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27.悪霊の働きとは何か。悪霊の働きはどのように現れるか。

関連する神の言葉

サタンから来る働きとは何か。サタンから来る働きにおいては、人々のビジョンは曖昧で抽象的であり、正常な人間性を持たず、彼らの行動の背後にある動機は間違っている。そして神を愛したいと願いはしても、常に心に自責の念があり、そういった自責の念や思いが内で互いに干渉し、彼らのいのちの成長を制約し、神の前に正常な状態を持てないようにする。つまり、人々の内にサタンの働きが始まるやいなや、彼らの心は神の前に平安を失い、自分でもどうしたら良いかわからず、兄弟姉妹の集まりが目に入れば逃げたくなり、他の人が祈る時に目を閉じることができない。悪霊の働きは人と神との正常な関係を壊し、人々がそれまで持っていたビジョンや、以前のいのちの入りへの道を混乱させる。心の中で彼らは神に近くことが決してできず、いつも彼らに分裂を引き起こし、足かせとなるような事が起こり、心は平安を見つけられず、神への愛の力はなくなり、霊が沈んでいく。こういったことがサタンの働きの顕現なのだ。サタンの働きは次のような事柄に現れる。堅く立っていることができずに証しとなることができず、それがあなたを神の前に落ち度のある者、神への忠実さを全く持たない者とさせる。サタンからの干渉により、あなたは自らの内に神への愛や忠実さを失う。あなたは神との正常な関係を剥ぎ取られ、真理や自らを改善することを求めず、後戻りし、受け身となり、自分を甘やかし、罪が広がるのをなすがままにし、罪を憎まなくなる。さらに、サタンからの干渉はあなたをふしだらにし、神があなたの中で触れたものは消えてしまう。そしてあなたは、神について不平を言って神に対抗し、そして神を疑うようになり、そこにはさらにあなたが神を離れる危険性もある。このすべてはサタンの働きである。

『言葉は肉において現れる』の「聖霊の働きとサタンの働き」より

現在では人間を騙すために超自然的なものを通して働く邪悪な霊がいる。これは、現在は聖霊が行わない働きを通して人間を騙そうとする邪悪な霊による模倣にすぎない。多くの邪悪な霊が奇跡や病の癒しなどの働きを模倣する。これは邪悪や霊の働き以外の何物でもない。現在は聖霊はもはやこのような働きをしないからである。以降、聖霊の働きを模倣するのは、すべて邪悪な霊である。当時イスラエルで行なわれた働きはすべて、超自然的なものであった。だが今では、聖霊はそのようなやり方では働かない。これ以上のそのような働きはサタンによる業と妨害であり、悪霊から来る。しかし、超自然的なものの全てが悪霊の行為であるとは言えない。それは、神の働きのどの時代かによる。

『言葉は肉において現れる』の「受肉の奥義(1)」より

この時代に、しるしや不思議を起こし、悪霊を追い払い、病人を癒やし、多くの奇跡を起こせる人が現れて、またその人が再来したイエスであると主張したなら、それは悪霊が偽ってイエスのまねをしているのである。これを覚えておきなさい。神は同じ働きを繰り返さない。イエスの段階の働きはすでに完了し、神は二度と再びその段階の働きをしない。

『言葉は肉において現れる』の「今日の神の働きを知るということ」より

人間は神についていくらかの認識を持ち、神のために喜んで生きたり死んだりするかもしれませんが、それでもサタンは人間の弱さを支配しており、人間を苦しませることができます。悪霊は今なお人々の中で働き、彼らに干渉したり、精神的な混乱状態に追い込んだり、気を狂わせたり、精神的にかき乱したり、あらゆる物事において干渉に苦しんだりするようにします。人間の内側には、サタンによって支配され操作され得る、精神または魂にかかわる物事があります。病気になったり、問題を抱えたり、自殺を考えたり、そして時々、世界は荒れ果てているとか、人生には何の意味もないとか感じたりするのは、これが理由です。つまり、こうした苦しみはいまだサタンの支配下にあり、それが人間の致命的な弱さなのです。サタンは今でも自分が堕落させ、踏みにじったこれらの物事を利用することができます。それらは、サタンが人間に対して利用できるものなのです。…悪霊は機会を逃しません。悪霊はあなたの内側から語りかけたり、あなたの耳元にささやいたり、あるいはあなたの考えや精神をかき乱したり、聖霊がもたらす感動を抑えてあなたがそれを感じられないようにすることができます。その後、悪霊はあなたへの干渉を始め、考えや頭を混乱させて不安かつ錯乱した状態に陥れます。これが悪霊の働きです。

『キリストの言葉の記録』の「神がこの世の苦痛を経験したことの意味」より

聖霊は自分の中で常に業を行っている、という者も居る。それは不可能である。仮に、そうした者が、聖霊は常に自分と共にあると言うのであれば、それは現実的であろう。仮に、そうした者が、自分の思考や理知は常に正常である、と言うのであれば、それもまた現実的であり、それは、聖霊がそうした者と共にあることを示すであろう。だが、聖霊は常に自分の中で業を行っている、どの瞬間も、自分は神により啓かれ、聖霊に触れられ、常に新たな認識を得ている、とあなたが言う場合、それは正常ではない。それは極めて超自然的である。そうした人々が悪霊であることに何の疑いも無い。神の霊が受肉した時でさえ、時には休息し、また食事をする必要があったのだから、あなたにそのようなことが必要なことは言うまでもない。悪霊に取り憑かれた者は、肉の弱さが無いように思われる。そうした者はあらゆる物事に背いて捨て去ることが可能であり、冷淡であり、苦悩に耐えることが可能であり、肉体を超越したかのように、全く疲労を感じない。これは極めて超自然的ではないだろうか。悪霊の業は超自然的であり、人間には出来ない業である。区別がつけられない人々は、そうした者を見ると羨み、そうした者の神への信仰は極めて強く、優れており、そうした者は弱いことが決してないと言う。実のところ、これは悪霊の業の表れである。なぜなら、正常な人間には必然的に人間の弱みがあり、それが聖霊の存在が有る者の正常な状態だからである。

『言葉は肉において現れる』の「実践(4)」より

説教と交わりの参考箇所

悪霊の働きの最も顕著な特徴は、それが超自然的であること、悪霊が話す言葉や人々に行うよう求めることは異常で、非論理的であり、正常な人性と人間関係における基本的道徳に反することさえあり、それらはただ人々を欺き、混乱させ、堕落させることのみを目的としているということです。悪霊が取り憑くと、大きな恐怖を感じる人もいれば、異常になる人もおり、また、放心状態に陥ったり、ものすごい不安に襲われて、じっと座っていられなくなる人もいます。いずれにせよ、悪霊が人間に取り憑くと、人は変わり、人間でも悪魔でもないものになり、正常な人性を失ってしまいます。これは悪霊の本質が邪悪で醜悪であることを証明するに十分であり、まさにそれはサタンの本質なのです。悪霊は人々に嫌悪感と軽蔑感を与え、絶対に人々の益になることも助けになることもありません。サタンとあらゆる種類の悪霊どもが唯一できることといえば、人々を堕落させ、害し、食い尽くすことだけです。

悪霊が働いている者たち(悪魔に憑かれている人々)の主な兆候は次のとおりです。

第一の特徴として、悪霊はこうしろ、ああしろと人々に命じたり、誰かに何かを告げたり、人々を誘導して偽りの預言をさせたりします。

第二の特徴として、人々はしばしば祈りの中で誰にも理解することのできない、いわゆる「異言」を話すことがあり、話している本人ですらそれを理解できないのです。異言を話す者たちの中には、いわゆる「異言の解釈をする」ことができる人さえいます。

第三の特徴として、非常に頻繁に啓示を受け、ある時はこのように、次の瞬間にはあのように、といった具合に悪霊によって振り回され、絶え間なく続く不安状態に陥る人がいます。

第四の特徴として、悪霊が働いている人々は、急にこれをやりたい、あれをやりたいと、居ても立ってもおられなくなり、状況の良し悪しも考慮することなく、真夜中に外へとび出すことさえあり、その行動は極めて異常です。

第五の特徴として、悪霊が働いている人々は、ものすごく傲慢で、理性に欠け、何を話しても人を見下すような態度をとり、他人に指図する立場でしかものを言うことができません。彼らは人々を途方にくれさせ、悪魔と同じように人々に物事を強制します。

第六の特徴として、悪霊が働いている人々は、真理について交わることができず、ましてや神の働きに注意を払うことなどなく、神に対して反抗的な態度をとり、勝手気ままに行動し、あらゆる種類の暴挙を働いて教会の通常の秩序を乱します。

第七の特徴として、悪霊が働いている人は、何の理由もなく自分を誰か他の者として押し通し、あるいは、自分は誰かに遣わされて来たのだから、自分の言うことに耳を傾けるべきだと主張します。彼がどこから来たのか、つきとめることのできる人はいません。

第八の特徴として、悪霊が働いている人々は、たいてい正常な理性を持っておらず、どんな真理も理解することがありません。彼らは何かを受け取る能力を持ちあわせておらず、聖霊によって啓示を受けることもありません。また、誰の目にも明らかなのは、これらの人々は、何かを受けたとしても、余りにもでたらめで、正しいことが一切ないということです。

第九の特徴として、悪霊が働いている人々は、働きの最中、他の人に講義することに特に重点を置きます。彼らはいつも乱暴にふるまい、常に妨害と混乱を引き起こします。彼らは何をやっても何を言っても、他の人たちを攻撃し、束縛し、堕落させることしかせず、人々の決意をくじいて否定的にならせ、再び立ち上がることができないようにします。彼らは正真正銘の悪魔であり、他の人に危害を加え、他人を弄び、食い尽くします。そして彼らは、事が自分の思い通りにいくと、ひそかに喜んでいるのです。これが悪霊の働きの主な目的です。

第十の特徴として、悪霊が働いている人々は、極めて異常な生活をしています。彼らの目は人殺しのようにぎらつき、彼らが話す言葉は、あたかも悪魔が世界に舞い降りたかのように、非常に残酷です。このような人の生活にはまったく秩序がなく、彼らは非常に不安定で、飼い慣らされていない野獣のように気まぐれです。他の人々にとって、彼らは極めておぞましく、鼻持ちならないのです。まさしくこれが悪魔によって縛られた人間の特徴です。

上に挙げた十の特徴は、悪霊の働きの主な表象です。これらの表象の一つでも顕れている人には、必ず悪霊が働いています。もっと正確に言えば、上記の悪霊の働きの表象を示している者は皆、それがどのような表象であれ、悪霊の働いている人々なのです。悪霊の働きのある人は、聖霊が働いている人、真理について交われる人をしばしば憎み、その人から遠ざかります。多くの場合、相手が優れているほど攻撃と断罪の対象にしたいと思います。相手が愚かなほど媚びへつらおうとし、特に接触しようと思います。悪霊は働くとき、常に真理を偽りと混同し、正を負、負を正と言います。これがまさに悪霊の所業です。

『全能神教会の仕事計画の記録・選集』の「各教会が解決を急ぐべき十二の問題」より

働きが明らかに超自然的である霊は悪霊であり、霊が人において行う超自然的な働きと発言はどれも悪霊の働きです。 悪霊の働き方はすべて異常で超自然的であり、主に次の六つの形で現れます。

1.人の発話を直接操る。その人自身が正常に語っているのではなく、悪霊が語っている明らかな証拠です。

2.悪霊が人に指示を出し、あれこれ命令しているのではないかという感覚。

3.部屋にいるとき、誰かが入って来るのがわかる。

4.他人には聞こえない声が自分に語りかけているのが頻繁に聞こえる。

5.他人が見聞きできないものを見聞きできる。

6.常に落ち着きがなく、独り言を言い、人と正常な会話ややり取りができない。

悪霊が働いているすべての人には必然的にこれらの六つの兆候があります。そのような人は理知がなく、そわそわしており、他人と正常な付き合いができません。まるで理知が通用しないかのようで、どこか超然として現世離れしたところがあります。そのような人は悪霊に取り憑かれているか、悪霊が働きかけているのであり、悪霊の働きはすべて目に見え、超自然的です。これは悪霊の最も顕著な働きです。悪霊は取り憑いた相手をもてあそび、すっかり蝕みます。その人はゾンビのように理知を失います。このことは、悪霊が本質的に人を堕落させて呑みこむ悪しき霊である証拠です。悪霊の発言は容易に見極められます。それは悪霊の悪しき本質を見事に表しており、よどんだ水のようで、濁っており、臭いがひどく、死臭も発します。優れた素質の持ち主にとって、悪霊の言葉は空虚で面白みも啓発性もなく、うそと駄弁に過ぎず、混乱していて難解で、戯言だらけように感じられます。これは悪霊の戯言の最も顕著な特徴の一部です。高等な悪霊の中には、人を魅するために、神やキリストのふりをして語るものや、天使や有名人のふりをするものもいます。このような悪霊は神のある特定の御言葉や言い回し、語調を真似て語ることに長けており、真理を理解していない人はそのような高等な悪霊に騙されがちです。神の選民は、悪霊とは本質的に邪悪で厚かましく、たとえ高等な悪霊であっても、真理がまったく欠けていることを理解しなければなりません。悪霊は結局のところ、悪霊であり、悪霊の本質は邪悪であり、サタンと同類なのです。

『全能神教会の仕事計画の記録・選集』の「悪魔の戯言と悪霊の邪説、偽キリスト、反キリストをいかに見抜くか」より

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