日々の神の御言葉: 神の働きを認識する | 抜粋 157
神の働きがある段階に達し、神の経営がある段階に達するとき、神の心にかなう者たちはみな、神の要求を満たすことができる。神は自身の基準と、人間が達成可能なことに従って、人間に対する要求を行なう。神は、自身の経営について話しつつ、それと同時に人間のために道を示し、人間に生存への道を与え…
神の出現を待ち望むすべての人を歓迎します!
わたしは義であり、誠実であり、人の心の奥底を探る神である。わたしは誰が正しく誰が不正かをただちに暴く。恐れることはない、すべてはわたしの時に従って行われる。わたしを心から求めているのは誰か、そしてそうでないのは誰かを、一人一人教えよう。あなたがたがわたしの前に来るときは、ただ注意してよく食べ、よく飲み、わたしに近づくだけでよい。わたしが自らの働きを行う。すぐに成果を得ようと焦ってはならない。わたしの働きは一度にすべて成し遂げられるものではない。この働きにはわたしの段階と知恵があり、そのためわたしの知恵を露わにできるのだ。わたしの手で何がなされるかをあなたがたに見せよう――それは悪を罰し、善に報いることだ。わたしは決して誰もひいきしない。ただわたしを心から愛する者を心から愛し、わたしを心から愛さない者には常に怒りをもって臨む。わたしが真の神であり、人間の心の奥底を探る神であることを、彼らが永遠に忘れないように。本音と建前を使い分けてはならない。わたしにはあなたのすることがすべてはっきりと見えている。他の人を欺くことはできても、わたしを欺くことはできない。わたしにはすべてがはっきりと見えているのだ。何も隠すことはできない。すべてはわたしの手の中にある。小賢しい計算で有利な結果を得られたからと言って、自分がとても賢いなどと思ってはならない。言っておくが、人間が何千何万と計画を立てたところで、最終的にわたしの手からは逃れられないのだ。万事万物はわたしの手に支配されているのだから、一人の人間など尚更である。わたしを避けたり、隠れたり、おだてようとしたり、隠し事をしたりしてはならない。わたしの栄光に満ちた顔貌、怒り、そして裁きが公にあらわされていることが、あなたにはまだわからないのか。わたしを心から求めない者はみな、ただちに容赦なく裁かれる。わたしの憐れみはすでに尽きた。もうこれ以上偽善者であることをやめ、狂気じみた無謀な生き方を捨て去りなさい。
我が子よ、用心して、もっとわたしの前で長く過ごしなさい。そうすれば、わたしがあなたを引き受けよう。恐れることなく、わたしの鋭い諸刃の剣を携え、わたしの旨に沿って、最後までサタンと戦い抜きなさい。わたしがあなたを守る、心配することはない。隠されているものはすべて開かれ、露わにされる。わたしは光を放つ太陽であり、すべての暗闇を容赦なく照らす。わたしの裁きは余すところなく下されており、教会が戦場となっている。あなたがたはみな支度を整え、全身全霊で最後の決戦に臨まねばならない。わたしは必ずあなたを守ろう、わたしのために善戦し勝利を収められるように。
気をつけなさい――最近の人々の心は偽りに満ちていて、何をするか予測がつかず、人間には他人の信頼を勝ち取る術がないからだ。完全にあなたがたの味方なのはわたしだけだ。わたしには偽りがない。だから、ただわたしを頼りなさい。わたしの子らは最後の決戦で必ずや勝利を収める。サタンは間違いなく姿を表し、死闘を繰り広げるだろう。恐れてはならない。わたしがあなたの力であり、あなたのすべてなのだ。物事を何度も考えるのはやめなさい、あなたはそれほど多くの考えに留意することはできない。前にも言ったが、わたしはこれ以上あなたがたの手を引いて進むことはしない。時が迫っているからだ。これ以上あなたがたの耳を捕らえて、毎回言い聞かせている時間はない。そんなことはできないのだ。ただ、戦いの準備を整えておきなさい。わたしがすべての責任を取る。すべてはわたしの手の中にある。これは決死の戦いであり、一方は必ず滅びることになる。しかし、このことははっきり理解していなければならない。わたしは永遠の勝利者であり、打ち負かされることはなく、サタンが確実に滅びるということだ。これがわたしのやり方であり、わたしの働きであり、わたしの旨であり、わたしの計画なのだ。
もう成し遂げられた。すべては成し遂げられたのだ。臆病にならず、恐れずにいなさい。わたしとあなた、そしてあなたとわたしは、永遠の王となるのだ。わたしの言葉は一度語られると決して変わることがなく、出来事はすぐにあなたがたに降りかかるだろう。用心していなさい。わたしの言葉の一つ一つをよく考えなさい、これ以上曖昧なままでいてはならない。はっきりと理解しなくてはならないのだ。覚えておきなさい、できるだけ多くの時間をわたしの前で費やすことだ。
『神の出現と働き』「キリストの初めの言葉、第四十四章」(『言葉』第1巻)より
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