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41.邪悪な行いとは何か。邪悪な行いの現れとは何か。

神の言葉

七つの雷が鳴り響くので、多くの人々がひざまずいて憐みと赦しを求めるだろう。しかし、これはもはや恵みの時代でない。それは怒りの時となるであろう。悪を行うすべての人々(姦淫する者、あるいは汚れたお金を扱う者、男女の境界が不明瞭な者、わたしの経営を邪魔したり損なったりする者、霊が塞がれている者、あるいは悪霊に憑かれている者など―わたしの選びの民を除くすべての者たち)について言えば、誰ひとり放免されることも、赦されることもなく、全員がハデスに投げ込まれ、永遠に滅びるだろう。

『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第九十四章」より

あなたは今、神のそれらの行為をすべて見ているが、依然として拒否し、反抗的になり、服従しない。あなたは自分の心の中に多くの考えを抱いており、自分が望むことは何でも行う。あなたは自分自身の欲望と好みに従っている。それは反抗であり、抵抗である。肉のため、自分の欲望のため、および自分自身の好みのため、俗世間のため、そしてサタンのために神を信仰することは、不浄である。それは反抗であり、抵抗である。現在、さまざまな種類の信仰がある。ある者は災害からの避難所を求め、ある者は祝福を得ることを求め、ある者は奥義を理解することを望み、またある者はお金を得ようとする。それらはみな抵抗のさまざまな形である。それらはすべて神への冒とくである。人が抵抗したり反抗したりすることは、そのような事柄と関係しているのではないか。現在、多くの人々が不平を言い、不満を並べ、裁く。それらはすべて、邪悪な者がすること、人間の抵抗と反抗である。そのような邪悪な者たちはサタンに所有され、占有されている。

『言葉は肉において現れる』の「あなたは人類全体が現在までどのように発展してきたかを知るべきである」より

否定的な部分を常に発散している兄弟姉妹は、サタンの僕であり、教会を乱す。そうした者は、いつか追放され、排除されなければならない。人間は、自分の中に神を崇める心、そして神に対して従順な心を持っていなかった場合、神のために働くことが出来ないだけでなく、その反対に神の業を阻害し、神に反抗する者となるであろう。神を信じる者が神に従う事も、神を崇めることも無く、神に反抗した場合、それは信者にとって最大の恥辱である。信者の言動が常に信者以外の者と同様に粗略で節操が無いものであるならば、その信者は、信者以外の者にも増して邪悪であり、典型的な悪魔である。教会に居て、毒々しい言葉を放ち、兄弟姉妹の間で噂を立て、混乱を助長し、派閥を組もうとする者は、教会から追放されなければならない。しかし、現在は神の業の異なる時代であり、排除の対象となる運命にあるので、そうした人々は既に制限されている。サタンにより腐敗させられた人間には、皆腐敗した性質がある。しかし、一部の者には腐敗した性質のみがあるのに対し、腐敗した性質だけでは無いものも居る。腐敗したサタンのような性質があるのみならず、本性もまた悪意を極めているのである。この種の人々の言動が全て腐敗したサタンのような性質を示すのみならず、そうした人々自身が真の邪悪なサタンである。

『言葉は肉において現れる』の「真理を実践しない者に対する警告」より

どの教会にも、教会を混乱させ、神の業を阻害する者が居る。こうした人々は、すべて神の家族に身を隠したサタンである。こうした者は特に演技力に優れ、自らの目的を果たすため、敬意を持ってわたしの前に来て頭を下げ、みすぼらしい犬のように振る舞い、「すべて」を献じているが、兄弟姉妹の前では醜悪な素性を露わにする。こうした者が真理を実践している人を見ると、攻撃して排除し、自分自身よりも手に負えない人を見ると、その人にお世辞を言って機嫌を取り、教会の中では暴君のように振る舞う。この種の「地域の下劣なへび」、あるいは「愛玩犬」は、殆どの教会の中に居ると言えるであろう。この種の者は集まってこそこそと歩き回り、ウインクや秘密の合図を送り合う。この種の者の中に真理を実践する者は皆無である。最も強い毒を持つ者が「悪魔の頭」であり、最も評判の高い者が他の者を従え、一味の旗を高く掲げる。この種の人々は教会内を荒らし回り、否定性を広め、死をもたらし、したい放題、言いたい放題に振る舞い、誰もそれを止める者は居らず、サタンの性質に満ちあふれている。この種の者が妨害し始めるとすぐに、教会内に死の空気が入る。……教会に、地域の下劣なへびのような者と、そのへびに従う、分別の無い小ばえのような者が居て、教会に居る者が、真理を理解してなお、そうしたへびのような者の呪縛と操作を駆逐できなかった場合、そうした愚か者は最終的に排除されるであろう。そうした小ばえのような者は、何ら劣悪な事をしていないかもしれないが、ことさら狡猾でずる賢く、そうした者も全て排除されるであろう。そうした者はひとり残らず消し去られるのだ。

『言葉は肉において現れる』の「真理を実践しない者に対する警告」より

あなたたちの欺き、あなたたちの傲慢、あなたたちの貪欲、あなたたちの途方もない欲求、あなたたちの裏切り、あなたたちの不服従──このどれにわたしが気づかずにいるのか。あなたたちはわたしをごまかし、わたしをからかい、わたしを侮辱し、わたしを欺き、わたしに要求し、わたしに犠牲を強要する──そうした悪行がどうしてわたしの罰を免れることができようか。あなたたちの邪悪な行為は、わたしへの敵意の証拠、あなたたちがわたしと融和しない証拠である。……あなたたちはひどく傲慢で、ひどく貪欲でひどくいい加減だ。あなたたちがわたしをばかにする手口は、とても狡猾で、愚かな意図や愚かしい手段をいろいろもっている。あなたたちの忠誠はごくわずかでしかなく、あなたたちの誠意はあまりに薄く、あなたたちの良心は、さらに乏しい。あなたたちの心にはあまりに多くの悪意があって、誰もその悪意から免れられない。わたしでさえ。あなたたちは、自分の子ども、夫、あるいは自己保存のためにわたしを締め出す。わたしのことを気にする代わりに、あなたたちは自分の家族、子供、地位、将来、自分の欲求充足を気にかけている。あなたたちは、話し行動しながらわたしのことを考えたことがいつあったであろうか。寒いとき、あなたたちは自分の子供、夫、妻、あるいは親のことを思う。暑いときもまた、わたしはあなたたちの思いの内に入っていない。務めを果たしている時、あなたは、自分の利益、自分の身の安全、自分の家族のことを考えている。あなたがわたしのために何をしたことがあるというのか。あなたは、いつ、わたしのことを考えたのか。あなたは、わたしとわたしの働きのために惜しむことなく身を捧げたことがいつあったであろうか。あなたがわたしの味方である証拠はどこにあるのか。あなたのわたしへの忠誠はどこに実在しているのか。あなたのわたしへの従順さはどこに実在しているのか。あなたの意図が、わたしから祝福を受けるためではなかったことがいつあったであろうか。あなたたちはわたしをだまし、欺き、真理を弄び、真理の存在を隠し、真理の本質を裏切る。あなたたちはわたしに敵対している。それでは、あなたたちの未来には何が待っているのか。あなたたちはただ、漠然とした神の心にかなおうとして、単に漠然とした信仰を追究しているが、あなたたちはキリストと融和しない。あなたたちの悪事は、邪悪な者たちが当然受けるものと同じ報復を受けるのではないか。

『言葉は肉において現れる』の「キリストと融和する道を探せ」より

あなたが神を何年間も信じている間に、あなたは誰ものろったことはなく、悪行を働いたこともないかもしれないが、キリストとのつながりにおいて、あなたは真実を語ることも、誠実に振る舞うことも、キリストの言葉に従うこともできない。それならば、あなたは、この世で最もひねくれて邪悪だとわたしは言おう。あなたが縁者、友、妻(または夫)、息子、娘、両親に対して特に思いやりがあり、忠実で、決して他者を利用したりはしないが、キリストに味方し、キリストと平和な関係を持てないとしたら、たとえあなたが隣人を全力で救済し、または父、母、家族を大切にしていたとしても、それでもわたしは、あなたは邪悪でずるがしこいと言うのだ。あなたは自分が人間に味方したり、善行を行ったりすれば、キリストに味方する者だと思うのか。あなたは、自らの親切が天の恩恵を盗み取ることができると信じているのか。あなたは、善行はあなたの従順に代わるものだと考えているのか。

『言葉は肉において現れる』の「キリストに味方しない者は確実に神の敵だ」より

患難の時に、わたしに全く忠誠を示さなかった者たちにはもはや憐れみは与えない。わたしの憐れみが与えられるのはここまでだからだ。さらに、わたしは、かつてわたしを裏切った者は誰も好まず、ましてや友の利害を裏切る者たちと係ることを望まない。その人が誰であっても、これがわたしの性質である。

『言葉は肉において現れる』の「終着点のために、善行を十分積まなければならない」より

あなた方一人ひとりは、群衆の最高の高みに昇りつめた。あなた方は昇りつめて群衆の祖先となった。あなた方は極めて身勝手であり、心穏やかな場所を求めている蛆虫の間で暴れまわっており、自分よりも小さい蛆虫を貪ろうとしている。あなた方は海底に沈んだ幽霊にも増して心の内に悪意と邪悪を持っている。あなた方は糞の最下層に住み、蛆虫を上から下まで邪魔して心穏やかにさせないようにし、争い合っているかと思えば静かになっている。あなた方は自分の身分も知らないが、それでも糞の中で争い合う。そのような争いから何が得られるのであろうか。あなた方がわたしに対し真に畏敬の念を持っているならば、わたしの陰でどうして争い合うことができようか。身分がどんなに高くても、あなたは糞の中にいる臭く取るに足らない蛆虫であることに変わりはないではないか。あなたは、羽を生やして空を翔ける鳩になることができようか。わたし、ヤーウェの祭壇から生贄を盗む、臭く取るに足らない蛆虫であるあなた方は、堕落し、衰えている自らの名を回復して、イスラエルの選民になることができようか。あなた方は恥知らずの哀れな存在である。

『言葉は肉において現れる』の「落ち葉が土に還る時、あなたは行ったあらゆる悪事を後悔するであろう」より

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