間の本性となって久しい。そのため、神の働きを行なうのは極めて困難であり、人々は神から今日託されたことに対し、ますます配慮しなくなっている。いずれにせよ、わたしがこれらの言葉を発しても、人々は気にしないとわたしは考える。なぜなら、わたしが話していることは、数千年にわたる歴史だからである。歴史について語ることは、万人にとって明らかな事実、そしてそれ以上に不祥事を意味する。それならば、事実に反することを述べることに何の意味があるというのか。しかしまた、理知的な人たちはそれらの言葉を目にすると、目覚めて進歩しようと努めるだろうとも、わたしは信じている。人間が平和に、そして満足して暮らし、働きを行なうと同時に、神を愛せるようになることを、わたしは願っている。神の旨はすべての人間が安らぎに入ることであり、またそれ以上に、地上全体を神の栄光で満たすことが神の大いなる願いである。人間が忘れ去られて目覚めていないこと、そしてサタンによりひどく堕落させられたため、人間らしさをもはやもたないことは、ただただ残念である。このように、人間の思考、倫理、および教育は重要な繋がりを形成しており、文化的教養の訓練と合わせてもう一つの繋がりを形成している。それは人間の文化的素質を向上させ、精神的姿勢を変化させるものである。
『神の出現と働き』「働きと入ること(3)」(『言葉』第1巻)より
信仰上の悩みや疑問がありましたら、いつでもご連絡ください。
最初の受肉では、神は受肉の働きを完了しなかった。神が肉においてするべき働きの最初の段階を完了しただけである。だから、受肉の働きを完了するために、神は再び肉の体に戻り、肉体のもつすべての正常性と現実を生きている。つまり、神のことばが完全に普通の平凡な肉の体として現れ、それにより、肉…
人間の肉体の堕落を裁くのには、受肉した神以上にふさわしいものはいない。もし神の霊が直接裁いたならば、それはすべてを含むものではないであろう。そのうえ、そうした働きは人間には受け入れがたいものだったろう。なぜなら、霊は人間と直接会うことができず、そのため効果は即座に見られるものでも…
律法の時代の働きを見たければ、また、イスラエル人がどのようにヤーウェの道に従ったかを見たければ、旧約聖書を読まなければならない。恵みの時代の働きを理解したいのなら、新約聖書を読まなければならない。しかし、終わりの日の働きはどうすればわかるのか。それには今日の神の導きを受け入れ、今…
神による各段階の働きには実質的な意義がある。イエスが来た時男性であったが、今回は女性である。このことから、神はその働きのために男と女の両方を造ったが、神には性の区別がないことがわかる。神の霊が来るとき、それは意のままにいかなる肉体でも持つことができ、その肉体が神を表す。男性であろ…