悪魔にぼろぼろにされ、神の恵みの尊さを更に実感する

2019年11月28日

私は徐強という名で、以前はエンジニアリング請負業者として毎年多人数の企画チームを統率し、まずまずの収入を得ていました。同輩たちから見た私には円満な家庭、順調なキャリア、無限の前途がありました。これ以上の幸せ者はないと思われていたはずです。しかし実際には物質主義的な生活様式を楽しみながらも、なぜかよくわからない空しさを常に感じていました。それが特に顕著だったのは、事業を受注するために絶えず奔走していたときでした。目標のためには、関連部門の幹部の機嫌を取り、彼らの考えを身振り手振りから読み取ろうとしなくてはならず、常にある程度の卑屈さとお世辞が必要でした。そうしなければ利益を上げられなかったのです。それに加えて、同業者間の足の引っ張り合いと絶え間ない警戒、それぞれの計算高さともつきあわなければならず、一層頭を悩ませました。こうした理由で非常に士気をくじかれて疲れ果てていました。自分が操り人形、金もうけの機械になったように見え、尊厳と高潔をすっかりなくしていたのです。しかしそれは終わりの日の全能神の働きを受け入れた1999年までのことでした。教会生活と兄弟姉妹の実直さと誠実さによってもたらされた解放に、私は深く感動しました。ぜひともこの教会生活を送り、神の御言葉について兄弟姉妹と交わり、神の御言葉に関するお互いの個人的な体験と認識を語り合いたいと思いました。そうした時間をとても大切にしてもいました。神の御言葉を読んで集会に参加し続けるうちに、多くの真理がわかり、魂がとてつもない解放を見出だしました。真の生き方がようやく見つかり、真の幸せに出会えたことが特に嬉しかったです。心は神への感謝に満ちていました。もし神によって世の苦しみの海から救い出されていなければ、人生において何も待望するものがなかったでしょう。後に、福音を積極的に広めるようになり、真の道を探究する人々と嬉々として根気よく接し合い、彼らにも神の御声を聞かせ、全能神の救いを得られるようにしました。

しかし中国という無神論の国では、一般人には民主主義も人権もなく、神を信じて神を崇める人々は特に中国共産党政府の圧迫と迫害に遭いがちです。 私も神を信じていたため、中共政府に捕らわれて残虐で非人道的な拷問を加えられ、中共の刑務所で二年近く地獄のような生活を送りました。人生におけるこのつらく苦しい時期を経て、中共政府の神に激しく抵抗して真理を憎しむという悪魔的本質をはっきり見極め、神の御言葉が真理であることを更に深く実感しました。御言葉は私のいのちとなることができ、今後の道を示してくださいます。もし御言葉に絶えず導かれ、強さと信仰を与えられることがなければ、私は今日まで生きていられなかったでしょう。神の救いの恵みを今後も一生忘れません。

それは2005年12月18日の朝のことでした。その時私は兄弟姉妹と集会の最中でした。突然、物がガチャンと壊れる音がドアから響き渡りました。私たちが考える間もなく、警官が十人以上飛び込んできましたが、その一人ひとりが殺気立った目つきをしていました。動員された警察特務部隊は、手ごわい逃亡者が捕獲されている映画の場面のように見えました。警官たちは何の説明もなく、私たちが逃げられないように靴を脱がせ、私たちのベルトを引き抜いて両手を後ろ手に縛り、携帯電話、時計、現金などの持ち物をすべて奪いました。そして、私たちに壁を背に一列に並んでひざまずけと叫び、動きが遅い者がいると床に押しやり、蹴り飛ばしました。その後、家中を片っ端から捜索し、家具をひっくり返して荒らしました。しばらくするとどこもかしこも滅茶苦茶になっていました。私はこの様を見て、怒って尋ねました。

「僕たちは何の法律を破っていない。なのになぜ逮捕する」

仰天したことに、警官の一人が駆け寄って来て私をこぶし一発で床に突き飛ばし、叫びました。

「神を信じるお前らを逮捕しているのだ。お前らを一網打尽にするまでよく眠れないんだ」

この怒りの爆発に私は唖然として黙りこんでしまいましたが、また同時に頭がはっきりしました。

「中共政府が最も憎むのは神なのだから、僕たち信者を逃がすはずがない。僕は実に盲目で単純だった」

その時、私は静かに神に祈り始め、「神様を証しできるように、神様を裏切らないように、僕たちをお守りください」と願いました。それから間もなく、私たちを見張っている警官に「お前たちは誰にあちこち宣教してまわるように言われた? 指導者は誰だ?」と尋問されました。私は「福音を広めるのは完全に自由意志です」と言いました。警官は「ふざけるな。いいかげんに自分の悪事を認めろ。さもないと今に思い知らせてやるからな」と罵倒しました。

ちょうどその時、別の部屋から女性警官が「針を持って来て。私から隠れようなんて」と怒鳴る声が聞こえ、私は即座にギクッとしました。年下の姉妹がいなくなっていることにその時気づいたからです。彼女は警察に捕まらないように隠れようとして発見されたのです。女性警官は彼女を押さえつけ、針で爪の下と足の裏を刺した上に、髪を一房ずつ乱暴に引っ張りだしました。挙句の果てに、警官たちはその時点で気を失っていた姉妹をそこに残し、私たち全員を略奪品ごと拘引し、急いで立ち去りました。

正午頃までには警察は私たちを派出所に拘留し、そこで私たちをすぐに個別に尋問を始めました。私の尋問を担当したのは頑丈な体格の警官で、尋問室に入るとすぐに私にひざまずけと叫びました。私は言いました。

「僕は神しか崇拝しない。天地万物の主だけがひれ伏すに値する。あんたには絶対にひざまずくものか」

警官はこれを聞くとすぐに、私を指さし怒号しました。

「知っておけ。ここでは閻魔も決まりを守ることになっているんだ。自分を一体誰だと思っていやがる? 少し苦しめてやらないと自分の立場がわからないだろ! さっさとひざまずけ!」

そう叫びながら、私を床に蹴り飛ばしました。その後、「正直に言え。お前が教会の指導者だろ? 教会の本はどこに置いている?」と尋問を始めました。私は焦って返答に詰まったため、神に「この悪しき警官と戦う知恵を私に与えてください」と何度も願いました。祈った後、私は落ち着いて元気を取り戻し、思いました。

「兄弟姉妹を売り渡すぐらいなら死ぬほうがましだ。神様を裏切ることはできない」

そのため警官に言いました。

「あんたが訊いていることは何も知らない。何を話せと言うんだ?」

するとこの悪しき警官にすぐさま頭を激しく殴られた上に、さんざん鉄拳と蹴りを入れられました。あまりの暴行に目から火が出て眩暈がし、頭蓋骨が割れたような激痛に襲われ、床に頭から転がりました。その後、警官は私から取り上げた福音のメモ帳を手に持って、恫喝しました。

「見ろ、わかるな? こっちには証拠があるんだから口をつぐむ意味はない。言え! お前が指導者だろ? そうでなきゃ、こんなメモをもってるはずがない」

私が話そうとしないため、警官は別の手をしかけ、「意地を張るな。大人しく協力しろ。知ってることを教えれば、明日出してやってもいいんだぞ」と催促しました。その時、神の啓きにより、私は神の御言葉の一節を思い出しました。

神とサタンが霊的領域で戦う時、あなたは神に満足してもらうためにどうすべきか、どのように固く証しに立つべきだろうか。あなたは自分に起こることのすべては大いなる試練であり、その試練の時に神があなたの証しを必要とすることを知るべきである。外面的には大したことではないように見えるかもしれないが、これらのことが起こると、あなたが神を愛しているかどうかが示される。愛していれば、あなたは神への証しに固く立つことができる……」(『言葉は肉において現れる』の「神を愛することだけが本当に神を信じることである」より)

神の御言葉により、これが霊の世界の戦いであることがはっきりとわかりました。私はサタンの策略にはまってはならず、絶対に神の証しを立てなければなりません。警官がどれくらいの証拠とやらをつかんでいようと、教会に関する情報を明かすわけにはいきません。これは私が神の御前で保つべき神への愛と忠誠の証しでした。その後、私は祈り、徐々に落ち着きました。警官にいくら拷問されても、一言も話しませんでした。結局、悪しき警官はあまりの腹立たしさに、ドアをバタンと閉めて出ました。

しばらくして、三十代の警官が入ってきて、私をゆっくりと床から立ち上がらせ椅子に座らせました。水までコップに一杯くれて、言いました。

「ほら、兄弟。水でも飲め。つらかっただろ?」

私は目を丸くしました。「どういうことだ? どうしてこんな所にいる人が僕を『兄弟』と呼ぶんだ?」

私がそれ以上考える間もなく、彼は話し続けました。

「兄弟、このご時勢、僕たちはもう少し現実的に生きて、思い切り融通をきかさないといけない。君のような人がいれば、警察は殴り殺すしかない。実を言うと、僕も神を信じていたから、信仰を持つのが良いことなのは知っている。しかしそのためにこんなに苦しんで、しかも命を危うくするなんてもったいない。君が刑を受けたら、家族全員の名誉に傷がつく。親は二人ともまだ生きているだろう? 刑務所で何年か過ごしたら、出る頃には親はもういない。家族は君のことをどう思うだろう?」

私は父母を誰よりも深く慕っていたため、この人の言葉の一語一語に心を突き刺されました。年を取った両親の姿が私の脳裡をかすめると、暗闇と弱さの波が自分を突き抜けるのを不意に感じました。

「確かにそうだ。僕が刑務所行きになったら、父さんと母さんはどうなる? 誰が面倒を見るんだ?」

そう思うと涙が溢れ、止まりませんでした。警官はすぐにそれに乗じて、更に私を説得してそそのかそうとしました。

「だからがんばって協力するんだ。そうすれば明日自由になれる」

この言葉を聞くとはっと目が覚め、「神を裏切るユダには絶対になってはいけない」という非常に明瞭な言葉が私の心の中にさっと浮かびました。危ない所でした。この狡猾な警官は、私を誘惑して神を裏切らせるためにサタン自身によって送り込まれたのです。その時、神の御言葉も私に導きを与えてくださいました。

そして、忠誠によってのみ、あなたは悪魔の狡猾さに対抗できるのだ」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第十章」より)

警官たちに言われたことはすべて悪魔の策略であると悟りました。彼らは私の肉体の感情的な執着を利用して、神を裏切るように駆り立てようとしたのです。サタンの惑わしに絶対にはまるわけには行きません。そこで、親のことは神次第であり完全に神の御手に委ねられていると信じ、静かに神に祈りました。両親を神の強大な御手に任せて、神の証しを立てることを決心し、この警官には「気遣いありがとう。親切には感謝する。でも僕は教会の事情は何も知らない」と毅然として言いました。自分の作戦が成功しなかったことに気づき、この悪しき警官は急にカッとなって本性を表しました。私を指さし、「ここでただ死ぬのを待ってろ」と意地悪く怒鳴って立ち去りました。午後二時頃、警官が三、四人来ました。彼らは私を椅子から引っ張り出し、襟でつかんで戸口に引きずり、そこの梁から私を手錠で吊るした挙句、「ここでゆっくり楽しめ」と嫌味を言って去りました。私は床に両足で同時に触れることができず、片足が触れると、もう一方の足を持ち上げざるを得ませんでした。身体を動かすと手錠が食い込んで極度の痛みが走りました。一時間近く経つと、悪しき警官たちが食事を済まして戻ってきました。意地悪く笑いながら、私にどんな気分だと尋ねました。その頃には、私は苦痛のため綿のズボンとシャツが汗だくで、降ろされたときは両手がパンの塊のように腫れてすっかり無感覚になっていました。この悪しき警官連中は本当に陰湿で無慈悲でした。私は彼らを徹底的に憎み、中共政府の邪悪さと残虐さをはっきりと見極めました。彼らは神に抵抗して神を憎む悪魔の群れであり、私のこの悪しき党への憎悪は急激に募りました。

その夜の七時過ぎに、悪しき警官たちは私と四人の姉妹をパトカーに押し込み、別の場所に連れて行きました。姉妹たちはみな顔が青ざめていました。姉妹たちも明らかに同様の虐待を受けていたのです。私たちは決意の思いを込めたまなざしでお互いを励まし合いました。拘置所に着くと、悪しき警官は四人の姉妹を車から降ろしましたが、私には残るように言って車をすぐにまた走らせました。私がどこに連れて行くのかと尋ねると、警官の一人はいかにも何か企んでいそうな笑いを浮かべながら言いました。

「お前は何の情報も漏らしていないが、教会の中では下っ端じゃないことはお見通しだ。無粋な真似はしたくないので、ちょっとした『真夜中の軽食』に連れて行ってやろうと思ってな…」

この悪党の警官連中に何の善意もないことは承知だったため、私は一瞬でも油断できませんでした。「私に強さを与え、神様を裏切らないように守ってください」と静かに神に願い続けました。まもなくして国家保安隊という部署に連行され、そこで大柄の野蛮そうな男二人に迎えられ、尋問室に連れて行かれました。私は物言わぬ獰猛なトラの群れように拷問道具がそこの床に散らばっているのを見て、背筋がぞっとしました。ちょうどその時、悪しき警官の一人が私に怒鳴りました。

「お前はかなり頑固らしいな。ふん、それはぜひ料理してやりたいものだ」

するとすぐに悪しき警官が二人叫びながら飛びかかってきて、私の耳をつかんで力いっぱい引っ張りました。薄暗い照明の中、私は凶悪でよこしまな顔を二つ見て、心臓の高鳴りが止まりませんでした。その時、別の悪しき警官の高笑いが聞こえました。

「今日、俺のところを通ったのは運の尽きだ。ここはまずシャワーを浴びせてやろう」

警官がそう言うと、私をその場で押さえつけ、衣服を全部引き剥がしました。私は冷たい床に丸裸で立ち、全身が震えて歯ががたがたしました。悪しき警官はホースを伸ばして、私に向けてバルブを開きました。私は一瞬のうちに、骨が凍るような冷水の波に打たれました。ナイフで肌を剥がれているかのように耐え難く痛み、体中に流れる血が固まっているように感じました。しばらくして何も感じなくなりました。私に水をかけながら、悪しき警官は「何が自分のためになるかわかっているならさっさと吐け。吐かないと明日の日の出まで生きていられんぞ」と恫喝し続けました。私は必死でこの苦痛に耐え、頭を下げて何も言いませんでした。悪しき警官の一人は歯ぎしりして、温めてやると言いました。感電させるという意味でした。その頃には、私はあまりの責め苦の末、少しも力が残っていませんでした。死が一歩一歩近づいているように感じ、必死で神に呼びかけました。

「神様、僕はあまりにも取るに足らず、神様のためにできることなど何もありませんが、今日は自分の死をもってサタンを辱めたいです。ただお願いするのは僕の心が決して神様から離れず、僕が神様を裏切らないようにお守りくださることです」

警官たちは私の口をこじ開け、反対側の端が電線につながっている濡れたぼろきれを詰め込みました。電線の片端を私の耳に付け、警官の一人が持っていたスイッチを入れました。突然、体中の血がすべて上向きに流れ、頭が爆発するかと思いました。眼球が今にも破裂するかのような激痛に見舞われ、身体中の神経が一本一本痙攣してちぎれそうに感じました。私がこのように苦しんでいるのを見て、悪しき警官の群れは大笑いするだけでした。しばらくして私は気絶しました。それからすぐにバケツ一杯の冷たい水をかけられて目を覚ましました。気がつくとまだぼろきれが口の中に入っていました。警官は嫌な笑い声をあげ、「どんな味だ? 何か言いたければうなずくんだ」と言いました。ちょうどその時、私は神の御言葉の一節を思い出しました。

人々が自らの命を犠牲にする覚悟がある時、全てがささいなものとなり、彼らをしのぐ者はいなくなる。いのちよりも大切なものがあろうか。したがって、サタンは人に何もすることができなくなり、サタンが人にできることは何もない」(『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉の奥義の解釈」の「第三十六章」より)

御言葉により、私はサタンに屈せず、証しを立てることを選ぶ決意を固め、心の中で思いました。

「やりたいことは何でもやってみろ。どうせ僕にはこの一つの人生しかない。最悪の場合には死ぬが、僕から一言も聞き出せるとは一瞬も思うな」

警官には返答せず、ただ目を閉じて、顔を見ようとしませんでした。悪しき警官は私のこのふるまいに激怒し、また私を感電させました。ただ今度はさっきよりも強い電流でした。私は「神様、助けてください! もう耐えられません!」と心の中で叫びました。その時、十字架につけられた主イエスの鮮明な姿が私の目の前に現れました。凶暴な兵士たちが五寸釘を主の手のひらに打ち込み、皮膚を突き刺し、骨を突き刺している光景でした。主イエスの苦しみを思うと、私はどうしようもなく心が痛み、涙を流さずにはいられませんでした。私は心の中で神に祈りました。

「神様。神様は聖く、罪がありません。しかし人類に救いをもたらすために、この悪党たちにご自身を引き渡し、僕たちを人間を贖うために、彼らが神様を十字架に付けて御血を一滴残らず流すことを許されました。神様、僕は極度に堕落した人間であり、滅ぼされるべきものです。神様の救いを受け入れ、幸運にも神様の働きを経験することができたのですから、神様に自分を捧げるべきなのです。神様、今僕のそばにおられ、苦しみの中も常にともにいてくださっていることを疑いなく知っています。神様はいつも僕を愛し、活力を授けてくださっています。神様にご満足頂き、神様がもはや僕のために苦しんだり、僕のことを案じたりすることがなくなるように、僕の全てを捧げたいと思います」

ちょうどその時、二人の悪しき警官は私を感電させるのをやめました。神が私の弱さを憐れんでくださったと知り、私の心は神への感謝に溢れました。その後、警官による虐待は続きましたが、私はもはや痛みを感じませんでした。神が私を守り、私の苦しみを背負ってくださっていると知り、神の愛に深く心を打たれて涙を流し続けました。後に、警官の一人がやって来て、私を一目見ると二人の悪しき警官に「もういい。散々ぶちのめしたのに話さないんだ。何も知らないに決まってる」と言いました。その時初めて彼らは私への拷問をやめました。私はこれがすべて神の不可思議な指揮と采配の一環であることを知っていました。神はこの悪魔の群れが私の命を絶つことを許さず、誰かを動員して止めさせてくださったのです。神の愛に心から感謝しました。

疲れ果てた悪しき警官たちは私にそれ以上尋問せず、真夜中頃、拘留所に連行しました。看守が私を犯罪者が三十人以上収容されている雑居房まで連れて行きました。私を入れようとドアを開けながら、看守が陰湿に笑って、囚人長に「少しの間静かにしていろ。あまり音を立てるな」と指示するのを聞きました。囚人長は私を上から下まで見て、看守に「心配無用だ!」とニヤニヤしながら言いました。私が反応する間もなく、囚人長は陰険な表情になり、他の囚人たちに「いつもどおりだ、兄弟。やれ!」と低く威嚇的な声で指示しました。囚人はみな起き上がり、獲物を見ているトラのように私をにらみつけ、私は背筋がぞっとしました。囚人長が手で合図した瞬間に、彼らはみな凶暴な狼の群れのように私に飛びかかりました。私は押さえつけられて衣服を全部引き裂かれ、靴の平底で思いきり打たれ、さんざん暴行された挙句、気絶しました。翌日、午前六時になってやっと意識が戻りました。自分が部屋の隅に押しやられており、全身がひどく腫れて服を着ることができなくなっていることに気づきました。そしてそのまま、全身がひどく傷ついてボロボロになった状態で、厚板のベッドの上に六日間続けて横たわっていました。その上、口の中が悪しき警官による感電で焼けて、組織がすべて壊死しており、あまりの苦痛で一口も物を食べられませんでした。看守は私が死んで面倒なことになるのを恐れて、他の囚人たちを交代で私に野菜スープを飲ませるように仕向けました。

私の傷がある程度治ると、囚人たちは悪しき警官の扇動でいじめと虐待を再開しました。早朝になると、私はいつも刑務所の規則を暗唱させられ、うまくできていないと暴行を受けました。その他、清掃や、お金を持っている囚人の服の洗濯もさせられました。少しでも間違いをしただけで殴られ、蹴られました。彼らは私が神を信じていることを知っていたため、ただ私を怒らせようとわざと目の前で神を冒涜する発言を何度も繰り返し、「神を信じる奴らは、殴られても痛くないんじゃないのか? 疲れを感じないで働けないのか? どれだけ苦しくても平気だろ?」などと言って私を辱めました。私を苦しめるために、彼らはしゃがみ式便器の浚渫を手で行うことを強制しました。それは吐き気がするほど気持ち悪い作業でした。また、床のタイルを私の歯ブラシで掃除させられたり、私の蒸しパンをわざとトイレに投げ込まれたりもしました。看守が雑居房の清潔状態の検査の際に靴を脱ぎ、白い靴下で円を描いて歩き回り、靴下に少しでも汚れが見られると、私は看守に激しく殴られました。悪しき警官と囚人によるこの絶えない責め苦の中、私はすっかり衰弱して大いに落ち込みました。このまま生き続けるぐらいなら死ぬ方がましだと感じ始めました。そんな弱さと苦しみのどん底にいる私に、神の御言葉が生き続けるための信仰と意欲を与えてくださいました。神がこう仰せられたのを思い出したのです。

あなたがたは皆このような言葉を覚えているだろう。『このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。』あなた方は皆過去にこの言葉を耳にしたことがあるが、その言葉の真意を理解した者はひとりもいない。今日あなたがたは、この言葉の持つ真の意義をよく理解している。これらの言葉は終わりの日に神が成就するものである。そしてそれは、赤い大きな竜の横たわる地で、竜にひどく苦しめられている人々の上に成就する。赤い大きな竜は神を迫害する神の敵であり、よってこの地において神を信じる者たちは屈辱や迫害に晒されている。それ故、これらの言葉はあなたがた一群の中で実現するのだ」(『言葉は肉において現れる』の「人が想像するほど神の働きは簡単なものか」より)」

神の御言葉は、信仰のために屈辱と拷問を受けることができるのは、神が私を特別に扱い賞揚してくださったしるしであることを教えてくださいました。それは私にとって大きな名誉だったのです。しかし私は臆病で根性がありませんでした。肉体的な苦痛を多少受け、多少辱められただけで神への信仰を失い、苦しみを通して証しをしてまで神の愛に報いようとする覚悟がありませんでした。神が私を救うためにあれほど多大な代償を払ってくださったのに、どうしてこんな形でご恩に報いることができるでしょうか。どうしてこんなふうに自分の良心に反し、このような否定的な態度で応えることができるでしょうか。言語道断です。絶対に意気地なしの弱虫にはなりません。絶対に神の御名を汚すわけにはいきません。そこで私はすぐに神に祈りました。

「神様、僕を啓き、苦しみの意味を理解させてくださり、ありがとうございます。神様の名誉のためなら、ありとあらゆる苦しみに耐えることをいといません。これから一生刑務所で過ごすことになっても、神様にご満足頂きたいです。お願いするのはただ、神様が僕とともにいて、啓き、導いてくださり、僕がサタンによる責め苦を受けるあいだ常にしっかりと力強く神様の証しを立てられるようにしてくださることのみです」

祈った後、私はすっかり元気になり、その困難な環境と向き合う勇気を得ました。

二週間後、悪しき警官たちが私に尋問しに戻ってきて、「協力するのは今からでも遅くない。しないなら、これからもっと辛い日が続くぞ」と脅しました。野蛮な拷問を数回受けた私は、彼らの悪魔的な本質をとっくに見極めており、彼らを骨の髄まで憎んでいました。そのため彼らにどんな誘惑、威嚇、脅迫を受けても、私の信仰は少しも揺らぎませんでした。その後、彼らは私を二週間に一度尋問しましたが、何の情報も私からは得られる見込みがないと見て、私は最終的には「社会の治安を乱し、違法な集会に関与した」罪で二年間の労働再教育を言い渡されました。

2006年2月24日、私は強制収容所に送られました。私は神を信じていたため「政治犯」に分類され、看守は私を「改心のための労働」の場としては最も過酷かつ最も疲れ、最も危険なレンガ窯にわざと配属させました。私の仕事は窯から焼けたレンガを取り出すことで、その中の温度は摂氏300度以上でした。午前中は最低の温度でしたが、それでも100度を超えていました。それほどの高温の中での作業にもかかわらず、看守は私たちに耐熱作業服を支給しませんでした。私たちがかぶっていた安全ヘルメットは窯場に二分いるだけで溶けてしまい、火傷を防ぐには息を止めてできるだけ早く出入りしなければなりませんでした。耐熱ブーツがなかったため、窯場では重心をかける足を左右何度も切り替えざるをえず、気をつけないと足が火傷して水ぶくれしました。新しい囚人たちはこれに慣れておらず、入っても五秒以上は留まれずに外に飛び出しました。そのため、班長は各グループリーダーに砂が詰まったPVC製のパイプを持たせ、出てきた者はパイプで殴られました。こうしたパイプは骨が砕けなくても皮に深いみみずばれができるほどの堅さで、囚人たちは「隠し打ち棒」というあだ名で呼んでいました。私たちは窯場に入ったとき、息をするなどもってのほかでした。息をすることは、鼻孔に火を吸い込むようなことでした。レンガをいくつか取り除いた後、手押し車をすばやく引き出さなければならず、タイヤの一つが破損すれば罰せられるだけでなく、「生産器具の破壊及び改心への抵抗」という罪状が追加されて刑期が延びました。私たち囚人の日課は、手押し車115台を大きなレンガでいっぱいにし、95台を小さなレンガでいっぱいにすることでした。これほどの暑さの中でこの作業をこなすのは至難の業でしたが、看守はなぜまだ全部できていないのかと尋ねることはなく、なぜ労働に対して敵意を抱いているのかとだけ尋ねました。暑い中で働くことであまりにも大量の汗をかいたため、私は重度のカリウム欠乏症になりました。数回、意識を失って地面に倒れたため、窯の壁の天辺までぐいと上げられて数分間涼まされました。目が覚めると塩水を飲まされ、作業に戻ることを余儀なくされました。こうして、限界に達するとはどういうことか、耐え難い苦難とは何か、生き続けるより死にたいと思うことがどういう気持ちかを初めて味わいました。ここでは、人が生きようか死のうが誰も構っていませんでした。班長はグループが作業を終えたかどうかにしか関心がありませんでした。終えても何も言わず、終えなくても何も言わず、単に窯の戸を指差して去りました。その後、グループリーダーが作業を終えていない人を呼び出して窯場に立たせ、暴行しました。その人が地面に倒れると、その高温の地面であまりにもひどい火傷を負ったため、全身の皮膚に水疱ができました。その上、毎日更に20台の手押し車をレンガでいっぱいにしなければならず、慈悲を請うまでやめられませんでした。こうした環境の中、私は非常に弱気になりました。ほんの数日間の責め苦も地獄を巡っているように感じられました。私の頭の中では、二年間はまさにものすごく長い時間でした。それをどうすれば生き延びられるか見当がつかず、悪しき警官に殴り殺されるのか、それとも灼熱の中で焼け死ぬのかと不安でした。この先どうなるか考えれば考えるほど、閉塞感が増しました。この悪魔の刑務所にいるのはもう耐えられないと感じたため、死のうと思いました。それから毎日、「解放される」機会を探したのです。

ある日、ようやくその機会が訪れました。レンガいっぱいのトラックが走り去ろうとしたとき、私は向こう見ずにその下に飛び込んだのです。しかし車の車輪が私からほんの数インチの所で急に止まりました。どうやらトラックが故障していたようです。私は数人の囚人に引っ張り出され、看守長は「規律に不服で、以前の在り方を改める気がない」と言い、私を罰し始めました。火花を放つ電気棒をシャツの前に突っ込まれ、あまりの痛さに激しく痙攣して地面に倒れました。その後、手錠をかけられ、電柱に後ろ手に縛りつけられ、電気棒で容赦なく殴られました。夕食後、思想の再教育と「矯正」のため批判闘争大会でつるし上げられました。この際限のない苦痛に、私は極度の恐怖、絶望、無力さを感じました。どうやって生きていけばいいのかという疑問と向き合っていたその時、神の御言葉の一節が思い浮かびました。

あなたは、神がどのようにして自分を精錬するかを問わず、完全に確信し、神への確信を決して失ってはならない。あなたは人間がすべき事をしなければならない。それが、神が人間に要求している事であり、人の心は、いかなる時も完全に神へと戻り、神へと向かわねばならない。それが勝利者である。神が勝利者と呼ぶ者は、サタンの影響下に置かれ、サタンに包囲された時、つまり闇の軍勢の中にいる時でも、神の証しに立ち、神への確信と忠誠を維持できる者である。何があっても、あなたが依然として純真な心と神に対する真実の愛を維持できるのであれば、それは、あなたが神の前で証しに立っているということであり、それは神が言うところの勝利者となることである」(『言葉は肉において現れる』の「あなたは神への忠誠を保たなければならない」より)

神の御言葉は、希望を捨てる寸前だった私の心に光と温かみをもたらしてくださいました。確かにそのとおりです。神は最終的に、どんな過酷な環境の中でも神への信仰と忠誠を保ち、神の御言葉に従って生き、最後にはサタンの前に神のために力強く響き渡る証しをすることができる勝利者の一群を作ろうとなさっていたのです。サタンがあの手この手で私を苦しめ、傷つけたのは、私の弱さを利用して、落ち込んでいる私を攻撃し、神を裏切るように強いたかったからです。しかし私は神の屈辱の象徴にはなれません。神の私への愛はとても信実で実践的でした。私がこの上なく弱く、死のうと思っていたとき、神はまだ密かに私を見守り、加護し、生かしてくださっていました。私がどんなに弱っていても、神は私を見捨てようとは少しも思っておられなかったのです。神の私への愛は最初からずっと変わらず、依然として私を啓き、導き、痛みから抜け出す道を見つける手助けをしてくださっていました。私は絶対に神を失望させ、神の気持ちを傷つけるわけにはいきません。私は神の導きに感謝しました。神の導きで、私はサタンの策略を見極め、死の淵から這い上がることが再びできたのです。賛美歌を歌わずにはいられませんでした。

「神には最も甘美なものを与え、最も苦いものは私が受ける。私は神を証しすると心に決めた。その決心を変えるものは何もない。サタンに対して、私は決して屈服しない。私はむしろこの命を捧げる。神の民の一人として、自分の尊厳を捨てないつもりだ。神の嘱託を心に留めて、私はあの古いサタンを恥じ入らせるつもりだ。心に涙をためて、私は屈辱に耐えることを選ぶ。神を再び心配させたくない」(『小羊に従って新しい歌を歌おう』の「神が栄光を得る日を見ることを望む」より)

私が従順になり、神にご満足いただくためにすべての苦しみに耐える覚悟をすると、神は私のために道を開いてくださいました。班長は読み書きができなかったため、私に報告書を書く手伝いをさせ、それ以来、あまりレンガ運びをせずにすみました。しばらくして、教会のある年長の姉妹が面会に来てくれました。彼女は私の手を握って涙ながらに言いました。

「徐強君、つらかったでしょう。みんなあなたをすごく心配して、毎日あなたのために祈ってます。これからもがんばって、サタンの前にひれ伏してはいけません。しっかり立って、神の証しをしないといけません。みんなあなたの帰りを待っています」

この冷酷非道な、人間の地獄で、私は神の慰めの御言葉以外に、誰からも暖かみの言葉を聞いていませんでした。ずっと前に何度も聞いた、兄弟姉妹のこの優しい言葉を聞いて、大いに慰め、励まされました。その後長い間、私は神の愛に勇気づけられました。以前より少し気が楽になり、活力をもって作業に取り組むようになりました。そうした日々は服役した時期の中で最も早く過ぎ去り、最後の四か月は特にそうでした。刑期が短縮された囚人の名簿が毎月発表されたとき、私はいつも筆頭者でした。それまでの数ヶ月間は、名簿には囚人長とチームリーダーの名前しかなく、お金もコネもない囚人は除外されていました。中共政府が「政治犯」と烙印を押した私のようなクリスチャンがそのような待遇を受けるのは尚更ありえないことでした。このため、他の囚人たちにいつも取り囲まれ、「どうしたらそうなったんだ」と訊かれました。これが神が大きな憐れみをかけてくださった結果だと知っていたため、そのたびに神に心から深く感謝しました。私に強さをもたらしてくれたのは神の愛だったのです。

2009年9月7日、私は早期に釈放されました。それからすぐに教会に戻って再び教会生活を再開し、福音を広める人々の仲間入りをしました。この困難を経て、私は以前よりも決意が固まって成熟しており、本分を果たす機会を一層大切にするようになりました。中共政府の神に抵抗し、人々を虐げる素顔を見たため、神の救いの尊さを更に深く実感しました。神が人類に救いをもたらす働きをするために、肉となって自ら来られることがなければ、サタンの支配下で暮らす人はすべてサタンにぼろぼろにされ、飲み込まれてしまいます。その時から、私が本分を果たすときの態度は、いつも以前と大きく異なりました。福音を広めて人々の魂を救う働きが最も大切であると感じ、神の御前にさらに多くの人を連れて行くために、これから一生神に忠誠を尽くし、全力を注ぎたいと思いました。その人たちにもこの無神論政府による惑わしとまやかしから目覚め、神のいのちの施しを受け入れ、神の救いを得られるようになってほしいと思ったのです。非常に長い二年間の獄中生活を振り返ってみると、サタンが空しくもその暴虐的な拷問を用いて私に神を裏切らせようとしたことがわかります。しかし神はその酷い環境を用いて、私の神への信仰、忠誠心、従順を高め、私の神への愛を純化し、神の知恵と全能を私に気づかせ、神が人類の救いであり、愛であることを実感するようにしてくださったのです。私の心から、神への限りない崇敬と賛美が生まれました。

内モンゴル自治区 徐強(シューチャン)

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