日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 445
日常生活で自分に何かが起きる際、それが聖霊の働きに由来するものなのか、サタンの働きに由来するものなのか、どのように識別すべきだろうか。状態が正常であれば、その人の霊的生活と肉における生活は正常であり、理知も正常で秩序がある。このような状態にあるとき、彼らが経験し、自分の中で知る…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
今この言葉が語られたことをあなたは覚えておかなければならない。後に、あなたはさらに大きな困難と苦難を経験するからである。完全にされることは単純なことでも簡単なことでもない。少なくともヨブのような信仰、あるいはそれ以上の信仰をもっていなければならない。将来の試練はヨブの試練よりも大いなるものであり、その上に長期的な刑罰を受けなければならないことを知るべきである。それは簡明なことであろうか。自分の素質を向上させることができず、理解力が不足し、あまりに何も知らなければ、その時あなたには証しはなく、その代わりにサタンの冗談や玩具となる。現在、ビジョンを持ち続けることができないならば、あなたにはまったく基礎がなく、将来あなたは捨て去られる。道はどの行程も歩み難いので、これを軽くとらえてはならない。今このことを入念に斟酌して準備し、道の最終行程を適切に歩めるようにしなさい。それが将来歩むべき道であり、あらゆる人が歩むべき道である。この認識に注目しないで放置してはならない。わたしがあなたに話すことはすべて息の無駄使いだと考えてはならない。あなたがこれをすべて役立たせる日が来る。わたしの言葉が無駄に語られることはありえない。今は備える時、将来のために道を整える時である。後に歩むべき道を準備し、将来いかに揺るぎなく立つことができるかを心配し、憂慮し、将来の道に向けて周到に準備すべきである。貪欲で怠惰になってはならない。できる限りを尽くして時間を最大限に活用し、必要なことをすべて得られるようにしなければならない。わたしはあなたが理解できるようにあなたにすべてを与えている。あなたがたはわたしがこの三年弱のうちに多くを語り、多くの働きを行なったのを自らの目で見てきた。このように働いてきた理由の一つは人間にはあまりにも欠けていることが多いからであり、もう一つの理由は時間が極めて限られていて、これ以上の遅れは許されないからである。人が証しを立てることができ、用いられるようになる前に、先ず完全な内面の明瞭さを得なければならないとあなたは想像している。しかしそれでは遅すぎるのではないのか。それでは、わたしはどのくらいの間あなたに付き添わなければならないのか。わたしが年老いるまであなたに付き添わせたいならば、それは不可能であろう。さらに大いなる苦難を経験して、あらゆる人において真の認識が達成される。それが働きの過程である。今日伝えられたビジョンを完全に理解して、真の霊的背丈を得たならば、今後どのような苦難を受けようとも、あなたはそれに圧倒されることはなく、それを耐えしのぐことができる。わたしが働きのこの最終段階を完了し、最後の言葉を述べ終えた時、将来において人は自らの道を歩まなければならない。これは前に述べられた言葉を成就することになる。すなわち聖霊には一人ひとりのための任務と、一人ひとりの中で行なうべき働きがある。今後、各人は聖霊に導かれて歩むべき道を歩む。苦難を受ける時に、誰が他の人たちを世話することができるのか。各個人にはそれぞれの苦難があり、それぞれの霊的背丈がある。ある人の背丈は他の誰の背丈とも異なる。夫は妻の世話をすることはできず、親も子の世話をすることはできない。他人の世話ができる者は誰もいない。互いに世話し支え合うことがまだ可能である現在とは状況は異なる。それはあらゆる種類の人間が暴かれる時となる。すなわち、神が羊飼いを打つと、羊の群れは散らされ、その時あなたがたには真の指導者はいなくなる。人々は分割され、あなたがたが会衆として集うことのできる現在とは異なる。将来には、聖霊の働きがない者は自分の真の姿を現す。夫は妻を裏切り、妻は夫を裏切り、子は親を裏切り、親は子を迫害する。人間の心は到底理解できない。できることは自分のもつものに頼り、道の最終行程をよく歩むことだけである。あなたがたには現在このことが良く見えない。皆、目先の事しか見えないのである。この働きの段階の経験に成功するのは、容易いことではない。
『神の出現と働き』「あなたは道の最終行程をいかに歩むべきか」(『言葉』第1巻)より
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