真理を探求されている方々からのご連絡をお待ちしています

仮面をはぎ取って人生を再出発しましょう

湖南省 陳丹去年の暮の話ですが、私が自分の地域の福音伝導業務を軌道に乗せることが出来なかったため、神の家族は、他の地域から兄弟を一人異動させて私の業務を代わりに引き継がせたのです。私はこの事を予め知らされてはおらず、一緒に仕事をしていた姉妹を通じて初めて聞かされたのです。これには動揺しました。担当者は私が職を譲りたがらず反抗することを懸念したから、私にこのことを知らせなかったのではないかと、私は疑ったのです。この結果、私は担当者である姉… 全文を読む

正直な人でいるのは容易ではありません

湖北省武汉市 自新神の御言葉を頂き、その伝導を聞いていると、私は正直でいることの重要性を理解することができたので、私も正直な人になるための実践を開始しました。しばらくした後、私は正直な人でいることの真理を幾分得ることができたように感じました。例えば、祈りを捧げている時や人と会話をしている時に、心から真理を語ることができたり、自分の本分を尽くすことに真剣になれたり、自分の堕落を明らかにした時は、他の人にそのことを打ち明けことができたのです… 全文を読む

純真な人は必ずしも正直だとは限らない

陕西省西安市 程明潔私は自分を社交的で率直な人だと思い、人とはとても正直に話しをします。言いたいことは何でもそのまま口にしてしまいます。回りくどい言い方はしないタイプです。人とは正直に交流するようにしています。ですが、私はあまりにも簡単に人を信用してしまうので、頻繁に騙されたり、からかわれてしまうのですが、教会に行き始めてからは、やっと自分に合った場所を見つけたと感じていました。私は、「前は自分の純真さのおかげで不利な立場に置かれて、人… 全文を読む

神の御言葉を鏡として使う

山東省臨沂市 ウーシァこの仕事を受け、神の御言葉を頂くようになって以来、私自身を理解するということが非常に大切であることが明確に分かりました。よって、私は、神の御言葉を頂きながら、神が人の本性を明らかにされる御言葉に照らし合わせて自分自身を確認するようにしたのです。たいていの場合、私は自分の欠けている所や、不十分な所に気が付くことができ、自分自身を本当の意味で理解できるようになると感じていました。しかし、私は依然として神の御言葉に応じた… 全文を読む

嘘の背後にあるもの

なぜ、人は決して正確に話すことができないのでしょうか。これには、3つの主な理由があります。1つ目の理由は、人々の思い込みが間違っているためです。物事に対する見方が間違っていて、それで彼らもまた不正確に話すのです。2つ目の理由は、人々の力量があまりにも欠けているためです。彼らは実際的な調査なしに物事をぞんざいに行い、噂話しが好きで、その結果、多くの脚色を付け加えてしまうのです。もう1つの理由は、人が悪い性質を持っているという点です。彼らは… 全文を読む

自分自身を本当に知ることは容易ではない

浙江省杭州市 チョウルイ私は欺瞞的な人間でした。神の御言葉によると、欺瞞的な人は神には救われず、正直な人のみが神の称賛を受けるということが分かります。それ故、私は正直な人になれるように、意識的に正確に語れるように、客観的かつ現実的になれるように、そして問題の報告の際には事実から真実を求められるように努力しました。私の業務における誤りや手抜かりについては、リーダーにその詳細を伝え、また私自身の堕落についても意識的に分析し、開示してきました… 全文を読む

正直な人への入りを実践するにはどうすればよいか。

神の言葉あなたは正直でなければならない。また、自分の心の中の狡賢さを取り除くために祈らなければならない。あなたが必要な時にはいつでも自分を清め、神の霊に触れられるために祈りを用いるにつれて、あなたの性質は次第に変化するであろう。『言葉は肉において現れる』の「祈りの実践について」より神が人々に要求する最低基準は、自分の心を神に開くことができることである。人が神に対して真心を捧げ、心の中にある本音を告げるならば、神はその人の内に働くことをよ… 全文を読む

正直な人と不正直な人の違いは何か。

神の言葉正直であるということは、神に心を捧げるということである──何事にも神を偽らないこと、あらゆることについて、神に率直であること、事実を隠そうとしないこと、上の者に対して偽りなく、下の者を惑わすことがないこと、そして、神に取り入る為だけに物事をするようなことが決してないこと。つまり、正直であるということは、言行において不純でないことであり、神をも人をも欺かないということである。わたしの言っていることはまことに単純なことだが、あなたが… 全文を読む

正直な人とは何か。なぜ神は正直な人々を好むのか。

神の言葉正直であるということは、神に心を捧げるということである──何事にも神を偽らないこと、あらゆることについて、神に率直であること、事実を隠そうとしないこと、上の者に対して偽りなく、下の者を惑わすことがないこと、そして、神に取り入る為だけに物事をするようなことが決してないこと。つまり、正直であるということは、言行において不純でないことであり、神をも人をも欺かないということである。『言葉は肉において現れる』の「三つの忠告」より神は正直な… 全文を読む