日々の神の御言葉: いのちへの入り | 抜粋 447

正常な人間性にはどのような側面が含まれているのか。識見、理知、良心、品格である。これらの側面それぞれについて正常性を達成できるならば、人間性は基準に達する。あなたは正常な人間の姿を備え、神を信仰する者らしく見えるべきである。過度な達成をしなくてもよく、外交に関わる必要はなく、ただ正常な人間の理知を備え、物事を見通すことのできる正常な人間であるべきであり、少なくとも正常な人間のように見えなければならない。それで十分である。現在あなたに要求されていることはすべてあなたの能力の範囲内である。これはアヒルを止まり木に登らせようとしているのではない。あなたに無駄な言葉や働きが述べられ、行われることはない。あなたの生活において表され明らかにされる醜悪さはすべて排除しなければならない。あなたがたはサタンに堕落させられ、サタンの毒に満ちている。あなたに求められているのは、その堕落したサタン的性質を捨て去ることだけである。高地位にある人物や有名人や偉人になることは求められていない。それは役に立たない。あなたがたに行われる働きは、あなたがたが生来備えているものを考慮している。わたしが人に要求することには限度がある。現在の人が全員、政府の官僚のように振る舞うことを要求され、政府の官僚のような口調で語る練習をしたり、政府高官のような話し方をする訓練をしたり、随筆家や小説家のような口調や身振りで自己表現する訓練をしたりするように要求されたとしたら、それもまたうまくは行かない。それは不可能である。あなたがたの素質を考慮すれば、少なくとも知恵を用い、機転を利かせて話し、物事を明瞭にわかりやすく説明できるべきである。要件を満たすにはそれだけで十分である。少なくとも、識見と理知を身に付ける必要がある。現時点で特に重要なことは、堕落したサタンのような性質を捨て去ることである。あなたは自分に表れる醜悪さを捨て去らなければならない。それを捨てずに、どうして至高の理知や至高の識見について語れるというのか。多くの人は時代が変わったことを知って、慎ましさや忍耐を実践しない。また、愛や聖徒のような品位を備えていないこともありえる。このような人はなんと愚かなことか。彼らには正常な人間性がほんの少しでもあるのか。語るべき証しがあるのか。彼らには識見や理知が一切ない。もちろん、人の実践のうち逸脱していたり誤っている側面は修正する必要がある。たとえば、彼らの過去における硬直した霊的生活や、麻痺した愚かな様相はすべて変わらなくてはならない。変えるということは、あなたを自堕落にさせたり、肉に耽溺したり、言いたいことを何でも言うことではない。だらしなく話してはならない。正常な人間として話し行動するということは、筋の通った話し方をし、「是」なら「是」とだけ、「否」なら「否」とだけ言うことである。事実にそって適切に話しなさい。ズルをしたり、嘘をついてはならない。性質の変化に関し普通の人が達することのできる限界を理解しなければならない。そうしないで現実性に入っていくことはできない。

『神の出現と働き』「素質の向上は神の救いを授かるためである」(『言葉』第1巻)より

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