神のいのちの力の超越性と偉大さ

2019年11月28日

私は田舎の貧しい家に生まれ、家族に地位も権力もなかったために、幼い頃から人から蔑まれ、よくいじめられていました。私はそんな目に遭うたびにひどく屈辱を覚え惨めな気分になって、救世主が現れて私の運命を変えてくれる日を待ち望んでいました。結婚後の生活は苦しく、息子も病気がちだったので、近所の人が主イエスへの信仰について教えてくれました。そして主イエスが苦しみと困難にあえいでいる人々を救ってくださることを知ったとき、私は激しく胸を揺さぶられたのです。ようやく私の救世主を見つけたと思い、その時からイエスを信じ、熱心に可能なかぎりどこの集会にも参加して説教の言葉に耳を傾けました。ところがしばらくすると、どの教会でも荒廃が広がりつつあり、信者同志の嫉妬や口論、陰謀が深刻になっていることがわかってきました。これでは一般社会と何ら変わりがありません。私はひどく落胆せずにはいられませんでした。最初にもっていた信仰心は次第に薄れ、集会に顔を出すこともなくなりました。

2000年にある姉妹が全能神の終わりの日の福音について教えてくれました。全能神が再臨した主イエスであることを知ったとき、私は心の中で言葉で言い表せない喜びを感じました。毎日、時間がある限り全能神の御言葉を手にとって、まるで飢えを満たすように読みました。神の御言葉の誠実さに、心が温まり慰められました。創造主の私への気づかいと憐れみ、救いが感じられて、私の渇いた霊は水と栄養を与えられました。それからしばらくして、私は全能神教会の大家族とともに暮らし、集会に参加して兄弟姉妹とともに本分を尽くすようになりました。私たちはみな懸命に、全能神の御言葉からの潤しと糧を受けながら真理を追求しようとしました。兄弟姉妹のあいだには愛があり、その全員がお互いを助け合っていました。陰謀も人を欺くこともなく、貧しさを蔑み富を好むこともなく、ましてや虐待や抑圧もありません。全能神教会で私はそれまで経験したことのない幸せと喜びを心から味わいました。ところが全能神を信じていたために、中国共産党政府に逮捕されて残忍な拷問を受け、1年間投獄されることになったのです。暗黒の魔窟の中で私に信仰と力を授け、サタンに打ち勝つために一歩一歩導き、死の呪縛から解放してくださったのは、全能神の御言葉でした。

2009年8月24日の夜、ちょうど眠りについたときに、ドアを激しく叩く音がして私は不意に目を覚ましました。反応する間もなく、7、8人の警官がドアを壊して部屋に侵入してきました。暴れこんできたとたんに警官は怒鳴りました。

「動くな! ベッドから出て同行しろ!」

まだ着替えも終っていないうちに、シャッター音がして私は写真を撮られました。それから警官は家じゅうをひっくり返して、紙屑ひとつ見逃さずに捜索しました。じきに家は泥棒に家探しされたかのようなひどい有様になりました。あらゆるものが床に落ちているので、足の踏み場もありません。その後私は3人の警官に外で待機していたバンに無理やり乗せられ連行されました。

警察署に到着すると、私は壁に向かって立たせられました。警官が厳しい口調で尋問してきました。

「全能神の信仰について本当のことを話すんだ! 教会でお前はどんな役割をしている? お前のリーダーは誰だ? そいつはどこにいる? 洗いざらい吐くのだ!」

私は臆せずに答えました。

「私は何も知りません!」

業を煮やした警官たちはすぐさま怒りを爆発させました。大声でののしりながら私に足蹴を食らわせ、憎々しげにこう脅すのです。

「しゃべったら釈放しよう。だがしゃべらないなら、殴り殺してやる!」

そう言いながら、私を無理やり鉄の椅子に座らせると、椅子についている大きな抑制棒を固定しました。この邪悪な警官たちがこれほどの力を誇示して私を逮捕したやり口、私に向けている悪魔のような形相と憤怒のまなざし、この無防備な女を凶悪犯のように扱っているさまを見て、私は取り乱し不安で仕方がなくなりました。私は思いました。

「この人たちは私をどんなふうに痛めつけるつもりなんだろう? 本当に拷問されたり殴られたりしたらどうしよう?」

私は心の中で必死に神に祈らずにはいられませんでした。

「全能神よ! 私の霊的背丈は間違いなくとても低く、私はサタンの邪悪な力に囲まれて震えあがっています。どうか信仰と力を授けてください。サタンとこの悪魔どもに頭を垂れることのないよう、そしてしっかり立って神様に証しができるよう、どうぞお守りください!」

このとき、神の御言葉が思い浮かびました。

あなたの周りの環境にあるすべてのものは、わたしの許しによってそこにあり、わたしがそのすべてを定めることを、あなたは知るべきである。わたしがあなたに与えた環境の中で、明確に見極め、わたしの心を満足させなさい。恐れてはならない。万軍の全能神が必ずあなたと共にいるのだ。神はあなたのしんがりとなり、神はあなたの盾である」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第二十六章」より)

そうなのです。その日私の身に起こっていたことはすべて御座におられる神の承認を得ていたのです。だからたとえ魔窟に捕われて、残忍で悪魔のような悪人どもに直面していても、私はひとりで戦うのではありません。全能神が一緒にいてくださるのです。神に頼ることができ、神が強い支えとなってくださるのです。なのに何を恐れなくてはならないというのでしょう? そう考えるともう脅えや恐れを感じることはなくなり、最後までサタンと戦う力も湧いてきました。たとえ命を犠牲にしても、しっかり立って神に証しをしようと、私は誓いを立てました。

その後、警官は拷問で自白を強要しようとしはじめました。初日の朝には手錠をかけられ、血液検査に連れて行かれるときに強く引っ張りまわされたので、手錠の尖った角が肉に食い込みました。しばらくして手首の皮膚が破れると、痛みは刺されるような激痛になりました。その後は暖房配管に手錠をつながれましたが、逃げられないように手錠をきつく締められたので、手首がすれて血まみれになりました。邪悪な警官たちは、何度も質問して教会についての情報を強引に聞き出そうとしました。ところがそのたびに私は何も知りませんと言うので、警官たちはひどく腹を立てて逆上したのです。ある警官などは憤然として近づいてきたかと思うと、私の顔を思い切りひっぱたきました。そのとたんに目から火が出て、気絶しそうになりました。歯という歯がぐらぐらになり、知らず知らずのうちに涙がこぼれ落ちました。私が泣きながらも自白する気がないと見て取った警官は、怒りに顔をゆがませて、無情にも私の前髪をつかむと手に巻きつけ、今度は私の後頭部を壁に力まかせにぶつけました。この猛烈な強打のために、私はめまいとともに耳鳴りがしました。警官はそれでも怒りが収まらず、私にびんたを連続で食らわせて怒号を発しました。

「もっと泣かせてやる! しゃべらないからそうなるんだ!」

そう言いながら警官は私の足を思い切り踏みつけたのです。私は悪魔どもの常軌を逸した暴行と責め苦を受けつづけたために、体中が痛くて力が入らなくなりました。動けないまま、まるで今にも死ぬかのように床に倒れていました。その様子を見た警官たちはののしりの言葉を浴びせかけ、ドアを乱暴に閉めてふんぞり返って出て行きました。警官たちは午後にも、教会についての情報を吐かせようとして、同様のひどい暴行をくわえました。それが何度かに分けて繰り返されるうちに、私はめまいと吐き気を覚え、あまりの痛さに体が本当にバラバラになってしまうのではないかと感じました。いつ死んでもおかしくないようにも思えたのです。ところが邪悪な警官たちは、少しも尋問を緩めません。血も涙もない奴らは、私の両足をライターの火であぶったのです。するとみるみるうちに大きな水ぶくれが二つできました。あまりの苦痛に、涙を止めることができませんでした。痛さのあまり私は床にしゃがみこみ、目の前の邪悪な警官たちを見つめました。その一人ひとりがこちらを怒り狂って睨みつけています。まるで、私をズタズタに引き裂きたがっている下界の悪魔のようです。私は弱気にならずにはいられませんでした。そして心の中で神に不平を述べたのです。

「全能神よ、この邪悪な警官どもはいつになったら拷問をやめるのでしょうか? これ以上持ちこたえるのは本当に無理です……」

弱りきったために今にも倒れそうで、ついこんなふうに考えました。

「何かひとつだけ情報を提供したら、苦しまなくてもよくなる……」

それでもすぐに思いなおしました。

「ひとつでもしゃべったら私はユダになり、神を裏切ることになる」

心の中で激しい葛藤が起こったちょうどその時、私は神の御言葉を思い出しました。

あなたがたはすべての人が喜ぶようなこと、すべての人に益をもたらすこと、あなたがた自身の終着点に益をもたらすことをするべきである。さもなければ、災いの中で苦しむ者は、他ならぬあなたとなるだろう」(『言葉は肉において現れる』の「終着点のために十分な善行を積みなさい」より)

患難の時に、わたしに全く忠誠を示さなかった者たちにはもはや憐れみは与えない。わたしの憐れみが与えられるのはここまでだからだ。さらに、わたしは、かつてわたしを裏切った者は誰も好まず、ましてや友の利害を裏切る者たちと係ることを望まない。その人が誰であっても、これがわたしの性質である」(『言葉は肉において現れる』の「終着点のために十分な善行を積みなさい」より)

神の御言葉に、私の心は突然目覚めました。そして先ほどの自分の考えに愕然とせずにはいられなくなったのです。私は思いました。

「今日サタンの迫害が私に振りかかった。悪魔どもに打ち勝ってしっかり立ち神に証しをするためには、どう神に頼ればよいのかを考える代わりに、自分の肉体のことを心配してしまった。これでは私は身勝手な卑怯者になるのではないかしら? 神は義で聖なのだから、兄弟姉妹を売って恥ずべきユダになれば、私は神の性質に背き、またそれで自分を破滅させることになるのでは? 今日、この邪悪な警官が私を痛めつけるのをお許しになった神の御意志は、いっそう心を神に向けて神への忠実さを保ち、しっかり立って神に証しをすることができるように、神に激しく抵抗し敵対する中国共産党政府の悪魔的な本質を私がはっきり見ることができるようにしてくださっているんだわ」

このような結論に達した私は、自らの不服従を悔い、罪悪感を覚えました。神に悔い改めたいと思いました。警官がどんなに私を痛めつけたり拷問にかけたりしても、私は決して自分の身を気づかいません。私が望むのはただ神の計画とはからいに従い、すべての苦しみに耐え、しっかり立って神に証しをして、神に行動をもって忠実心を示すことだけです。たとえ自分の命を犠牲にしても、ユダになって神を裏切ったりはしません! 私の中に息をする力が残っている限り、絶対にサタンに屈したり負けたりはしません! その夜、邪悪な警官は私に床に座って脚を広げるように命じました。それから後ろ手に手錠をかけられた両腕を強引に持ち上げたので、とたんに腕とすでに傷ついていた手首が激痛に見舞われました。怒り狂った警官は扇風機を強にセットすると私のほうに向けて、冷風がつねに体全体に当たるようにしました。冷たさのせいで震えが止まらず、歯がガチガチ鳴りました。そのとき私は生理中だったのですが、邪悪な警官はナプキンを変えるのを許さず、ズボンで「解決」するよう命じました。けれどもそんな状態でも、邪悪な警官は手を緩めません。しなやかな木の枝のむちを持ってきて、それで体中を打ちすえたのです。打たれるたびに血がにじみあざができました。痛さのあまり体をよじってむちから逃れようともしました。ところが私が避けているのに気づくと、警官はこう言いながらさらに力をこめてむちを振り下ろしたのです。

「どうだ、これで話す気になったか! 今夜はお前をかたわにしてやる!」

この邪悪な警官たちの残忍さと悪辣さは常軌を逸していましたが、神が導き守ってくださったおかげで私は彼らに服することはありませんでした。この尋問で警官は何も聞き出せなかったのです。

こうして残虐な尋問が何日も続くなか、国保大隊のある警官はいつも「よい警官」のふりをして、懐柔策で私に教会を裏切らせようと空しい試みをしてきました。その警官は感じがよく優しげな表情で、私に水を注いでリンゴを持ってくると、親切を装ってこう言ったのです。

「まだ若いのにこんなに苦しい思いをするのは残念なことです。われわれが知りたいことを教えてくれさえすれば、終わりますよ。そうすれば家に帰れるんです。ご主人も息子さんも、帰りを心待ちにしてますよ」

私ははじめこの男は好人物なのかもしれないと思いました。ところが、他のどの警官より邪悪で卑劣だったのです。私がひと言も話そうとしないのを知ると、顔を歪ませて狂暴な牙をむき出し、獣の本性を完全にあらわしました。そして一段と残酷で無慈悲な拷問を始めたのです。その警官は警察署の大講堂に私を連行すると、凍るように寒い片隅にひとりで座らせました。2時間後に戻ってくると大声で私を呼ばわり、私の返答の声が大きくなかったということで、脚をのばすよう命じて私の両膝頭を激しく踏みつけました。そして後ろ手に手錠をかけられた手を荒々しく持ちあげたのです。腰からピシっという音が聞こえ、刺すような痛みを感じて私は悲鳴をあげました。それからというものの腰の感覚がまったくなくなりました。私は自分の悲鳴がこの悪魔を激昂させるとはつゆにも思いませんでした。警官は手下のひとりに向かい、怒り狂って怒鳴りました。

「また騒がないように、ボロ切れを持ってきてこいつの口に突っこんでやれ!」

すると手下は悪臭のする不潔なボロ切れを持って来て口の中に突っこんだので、私は吐き出したくなりました。

「しっかりくわえていろよ! ボロ切れを落としたら承知しないからな!」

そう怒鳴りつけながら、警官はボロ切れを私の口に押しこみつづけたのです。このような下劣な動物に立ち向かいながら、私の心には強い憎しみしかありませんでした。彼らを激しく憎悪するあまりに、涙も枯れ果てていました。この悪魔の警官はそれからも尋問を続行しましたが、私に口を割る気がないと見ると、またもや私の脚を踏みつけながら、背後で手錠をした手を持ちあげました。そのあまりの痛さに冷や汗がにじみ出て、思わずまた口から悲鳴が洩れました。それでも私がしゃべろうとしないのを知ると、警官は手下に「こいつを連れて行け!」と命じました。邪悪な警官が二人、地べたから私を持ち上げましたが、この時点で私は腰を伸ばして立つことができなくなっていました。腰を曲げて、一歩ずつゆっくり歩くのが精いっぱいです。激痛に苦しむ私の心に、ふたたび弱気と絶望、無力感が忍びこんできました。自分でもいつまでもちこたえられるかわからなかったので、私は心の中で幾度となく神に祈っていました。たとえ死ななくてはならなくても神を裏切ることがないようにお守りください、と全能神にお願いしたのです。

その後、全能神はあらゆる面で私の弱さを理解なさっていて、最初からずっと憐れみ深く私をひそかに守ってくださっていたことがわかりました。私の尋問を再開しに来たとき、邪悪な警官がこう脅したのです。

「しゃべらないなら、別の場所に連れて行って電気椅子に座らせてやろう。通電したら気絶するぞ。死ななくても五体満足ではいられなくなるだろうよ!」

邪悪な警官の言葉を聞いて、私は恐ろしくてたまらなくなりました。そのような非人道的な仕打ちに耐えられるとは思わなかったので、私は切羽詰まった思いで神に祈りました。するとその瞬間、神の御言葉が思い出されたのです。

人々が自らの命を犠牲にする覚悟がある時、全てがささいなものとなり、彼らをしのぐ者はいなくなる。いのちよりも大切なものがあろうか」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉の奥義の解釈」の「第三十六章」より)

そうなのです、私の命は神の御手の中にあったのでした。神が私の命を支配し司っておられるのであって、私が生きるか死ぬかは警察が決めることではありません。本当に命を賭すなら、サタンを打ち負かすこともできるのです。そのとき私は信仰に満たされ、みずからの命を賭して神の御手に委ね、神の計画とはからいに従う覚悟を決めました。するとそのとき思いもよらぬことに、邪悪な警官のうちのひとりが、実は電気椅子が故障していてスイッチが入らないのだと言うのが聞こえました。その瞬間、全能神が常に一緒にいてくださることを深く感じました。魔窟にいても、神はずっと付き添ってくださっていたのです。神は私が苦しみを経験するのを許されても、このサタンのような悪魔が私の命を奪うのはお許しになりませんでした。私は全能神に奇跡のように守ってくださったことと、死を免れさせてくださったことに感謝しました! 私の信仰はいよいよ強くなり、いかなる苦しみにも耐えてしっかり立ち、神に証しをしようと思いました。狂気に駆られた邪悪な警官どもは、五日と六夜、拷問と尋問を繰り返しました。その間私は食事も水も与えられず、眠ることもできませんでした。このことから、中国共産党政府が悪党と凶漢の集団にすぎないことがはっきり理解できました。この残忍で粗暴な悪魔に捕われて、全能神の思いやりと守りがなければ、私は拷問死していたでしょう。邪悪な警官が何日間も飲食や睡眠を許さず、くわえてありとあらゆる方法で私を責めさいなんでも、私は決して喉の渇きや空腹、疲れを感じることはありませんでした。国保大隊の警官たちは、これほどの日数を耐え抜いた若い者は見たことがないと話していました。私の肉体の殻を支えて、私に命をもたらし、最後まで耐え抜く強さを与えてくださっているのは、全能神の計り知れないいのちの力なのだということを深く悟りました。ちょうど主イエスが、「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言で生きるものである」(マタイによる福音書4:4)と仰っているとおりです。全能神の御言葉にはこうあります。

神は自らのいのちを用いて全てのもの、生きているもの生きていないものの両方に施し、神の力と権威により全てを秩序正しく整える。これは誰にも想像することも理解することもできない真実であり、これらの理解し難い真実は、まさに神のいのちの力の表れであり、証しである」(『言葉は肉において現れる』の「神は人間のいのちの源である」より)

それから、強硬策ではらちが明かないと見た警察は、懐柔策を試みることにしました。国保大隊隊長がじきじきに尋問しにやって来たのです。大隊長はおもねるように私の手錠をやさしく外し、腰を下ろすように勧めると、「優しい」声で言いました。

「あなたはとっても愚かです。教会では幹部でも権威でもないんでしょう。教会から裏切られたというのに、ここで教会のために抵抗している。そんなことをする価値が本当にありますか? それに、全能神を信じるなら、将来息子さんは大学入試でも、軍への入隊でも、公務員になるにしても制約を受けることになります。しかもご主人は、あなたのことなど気にかけていない。もうとっくに他の誰かを見つけて、あなたを見捨てているかもしれません……実を言うと、われわれはすでにあなたの状況をすべて把握しているんです。何もしゃべらなくても、罪を着せることができる。なんといってもここは中国共産党の国ですからね。これからどうなるかは、すべてわれわれに決定権があります。あなたを何日拘留するかもわれわれが決定します。ここで死んでも、われわれがどうこうなることはない。だから白状したほうがいいですよ! 中国は他の国とは違うんです。何も言わなくても、罪を着せて刑に処することができるんです」

優しげにあの手この手で私に裏切る気にさせようとするのを聞いて、私の心は浮き沈みを繰り返し、何より惨めな気持ちになりました。どうしてよいかわからなくなったので、私は心の中でこう叫びました。

「全能神よ! 私は霊的背丈がとても低く、あまりにも多くのものが欠けていることを神様はご存知です。私はこのような状況をどう経験し、立ち向かってよいかがわかりません。どうか私をお導きください」

その時、私はふたたび神の御言葉に進むべき方向を見出したのです。

わたしの民は常にサタンの狡猾な企みを警戒し……そうすることで、あなた方はサタンの罠に陥ることがなくなるだろう。その時は、もう後悔しても手遅れなのだから」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第三章」より)

しかしわたしのために、あなたはどんな暗闇の勢力にも屈してはならない。完全な道を歩むためにわたしの知恵に頼りなさい。サタンの陰謀に支配させてはならない」(『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十章」より)

神の御言葉に心を照らされた私は、実践の道を見出しました。そして心の中でこう考えたのです。

「ああそうだった! これはサタンが感情的に揺さぶりをかけて誤った方向に導き、騙そうとしているんだ。私は悪だくみを見抜き、知恵をもって打ち破り、決して騙されないようにしなくては。あらゆる事柄、あらゆる出来事は神の御手の中にある。鉄格子がさびて朽ちるまで牢獄の中に留まることになっても、サタンに屈して神に背いては絶対にいけない!」

今や私には何をするべきかがはるかに明確に見えました。大隊長の挑発や誘惑にめげず、私は無言のまま座り、祈り、神の御前で心を鎮めました。そして、怒りをこめて大隊長に言ったのです。

「訴えてやる! あなたは私を拷問して白状させようとしただけでなく、犯罪者に仕立て上げたのよ!」

大隊長は意地悪そうに含み笑いをしながら答えました。

「だが、殴ってはいない。どうぞ訴えてください。ここは中国共産党の国です。あなたの味方をする者はひとりもいませんよ」

この男の言葉のせいで、私は邪悪な中国共産党政府を骨の髄まで嫌悪しました。またこの老悪魔は、法律も道徳もまったく気にかけていなかったのです。その後、大隊長は兄弟姉妹の身分証明書をどっさり持ってきて、確認させようとしました。こいつらを知っているかと尋ね、私が裏切ることを空しく期待したのです。私は敵意も露わに「知ってる人なんてひとりもいません!」と答えました。その言葉を聞くと、大隊長の顔は怒りで紫色になりました。私が本当に何もしゃべる気がないことを見て取ると、ムッとして立ち去りました。その日の午後、私は拘置所に身柄を移され、悪意に満ちた言葉で脅されました。

「拘置所では水際にしゃがませて、ニンニクの皮剥きをさせてやる。2、3日もすればお前の手はすっかり腐ってしまうだろうよ!」

そう話しながら冷笑し、得意げにあざ笑うのです。その狂暴な表情の中に、残忍で忌まわしいサタンの悪魔的な顔が見えました。

拘置所に収容されて1か月後、2万元払えば家に帰してやると警察がもちかけました。そんな金はないと答えたところ、まるで値段交渉のように1万元でもかまわないと言ってきました。一銭ももっていないと答えると、彼らの苛立ちはすぐさま怒りとなり、せせら笑いながらこう言いました。

「一銭ももっていないなら、労働再教育になるぞ! 出所する頃には、ご亭主はお前に見向きもしなくなるだろうよ!」

私がきっぱりと「それでもいいです。構いません!」と答えると、彼らは何のためらいもなく「公序かく乱」と「法律施行妨害」の罪で私を起訴し、労働再教育1年間の判決を下しました。このことから、中国共産党政府が人命を少しも尊重しないサタン的な悪魔で、神の敵であるということがいっそう明らかになったのです! 悪魔に支配されるこの地上の地獄では、神は不倶戴天の敵とみなされ、政権政党は聖典にして法であり、その支配下で生きる者には人権も自由もまったくなく、ましてや信仰の自由など微塵もありません! そのとき、私は全能神の御言葉を思い出さずにはいられませんでした。

また神の業は、あなたがたの胸に溜まっている憎しみを、例外無く払拭し、そうしたかびのような菌を根絶し、あなたがたが牛や馬同然の生活から脱出できるようにし、奴隷状態から解放され、赤い大きな竜により意のままに踏みつけられたり支配されたりすることから解放されるためのものである。あなたがたは、この行き詰まった国の国民ではなくなり、凶悪な赤い大きな竜のものでは無くなり、赤い大きな竜に奴隷とされることは無くなるであろう。そうした悪魔の巣窟は神により粉砕されることは確実であり、あなたがたは神の傍らに立つであろう。あなたがたは神のものであり、奴隷の帝国に帰属しない。神は久しくこの暗黒社会を骨の髄から忌み嫌っている。神は歯ぎしりし、この邪悪な老いたへびが再び立ち上がって人間を虐待する事の無いよう、そのへびを必死で踏みつけようとしている。神はそのへびの従前の行いを許さず、そのへびの人間に対する偽りを容赦せず、そのへびの遠い昔からの罪のひとつひとつに報復するであろう。神がその諸悪の首謀者[1]に対して寛容となることは僅かばかりも無く、そのへびを完全に粉砕するであろう」(『言葉は肉において現れる』の「働きと入ること(8)」より)

その瞬間、私の心は哀しみと同時に怒りで一杯になりました。なぜなら中国政府が実際どんなに油断がならなくてずる賢く、うそつきであるかがわかったからです。政府は「信教の自由、国民の正当な権利と利益の保護」といったスローガンに従うと言いますが、表面下では無節操にも神の働きを妨害、破壊し、全能神を信じる者を気の向くままに逮捕、殴打し、刑罰を科して殺害し、非情にも人々に神を拒み、裏切り、中国政府の暗黒の統治に屈するよう強要しているのです。人類は神に創られました。ですから神を信じ崇めることは自然で正しいことです。ところが反動的な中国共産党政府は、天と自然に逆らってまことの神の到来を打ち払おうとしています。脅しや誘導、偽りの罪、でっちあげの自白、拷問を用いて、神を信じる人を非人道的に迫害しています。その罪は凶悪で恐ろしく、憎むべきものです! その卑劣さと邪悪さに、私は中国共産党政府を心底嫌悪するようになりました。そしてそれまで以上に中国共産党政府に従うくらいなら死のうと決心し、全能神に従い人生の正しい道を歩むことへの信念と決意を固めたのです。

2010年8月、私は刑期を満了して釈放されました。帰宅して知ったのは、私が服役していた一年間は夫も警察の監視下に置かれていたということです。そのあいだ、夜になるとよく私服警官が家の裏で夫の行動を監視し、様子を嗅ぎまわり、家を監視していたので、夫は家に戻れず、安心できる場所を失っていました。日中は外で働かなくてはならず、夜になると自宅近くに積まれた薪の中で寝なければならなかったので、ぐっすり眠ることができません。釈放後、私は警察の手下が村で私に関するうわさを広め、村人がみな私を拒絶するようにしむけ、私を監視させるために村の婦人委員会の主任を派遣してきたことを知りました。また私は市から出ないと約束する誓約書を書くよう命じられました。私の個人的自由はすべて否定されたのです。帰宅してから1か月後、私はふたたび3、4人の警官に国保大隊まで強制連行され、尋問を受けました。警察はまたもや私を鉄の椅子に縛りつけ、全能神教会についての情報を無理やり聞き出そうとしました。家族が私を助け出すためにやって来たときも、警察は傲慢な態度で告げました。

「もしこいつを釈放してもらいたいなら、2万元の罰金を払わなくてはならない。でなければ、この女に全能神教会についてしゃべらせるんだな。さもなくば、5年間の労働再教育になるぞ!」

私の家族はそれほどの大金をもっていなかったので、やり場のないいら立ちを抱えて帰宅するしかありませんでした。この悪魔どもがふたたび逮捕することで私に神を裏切らせようとしているのは重々承知していました。そこで私は切迫した思いで心の中で神に呼びかけ、祈りました。

「全能神よ、サタンは今日もまた私に神様を力づくで裏切らせようと無駄にも悪だくみを仕掛けようとしています。けれども私は決して騙されません。どんなに長いあいだ強制労働をするはめになっても、私は証しに立って神様に満足していただくつもりです」

どんなに苦しい目に遭っても証しに立とうと心の中で誓ったまさにそのとき、私は神の奇跡の働きを目にしました。尋問しても得るものがないと見て、邪悪な警官たちはその夜私を釈放したのです。私は全能神に私のために道を開き、またもやサタンの爪から救ってくださったことに感謝しました。

中国共産党政府による残忍な迫害のさなか、私はまさか生きて戻れるとは思いませんでした。全能神の御言葉の導きがなければ、全能神の思いやりと保護がなければ、そして神が与えてくださった無限の力がなければ、あの非人道的な悪魔によって私の弱い命はいつかき消されて飲みこまれたとしてもおかしくなく、私は決してサタンに立ち向かえなかったでしょう。このことで、全能神の御言葉の権威と力を私はまぎれもなく理解し、全能神のいのちの力がもつ超越性と偉大さを感じることができました。そして神のまことの愛を実感し、神によるいのちの無私の施しを体験することができたのです。幾度となくサタンの誘惑に打ち勝ち、死の恐怖を乗り越え、地上の地獄から出られるよう私を導いてくださったのは全能神です。私は全能神の人類への愛だけが本物であり、全能神のみが人が頼ることのできる唯一のお方であり、全能神のみが私の救いであるということを深く感じました。私はサタンを見捨てて拒み、真理を追求して、いつまでも全能神に従い、明るく正しい人生の道を歩むという命をかけた誓いをしたのです。

山東省 林玲

脚注

1.「諸悪の首謀者」とは、年老いた悪魔を指す。強烈な嫌悪を現す句。

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