日々の神の御言葉: 神の出現と働き | 抜粋 50

全能神――神の国の王――が証しされて以来、神の経営(救い)の領域は全宇宙にあまねく広がっている。神の出現は中国において証しされただけでなく、すべての国とすべての土地で全能神の名が証しされている。人々はみなこの聖なる名を呼び、あらゆる手段で神との交わりを持とうとし、全能神の旨を把握し、一致して教会で仕えている。これが聖霊の驚くべき働き方なのである。

さまざまな国の言語はみな異なっているが、霊はただ一つである。この霊は全宇宙の教会を一つに結びつけており、神と一体で、わずかな相違もない。これは疑いの余地のない事実である。聖霊は今や彼らに呼びかけており、その声は彼らを呼び覚ましている。それは神の憐れみの声である。皆が全能神の聖なる名を呼んでいるのだ。そして彼らは、讃美を捧げ歌っている。聖霊の働きには何の狂いもあり得ない。これらの人々はどんな苦労も惜しまず、正しい道に沿って前進し、退くことはない。奇跡は次々と起こっている。これは人々にとって想像し難いことであり、推測するのも不可能なのだ。

全能神は宇宙のいのちの王である。神は栄光の玉座に就いて世界を裁き、すべての上に君臨し、すべての国々を支配する。すべての人は跪いて神に祈り、神に近づき、神と交わる。どれほど長く神を信じていようと、地位がどれだけ高かろうと、どれほど年功があろうと、心の中で神に逆らう人は裁かれなければならず、神の前にひれ伏して痛々しい懇願の声を出さねばならない。それはまさしく自身の行動の結果を刈り取ることなのだ。その嘆きの声は火と硫黄の池で苦しめられるときの声であり、神の鉄の杖によって懲らしめられるときの叫びである。それこそがキリストの玉座の前の裁きなのだ。

『神の出現と働き』「キリストの初めの言葉、第八章」(『言葉』第1巻)より

全能神の名はすべての国で証しされる

全能神、神の国の王が証しされて、その経営計画の範囲が全宇宙に広がった。中国だけでなく、各国で神の出現が証しされた。彼らは聖なる名を呼んで、神の意志をつかみ、教会で共に仕え、何としても神と交わろうとする。聖霊は不思議な働き方をする。全能神、神の国の王が証しされてきた。まことに全能神の名があらゆる国と地で証しされてきた。

国によって言葉は違うが、ただ一つの霊は全ての教会を結び、神と一つである。それは疑いのない事実だ。聖霊の呼ぶ声が彼らを起こす。神の憐れみはその声だ。彼らはみな全能神の聖なる名を呼び、賛美して歌う。聖霊の働きは道を逸れない。みな正しい道を歩み。全く退かない。不思議なことが重なる。人は想像もできず計り知れないことだ。全能神、神の国の王が証しされてきた。まことに全能神の名が、あらゆる国と地で証しされてきた。全能神は宇宙の生命の王だ!栄光の座に座り、全世界を裁き、全ての国を支配し治める。全ての民は膝を折り、神に祈り、近づく。どれだけ長く神を信じてきたか。地位や、年の功に関わらず、心の中で神を拒むなら、必ず神に裁かれる。あなたは苦し気に神に乞うだろう。これは実に自業自得だ。この嘆きは火と硫黄の池からの苦悶の声だ。それは神に鉄の杖で懲らしめられる時の叫び。これこそキリストの御座の前の裁きだ。全能神、神の国の王が証しされてきた。まことに全能神の名があらゆる国と地で証しされてきた。まことに全能神の名があらゆる国と地で証しされてきた。

『小羊に従って新しい歌を歌おう』より

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