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質問38:近年、宗教界のさまざまな教派では勢いが衰えるばかりで、人々は以前もっていたような信仰と愛を失い、ますます消極的で弱くなっています。私たちもみな霊の枯渇を知覚し、説教するものが何も残っていないと感じ、聖霊の働きをすべて失ったと感じます。なぜ宗教界全体がこれほどまで落ち込んでいるのか尋ねたいです。神は宗教界を本当に憎み、宗教界は神に捨てられたのですか。ヨハネの黙示録の中の宗教界に対する神の呪いの言葉をどのように理解すべきですか。

回答

今や全宗教界は広範囲に及ぶ荒廃に直面し、聖霊の働きもなく、多くの人の信仰と愛は冷えきっています。これは既に一般に認められた事実です。宗教界の荒廃のおもな原因は一体何なのか。これは私たち全員がしっかり理解しなくてはならない問題です。先ず、律法の時代の末期に神殿が荒廃した原因を振り返ってみましょう。そうすれば、終わりの日における宗教界が荒廃している原因をしっかり理解することができるでしょう。律法の時代の末期には、ユダヤ教の指導者たちは神の戒めを守らず、自分たち独自の道を歩み、神に逆らっていました。これが神殿の荒廃を直接的にもたらしたおもな原因です。主イエスは次のようにパリサイ人を暴露して叱責されました。「偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは白く塗った墓に似ている。外側は美しく見えるが、内側は死人の骨や、あらゆる不潔なものでいっぱいである。このようにあなたがたも、外側は人に正しく見えるが、内側は偽善と不法とでいっぱいである」(マタイによる福音書 23:27-28)

偽善な律法学者、パリサイ人たちよ。あなたがたは、わざわいである。あなたがたは預言者の墓を建て、義人の碑を飾り立てて、こう言っている、『もしわたしたちが先祖の時代に生きていたなら、預言者の血を流すことに加わってはいなかっただろう』と。このようにして、あなたがたは預言者を殺した者の子孫であることを、自分で証明している。あなたがたもまた先祖たちがした悪の枡目を満たすがよい。へびよ、まむしの子らよ、どうして地獄の刑罰をのがれることができようか。それだから、わたしは、預言者、知者、律法学者たちをあなたがたにつかわすが、そのうちのある者を殺し、また十字架につけ、そのある者を会堂でむち打ち、また町から町へと迫害して行くであろう。こうして義人アベルの血から、聖所と祭壇との間であなたがたが殺したバラキヤの子ザカリヤの血に至るまで、地上に流された義人の血の報いが、ことごとくあなたがたに及ぶであろう。よく言っておく。これらのことの報いは、みな今の時代に及ぶであろう。」(マタイによる福音書 23:29-36)

「イエスは言われた、「イザヤは、あなたがた偽善者について、こう書いているが、それは適切な預言である、『この民は、口さきではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。人間のいましめを教として教え、無意味にわたしを拝んでいる』。あなたがたは、神のいましめをさしおいて、人間の言伝えを固執している」。また、言われた、「あなたがたは、自分たちの言伝えを守るために、よくも神のいましめを捨てたものだ。」(マルコによる福音書 7:6-9)

パリサイ人を暴露なさった主イエスの御言葉から、ユダヤ教の祭司長、律法学者、パリサイ人の行いが神に背き、神に敵対するものだったことがよく分かります。彼らは神の律法と戒めを破り、ただ宗教伝統を守っただけでした。このことは、彼らの神への奉仕が実際には神に逆らい、神の御心に反していたことの十分な証明です。特に主イエスの出現と働きの際には、彼らは激しく主を非難し否定し、本性と本質が徹底的に暴露されました。このことから、ユダヤ教の祭司長、律法学者、パリサイ人が神に背き、敵対したことがユダヤ教が荒廃にいたった主な原因だったことは明白です。もう一つの原因は神の働きが既に変わっていたことです。受肉された主イエスは恵みの時代に贖いの働きを神殿の外で始められました。つまり神の働きは律法の時代の働きを土台として前進し、神の働きの核心は恵みの時代の贖いの働きに移行したのです。主イエスが贖いの働きを始められると、恵みの時代が始まり、律法の時代が終わりました。主イエスを受け入れた人だけが聖霊の働きを内にもち、主の導きを受け、一方神殿に留まった者、主イエスを拒絶し、逆らい断罪した者は当然神の働きに見捨てられ、暗闇に落ちて神の呪いと懲罰を受けました。そのため、律法の時代における宗教界の荒廃とは間違いなく人間により引き起こされ、全ての原因は宗教指導者が主の道から外れ、主の戒めを守らず、神の御心に背いて神に敵対したからであると確証をもって言えるのです。ユダヤ教の指導者が主の道に忠実で、主の戒めを守ることができていれば、主イエスはそれでも荒野に出て説教と働きをなさっていたでしょうか。主はそれでも未信者のもとに行き、神に付き従う人を探し求められたでしょうか。絶対にありえません。主イエスは確実に先ずは神殿と会堂に入って説教をなさり、人の前に現れてご自身の働きをなさったでしょう。ではなぜそうなされなかったのでしょうか。その理由は明らかに神殿と会堂にいた人々が主イエスを受け入れず、それどころか主を非難して逆らい、主を逮捕しようとあらゆるところに行くほどだったからにほかなりません。このため主イエスは、荒野に出て説教と働きをなさり、主に付き従う人を未信者の中から探しに行くしかなかったのです。聡明な人ならこの事実がよく理解できるはずです。

律法の時代の末期における宗教界の荒廃の原因が判明したので、今度は終わりの日における宗教界の荒廃の原因を探ってみましょう。終わりの日における宗教界の牧師と長老がおもに聖書の知識と神学理論を説くことを教会内での優先事項にしていることは、誰の目にも明らかです。彼らは人から崇められるように頻繁に聖書の解釈を用いて自分自身を誇示し見せびらかしますが、主イエスの御言葉や戒めに従わず、主の道を守っていません。いのちに入ることについての説教はめったにしませんし、人々が真理を理解して主を知ることができるように主の御言葉を実践し経験するように導くこともありません。これでは宗教界の信仰者が皆主の道から外れてしまいます。彼らは主を長年信じてきたかもしれませんが、単に聖書の知識と神学的理論しか理解していません。主についての認識は全くなく、主への畏敬と従順の心もないのです。主の御言葉から完全に離れており、主を信じていながら主を知らない者、主に背き裏切ることもしかねない者となっています。このことから分かるのは、宗教界の指導者は主の道から完全に外れ、その結果として聖霊の働きを失い、神の祝福を失っているということです。これが宗教界の荒廃のおもな原因と言うことができます。もう一つの原因は、神の働きが変わって、主イエスが受肉された全能神として既に再臨なさり、ご自身の贖いの働きを土台として神の家から始まる裁きの働きをなさっていることです。全能神は神の国の時代を確立して恵みの時代を終えられました。聖霊の働きの核心が終わりの日の神の裁きの働きに移行し、全能神を受け入れる人だけが聖霊の働きを得て、御座から流れ出るいのちの生ける水の施しを享受することができるのです。現在の神の働きに追いつけず、全能神を受け入れることを拒む者は、聖霊の働きを失って暗闇に落ちています。特に宗教界の牧師と長老は、終わりの日の全能神の働きを前にしながら、それを求めたり吟味したりしないばかりか、神に激しく反抗して非難し、ありとあらゆる風評や虚偽を広めて信仰者を惑わして支配し、人々が真の道を求めて吟味することを妨げています。とっくに神の性質を侵し、神に憎まれ呪われています。そんな人々がどうして神に捨てられ排除されないことがありえるでしょうか。血の月が四度現れた後、大災害が今にも起ころうとしているのを今私たちは知っています。全能神を受け入れていない人は皆、確実に災いに陥ってその中で刑罰と精錬を受け、一方全能神を受け入れた人は災いの前に携挙されます。全能神を受け入れていない人はただ災いに陥り、災いの後に携挙されるのを待つしかありません。しかし、そのような人は主に捨てられて排除されるのではないでしょうか。災いの後、携挙され得る人などどれだけ残っているでしょうか。今や宗教界のほぼ全体が真理を憎み神に敵対する牧師や指導者一味の支配下にあります。では、この状態で宗教界がいかにして聖霊の動きを得られるというのでしょうか。いかにして荒廃を避けられたというのでしょうか。これが宗教界の荒廃の根本的な原因です。

今や私たちは宗教界の荒廃のおもな原因を知っています。それは宗教界の指導者が主の御言葉に従わず、それどころか主の道から外れ、主の戒めを守らず、神の御心に完全に背き、神に逆らう者たちとなったことです。第二に、宗教界の指導者は神に逆らう者となり、彼らは誰も神の働きを受け入れて従うことができないため、神がご自身の働きを移され、それで宗教界は聖霊の働きを失って暗闇に落ちたのです。主イエスは働きを行われた当時、なぜ神殿で説教をされなかったのでしょうか。神殿の祭司と長老が皆主に逆らう者だったからです。もし神殿に入っておられたならば、主イエスはただ拒絶と非難に遭われるか、即座に逮捕され十字架に釘付けにされていたことでしょう。これは事実ではありませんか。これが神が働きを移されたおもな理由です。もし神殿の祭司と長老が主の御言葉を遵守し、神の御心に従って神に仕えることができていたならば、神殿が荒れ果てることなどあり得たでしょうか。神が働きを移されることなどあり得たでしょうか。これが本当ではありませんか。また、宗教界の荒廃は聖書の預言を完全に成就しています。「『わたしはまた、刈入れまでなお三月あるのに雨をとどめて、あなたがたの上にくださず、この町には雨を降らし、かの町には雨を降らさず、この畑は雨をえ、かの畑は雨をえないで枯れた。そこで二つ三つの町が一つの町によろめいて行って、水を飲んでも、飽くことができなかった。それでも、あなたがたはわたしに帰らなかった』とヤーウェは言われる」(アモス書4:7-8)「見よ、わたしがききんをこの国に送る日が来る、それはパンのききんではない、水にかわくのでもない、ヤーウェの言葉を聞くことのききんである」(アモス書8:11)この二つの聖句から次のことが理解できます。「この町には雨を降らし」の「この町」とは受肉された神が現れて働きを行われる教会を指し、「かの町には雨を降らさず」の「かの町」とはもちろん神の御言葉を聞かず、神の戒めにも従わず、受肉された神の出現と働きを否定し反抗し断罪する宗教界を指します。神は宗教界に飢饉を降りかからせ、宗教界にいる神を真摯に信じて真理を愛する人たちを宗教界から離れさせ、彼らが神の働きの歩みを探し求め、聖霊が諸教会に語ることを探し求め、神の出現と働きを求めるようにさせるためです。神の御声を聞き、終わりの日の全能神の裁きの働きを受け入れて従う人は皆、賢いおとめであり、神の御座の前に引き上げられます。この人たちは皆、子羊の婚宴に参列し、御座から流れ出るいのちの生ける水の施しを享受しています。彼らの本来の信仰と愛が元に戻ったのです。彼らは神の御言葉を飲み食いし、御言葉を経験し、実践する訓練をしており、真理を理解してその現実に入ることを達成するでしょう。ひとたび真理を理解し、神についての真の認識を持てば、彼らは神を畏敬し従うことができるようになり、このようにして神から新しいいのちを得るのです。全能神の働きを受け入れない宗教団体や個人は皆神に忌み嫌われ、拒まれ、排除され、彼らには聖霊の働きが欠けているのです。これは疑いの余地がありません。全能神の御言葉を読みましょう。「神はこの事実を成し遂げる。彼は全宇宙のすべての人々を彼の前に迎え、地上の神を礼拝させる。他の場所での神の仕事は終わり、人々は真の道を求めなければならなくなるだろう。それはヨセフのようだ。みな食べ物を求めて彼のもとを訪れ、頭を垂れた。彼は食べ物を持っていたためである。飢饉を避けるために、人々は真理の道を求めなければならない。宗教界全体が飢えており、今日の神のみが、人の喜びのために提供される、枯れることのない生ける水の泉であり、人々は彼のもとに来て彼を頼るだろう。」(『言葉は肉において現れる』の「千年神の国は訪れた」より)「全宇宙における神のすべての働きは、この一群の人々に焦点を当てている。神はあなたがたにすべての努力を注ぎ、あなたがたのためにすべてを犠牲にした。そして全宇宙における聖霊のすべての働きを取り戻し、あなたがたに与えたのだ。それが、あなたがたは幸運なのだとわたしが言う理由である。さらに神は、自らが選んだイスラエルの民から自分の栄光をあなたがたへと移した。それはあなたがた一団を通して、神の計画の目的を全て明らかにするためである。それゆえ、あなたがたは神の嗣業を受ける者、更には神の栄光の継承者となるのだ。」(『言葉は肉において現れる』の「神の働きは人間が想像するほど簡単か」より)

全能神の御言葉から、神を真摯に信じて神の出現を待ち望む人を神は決して見放されたことがないことがよく分かります。神はご自身の全能性と知恵によって、神を真摯に信じる人を救い、彼らが宗教界の反キリストや悪人たちの支配から脱却できるようにしてくださいます。そして彼らが御座の前に引き上げられ、神の御言葉により裁かれ、清められ完全にされることを受け入れられるようにしてくださいます。終わりの日の全能神が裁きの働きを行い、人類を清め救うあらゆる真理を表されるのは、神の初穂である勝利者の一団を災いの前に作るためです。このことは黙示録の預言を成就しています。「彼らは、女にふれたことのない者である。彼らは、純潔な者である。そして、小羊の行く所へは、どこへでもついて行く。彼らは、神と小羊とにささげられる初穂として、人間の中からあがなわれた者である」(黙示録 14:4)この勝利者の一団が神に作られてから、神の家から始まる受肉された神による裁きという段階の働きは一時的に終了し、その後に神は善人を報いて悪人を罰するべく大きな災いを起こされます。その暁には、終わりの日の神の裁きの働きを受け入れず、全能神を非難し逆らう者は皆、災いに陥り、その中で裁かれ罰される精錬に苦しむことになるのです。宗教を離れ、子羊の歩みについて行き、終わりの日の全能神の働きを受け入れて従い、キリストの御座の前で裁きと清めを受けて初めて、神によって私たちは完全にされ、勝利者になることができます。そうして初めて、試練から免れることができますが、一方、天の下にいる者は試練に遭わざるをえません。神に作られたこれらの初穂である勝利者だけに、神の約束と祝福を受け継ぐ資格があるのです。神は既に中国本土で勝利者の一団を作られました。大きな災いはもうそこまで来ており、全能神を非難して敵対する者は皆災いに陥って罰せられ、救いの機会を永久に失うのです。

『神の国の福音に関する代表的な質問と解答(セレクション)』より

宗教界の神への反抗は少なくとも、律法の時代の末期までさかのぼれることは、お分かりですね。恵みの時代、神がはじめて肉となって働きをされた時、宗教界はすでにパリサイ人や反キリストに占領され、主イエスの贖いの働きの反抗勢力でした。全能神が現れ、御業を行われる時でも、宗教界の人々は敵として立ちはだかりました。彼らは全能神を非難し冒涜した上に、全能神教会を迫害し、中国共産党の悪魔政権と手を組み、神を十字架に磔るという罪を再び犯したのです。主イエスはパリサイ人を呪われ、宗教界の闇を明らかにされ、終わりの日に全能神が裁きの働きを行う際、神に反抗する牧師や長老たちの本質を暴かれました。さらに、再び神を磔にした反キリスト達も呪われました。非常に考えさせられます。神が肉となられたどちらの時代でも、神は宗教界を非難され呪われました。神の選民は、宗教界が、つまりバビロンが倒される運命にあると理解できます。宗教界は神を信じていますが、神を讃えたり証したりすることはありません。御心を満たすこともせず、神の選民を御座に引き上げることもできず、もちろん神の言葉の実践と体験により、彼らが神を知るよう正しい道へと導くこともできません。宗教界の指導者たちは完全に御心に反して、彼ら自身真理を実践せず、人々から尊敬され、崇拝されるために、聖書の知識などを見せびらかしているのです。彼らは信者をパリサイ人の偽善的な道へと導き、神の選民を傷つけ、ダメにしてしまうのです。宗教界の指導者たちは皆、本物の反キリストというサタンの道具になってしまったのです。人類を救う働きの3つの段階で、人類を贖い救うために、神は2度受肉されました。宗教界全体がキリストの敵であり、神の救いの御業に対して躓きの石となり、神の性質を傷つけた結果、呪われて罰せられてしまったのです。まさに預言にある通り。「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。そして、それは悪魔の住む所、あらゆる汚れた霊の巣くつ、…」(ヨハネの黙示録 18:2)「倒れた、大いなるバビロンは倒れた。その不品行に対する激しい怒りのぶどう酒を、あらゆる国民に飲ませた者。」(ヨハネの黙示録 14:8)「ああ、わざわいだ、大いなる都、不落の都、バビロンは、わざわいだ。おまえに対するさばきは、一瞬にしてきた」(ヨハネの黙示録 18:10)

それでは、神に徹底的に反抗する反キリストとそれに操られた宗教界を、全能神がどのように非難されるかを見てみましょう。「キリストは、彼を真に信じる者にいのちを与えるために終わりの日にくる。その働きは、古い時代を終わらせ新しい時代に入るためのもので、新しい時代に入る人が必ず進まなければならない道だ。あなたが彼を認めず、彼を非難したり、冒涜したり、さらに迫害したりするなら、あなたは永遠に火で焼かれなければならず、神の国には決して入れない。このキリストこそ、聖霊の現れであり、神の顕現であり、神が地上での業を託した者だからだ。だから、あなたが終わりの日のキリストがする全てのことを受け入れられないなら、あなたは聖霊を冒涜しているとわたしは言うのだ。聖霊を冒涜する者が受けなければならない報いは、誰の目にも明らかだ。そして、あなたが終わりの日のキリストに敵対し、拒むなら、誰もその結末をあなたに代わって引き受けることはできないともわたしは言おう。さらに、これから先、あなたが神に認めてもらう機会はない。たとえあなたが自らの罪を償おうとしても、あなたが神の顔を拝することは二度とない。なぜなら、あなたが敵対したのは人ではなく、あなたが拒んだのは卑小な存在ではなく、他でもないキリストだからだ。あなたはこの結末に気づいているのか。あなたが犯したのは小さな過ちではなく、重罪だ。」(『言葉は肉において現れる』の「終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる」より)

二千年前にユダヤ人たちがイエスを十字架に釘づけにしたあと何が起きたかを思い起こしてみるがよい。ユダヤ人はイスラエルから追放され、諸国に逃亡した。多くは殺され、全ユダヤ民族は前例を見ない破壊を受けた。彼らは神を十字架に釘付けにし―凶悪犯罪を犯し―そして神の性質を侵害した。彼らは自分たちが為したことの代価を払い、その行動の結果に耐えなければならなかった。彼らは神を罪に定め、神を拒絶したので、たどる運命は一つしかなかった。すなわち、神の罰を受けたのである。これが彼らの支配者たちが彼らの国と民族にもたらした苦い結果と災害である。」(『言葉は肉において現れる』の「神は全人類の運命を支配する」より)

私たちは、いかなる国家も勢力も神が果たそうと願うものの前に立ちはだかることはできないと信じている。神の働きを妨害し、神の言葉に抵抗し、神の計画をかき乱し、阻害する者たちは最終的には神に罰せられる。神の働きに逆らう者は地獄に送られる。神の働きに反抗する国家は滅ぼされる。神の働きに反対するために立ち上がる民族は地上から一掃され、消滅する。」(『言葉は肉において現れる』の「神は全人類の運命を支配する」より)

しかし、古い世界が存続する間、わたしは国々の上に怒りを投げつけ、わたしの行政を全宇宙に公布し、違反する者には刑罰を下す。

わたしが全宇宙に向かって話すと、人間はみなわたしの声を聞き、そこで、わたしが全宇宙で行ってきた業を見る。わたしの心に逆らう者、つまり、人間の行いでわたしに敵対する者は、わたしの刑罰を受けて倒れる。わたしは天の多くの星々を取ってそれらを新しくし、わたしにより、太陽と月は新たになる──空はもはや以前のものではない。地上の無数の物事が新たになる。すべては、わたしの言葉により完全になる。全宇宙の多くの国々は、新たに区切られ、わたしの国に置き換わる。地上の国々は永遠に消え去り、わたしを崇める一つの国になる。地上のすべての国々は破壊され、存在しなくなる。全宇宙の人間のうち、悪魔に属する者はみな、滅ぼし尽くされる。サタンを礼拝する者はみな、わたしの燃える炎に倒れる──つまり、今、流れの中にいる者以外は、灰になるのだ。わたしが多くの民を罰するとき、宗教界にいる者は、わたしの業に征服され、程度の差はあれ、わたしの国に戻る。彼らは聖なる方が白い雲の上に乗って降臨するのを見たからである。人間はみな、種類に従い、それぞれの行いに応じて刑罰を受ける。わたしに敵対した者たちは、みな滅びる。地上での行いがわたしと関わりのなかった人たち、その人たちは、自分たちの行いによって、地上にわたしの子らとわが民の支配下で存在を続ける。わたしは無数の人々と無数の国々にわたしを現し、わたしは自ら声を発して地上にわたしの大いなる働きの完了を告げ、全人類が自分たちの目でそれを見られるようにする。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第二十六章」より)

世界は崩壊しつつある。バビロンは麻痺している。宗教的世界──どうしてこれが、わたしの地上の権威により破壊されないことがあろう。誰がまだわたしに逆らい、敵対しようとするのか。律法学者たちか。すべての宗教関係者か。地上の支配者や権力者か。天使たちか。誰がわたしのからだの完全さと豊かさをたたえないだろう。すべての民の中で、誰がわたしの讃えをやむことなく歌わず、誰がいつでも幸福でないのか。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第二十二章」より)

全能神の言葉のすべてが真理であり、権威と力を兼ね備えています。そして神の義、威厳、怒り、性質を完全に示しています。神に反抗し、神の御業を邪魔する者は間違いなく神から罰と報復を受けるでしょう。律法の時代、ソドムの民は神を否定し反抗しました。彼らは神の性質を激怒させ、神によって一人残らず滅ぼされました。恵みの時代、祭司長、律法学者、そしてパリサイ人が神に反抗し、主イエスを非難しました。ローマ政府と手を組んで、主イエスを十字架に磔にし、神の性質を挑発する、ユダヤの国はこれまでにないほど破壊されました。終わりの日には、宗教界の指導者たちは全能神をでたらめに裁き、反抗し、非難しています。しかも、中国共産党の悪魔と共謀して、神の国の福音を広める兄弟姉妹を弾圧しているのです。彼らは聖霊を冒涜し、再び神を十字架に磔にするという罪を犯した。彼らの邪悪さはソドムの民よりも悪く、ユダヤのパリサイ人たちとも比べものにならないくらいなのです。彼らこそ、終わりの日を神の御業によって暴かれた反キリストです。彼らは歴史上最も激しく神に反抗した邪悪な宗教勢力なのです。宗教界はすべて神に反抗する邪悪な力で構成されている。反キリストの悪魔の巣です。キリストの国に対抗しようとする堅固な砦ともいえます。神に対して反抗し、敵だと公言したサタンの陣営です。神の義なる性質を傷つけることはできない。神の清さも同様です。終わりの日の神の御業は新時代の始まりと古い時代の終わりです。反キリストの悪魔によって操られている。宗教界と邪悪な世界は終わりの日の神の災いによってもうすぐ滅ぼされるでしょう。神の義なる罰がすでにやってきたのです!全能神が言われている通り。「世界は崩壊しつつある。バビロンは麻痺している。宗教的世界──どうしてこれが、わたしの地上の権威により破壊されないことがあろう。」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第二十二章」より)

終わりの日の全能神の裁きの働きを受け入れない人は、教団で主イエスの名を守ろうとも、どんなに聖書に従い、十字架の救いや宗教的儀式に従おうとも、どんなに苦しみ、犠牲を払ったとしても、全能神に頼らなければ、いつか、宗教界とともに倒され、滅ぼされるでしょう。神は昔からそう決めておられ、だれにも変えられません。神は預言により選民たちを召されました。「わたしの民よ。彼女から離れ去って、その罪にあずからないようにし、その災害に巻き込まれないようにせよ。」(ヨハネの黙示録 18:4)

『神の国の福音に関する代表的な質問と解答(セレクション)』より

前へ:質問37:牧師と長老は宗教界で権力を持ち、偽善的なパリサイ人の道を歩いていますが、私たちは彼らではなく主イエスを信じているのだから、どうしてあなたがたは私たちもパリサイ人の道を歩いていると言うことができるのですか。宗教の中での信仰により救われることは本当にできないのですか。

次へ:質問39:過去二千年の間、宗教界全体は神は三位一体であると信じ続けており、三位一体はキリスト教の教義全体の代表的な理論です。それならば、「三位一体」の解釈は本当に議論に耐えうるのですか。三位一体は本当に存在するのですか。あなたがたはなぜ三位一体は宗教界の最も大きな誤りであると言うのですか。

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