I.主は終わりの日に現れ、神の家から始まる裁きの働きをするために、言葉を発された。 これは次の聖書の預言を完全に成就します。「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。」(ヨハネの黙示録 2:7)「さばきが神の家から始められる時がきた。」(ペテロの第一の手紙 4:17)賢いおとめだけが主の声を聞き、主を迎えることができる。

参照聖書箇所

「見よ、わたしは戸の外に立って、たたいている。だれでもわたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしはその中にはいって彼と食を共にし、彼もまたわたしと食を共にするであろう。」(ヨハネの黙示録 3:20)

「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい。」 (ヨハネの黙示録 2:7)

「わたしの羊はわたしの声に聞き従う。わたしは彼らを知っており、彼らはわたしについて来る。」 (ヨハネによる福音書 10:27)

「さばきが神の家から始められる時がきた。」 (ペテロの第一の手紙 4:17)

kingdom of heaven, waterfall, the garden of Eden kingdom of heaven, waterfall, the garden of Eden
神の代表的な言葉

「神の現れとは、神が仕事を行うためにみずから地上に来ることである。神としての身分と性質は保ったままで、また神自身の方法で、神は時代を始め、時代を終わらせるために人間世界に下ってきた。このような神の現れは儀式のようなものではない。それは何かのしるしでも、絵画でも、奇跡でも、大いなる幻でもない。ましてや宗教的な儀式でもない。それは、実際に手で触れ、見ることのできる動かしがたい事実である。...」  続きを読む

「…神の足跡を探し求めている私たちは、神の心と、神の言葉、神の発する声を探り求める必要がある。神の新しい言葉があるところには神の声があり、神の足跡があるところには神の業があるからである。神による表現があるところには神の現れがあり、神の現れがあるところには真理と、道と、いのちがある。…」  続きを読む

「イエスは人間のあいだでたくさんの働きをしたが、全人類の贖いを完了しただけで、人の贖罪のためのささげものとなり、人から堕落した性質のすべてを取り除くことはなかった。サタンの影響から完全に人を救うためには、イエスが贖罪のささげものとして人の罪を引き受けることが必要だっただけではなく、神にとっても、サタンによって堕落させられた人の性質を完全に取り除くためにもっと大きな働きを行うことが必要だった。そこで、人が罪を赦された後、神は人を新しい時代に導くために人間の姿に戻り、刑罰と裁きの働きを開始し、この働きは人をより高い領域に連れてきた。...」  続きを読む

「裁きの働きがもたらすものは、人による神の真の顔の理解と、自らの背きに対する真の理解である。裁きの働きにより、人は神の心、神の働きの目的、それまで人には理解できなかった奥義について大いに理解できるようになる。また、人が自分の堕落した本質と堕落の根源を認識し理解し、人の醜さを発見するようになる。これらの効果は全て、裁きの働きによりもたらされる。というのも、裁きの働きの本質は、実際に神を信じる全ての者に、神の真理、道、いのちを開く働きだからだ。これが、神がなす裁きの働きである。...」  続きを読む

「神の国の時代、神は言葉を用いて新たな時代を招き入れ、働きの手段を変え、その時代全体の働きを行う。これが神が言葉の時代に働く原則である。神は異なる観点から語るために受肉し、肉となった言葉である神、その知恵と不思議とを人間が本当に見ることができるようにした。」  続きを読む

「最終的には、あらゆる諸国はわたしの言葉のために祝福され、わたしの言葉のために粉々に砕かれもする。このようにして、終わりの日にすべての人は、わたしが戻ってきた救い主であり、人類のすべてを征服する全能神であり、かつては人のための罪の捧げものであったが、終わりの日にはすべてを焼き尽くす太陽の炎にもなり、またすべてのものを顕示する義の太陽でもあることを理解するだろう。それが終わりの日のわたしの働きである。...」  続きを読む

全文

Ⅱ.賢いおとめたちは主の声を聞いて、主の出現と働きを見て、主が再臨されたことを確信した。こうして、おとめたちは終わりの日の神の働きを受け入れ、子羊の足跡をたどり、主と共に祝宴の席についている。

賢いおとめたちとは本当は何を意味するのでしょうか

参照聖書箇所

「そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。……しかし、思慮深い者たちは、自分たちのあかりと一緒に、入れものの中に油を用意していた。……夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。……そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。」(マタイによる福音書 25:1、4、6-7、10)

「小羊の行く所へは、どこへでもついて行く。」(ヨハネの黙示録 14:4)

「御座の正面にいます小羊は彼らの牧者となって、いのちの水の泉に導いて下さるであろう。また神は、彼らの目から涙をことごとくぬぐいとって下さるであろう」。(ヨハネの黙示録 7:17)

「求めよ、そうすれば、与えられるであろう。捜せ、そうすれば、見いだすであろう。門をたたけ、そうすれば、あけてもらえるであろう。」(マタイによる福音書 7:7)

Words of God, The Word Appears in the Flesh, the truth, the power of the word of God, the word of the Lord Words of God, The Word Appears in the Flesh, the truth, the power of the word of God, the word of the Lord
神の代表的な言葉

「五人の賢い乙女は人々の数を言っており……乙女たちが終わりの日に、灯に油を用意するようにと言われたのはこのためである。(被造物はわたしの資質を持たない。賢い乙女になりたいならば、油を用意する必要がある。そのためには、わたしの言葉を携えていなければならない。)五人の賢い乙女は、わたしが造った人間の中のわたしの子らとわたしの民を表している。彼らを『乙女』と呼ぶのは、彼らが地球上で生まれてはいるがわたしによって獲得されているからである。彼らは聖なる者となったと言うこともでき、故に彼らは『乙女』と呼ばれる。」

「神は新しい光を受け入れることができる人々を望んでおり、神の最新の働きを受け入れ、知っている人を求めている。なぜ貞節な乙女でなければならないと言われているのであろうか。貞節な乙女は聖霊の働きを求め、新しいことを理解することができる。さらに、古い観念を忘れ、今日の神の働きに従うことができる。今日の最新の働きを受け入れる人々のこの集りは、昔から神によって前もって決められており、人々のなかで最も祝福されている。….」  続きを読む

「神は神の現われを切望する人々を探し求める。神は神の言葉を聞くことができる人々、神の任務を忘れず、心と体を神に捧げる人々を探し求める。神は神の前で赤子のように従順で、神を拒否しない人々を探し求める。あなたが何ものにも妨げられずに神に献身するならば、神はあなたを好意の眼差しで見、祝福を授けるだろう。...」  続きを読む

全文
説教と交わり

「恵みの時代、イエスは賢いおとめについて語られました。この奥義は一体どういうことなのでしょうか。『賢いおとめ』という言葉は何を意味するのでしょうか。重要な点は、賢いおとめが神の御声を認識することです。神の声を聞いたとき、彼女はこう考えます。『私はどうしてこの人の子の言うことが神の言葉だと思うのでしょう?どうしてこの方は神の声のように聞こえるのでしょう?これらは人間には言うことのできないことです。これは神の声です。だから、私はこの方を信じなければなりません。この方はキリストです。受肉された神です。』ご覧のとおり、これが彼女が賢いことの理由です。それでは、愚かなおとめは何故愚かなのでしょうか。それは彼女たちが次のように考えるからです。『彼は単なる人間ではありませんか。彼はナザレのイエスではないですか。ただの普通の人間ではないですか。どうしてこの人が神なのでしょうか?私たちはこの人を信じません。私たちは天におられる神を信じます。』彼女たちには霊的なことが理解できないということが分かりましたか?これらの人々は自分が正しく、正当であると信じています。その結果、神は賢い者たちを彼ら自身の狡猾さによって捕えるのです。あなたは賢くはありませんか。あなたは人間を信じない者ではありませんか。...」

全文

賢いおとめたちは、どのようにして神の声を聞き、主を迎えるのでしょうか

参照聖書箇所

「わたしには、あなたがたに言うべきことがまだ多くあるが、あなたがたは今はそれに堪えられない。けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」(ヨハネによる福音書 16:12-13)

「こころの貧しい人たちは、さいわいである、天国は彼らのものである。」(マタイによる福音書 5:3)

「義に飢えかわいている人たちは、さいわいである、彼らは飽き足りるようになるであろう。」(マタイによる福音書 5:6)

「心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。」(マタイによる福音書 5:8)

The Wise Virgins, matthew 25, waiting for God, wait on the Lord The Wise Virgins, matthew 25, waiting for God, wait on the Lord
神の代表的な言葉

「受肉した神は神の本質を有し、受肉した神は神による表現を有する。神は人間の姿になるので、なすべき働きを打ち出し、神は人間の姿になるので、自分が何であるかを表して、人に真理をもたらし、人にいのちを与え、人に進むべき道を示すことができる。神の本質を含んでいない肉体が受肉した神ではないことは間違いなく、これについて疑う余地はない。受肉した神かどうか調べるためには、その人が表す性質や話す言葉からそれを決めなければならない。つまり、人間の姿になった神かどうか、それが真の道かどうかは、その人の本質から判断しなければならない。そこで、人間の姿になった神かどうかを決定するとき、鍵となるのは、外見よりもむしろその人の本質(働き、言葉、性質、その他いろいろ)に注意を払うことである。外見だけを見て本質を見落とす者は、自分の無知、単純さをさらけ出すことになる。」

「わたしは幾時代も前に崇拝された神であり、幾時代も前にイスラエル人によって見捨てられた「赤児」である。それだけでなく、わたしは今の時代の栄光に満ちた全能神である。すべての者をわたしの玉座の前に来させ、わたしの栄光に満ちた顔を見させ、わたしの声を聞かせ、わたしの業を見上げさせなさい。これがわたしの心の全てである。これがわたしの計画の結末であり、クライマックスであると同時に、わたしの経営の目的でもある。すべての国々にわたしにひれ伏させ、すべての人にその言葉でわたしを認めさせ、すべての人にわたしを信頼させ、またすべての人がわたしに服従するようにしなさい。...」  続きを読む

「…このような言葉を神が述べた場合、その言葉は神の真の性質を明示し、表現するものであり、神の本質と権威の完璧な明示と顕現であり、創造主の身分を証明するものとして、それ以上適切なものは無い。こうした発言の仕方、語調、語彙はまさに創造主の身分の印であり、神自身の身分の表出と完璧に一致し、こうした発言には見せかけや不純さは無い。こうした発言は、創造主の本質と権威を完璧に証明するものである。...」  続きを読む

「実際には、神の御言葉は、神のご性情である。神の御言葉から神の人間への愛、神による人間救済、その救済方法などを知ることが出来る。なぜなら、神の御言葉は、神が人間に書かせたのではなく、神により明示されたものだからである。御言葉は神が自ら表されたものである。御言葉を表したのは神ご自身であられ、それは神の内なる声である。...」  続きを読む

「今回は、神は霊体ではなく、まったく普通の体で働きを行うために来る。それは神の二度目の受肉の体というだけではなく、神がその中に戻る体でもある。それはごく普通の肉体である。この体の中に、他の人々と異なるものは何も見受けられないが、あなたは、今までに聞いたこともない真理を彼から受け取ることができる。この取るに足らない肉体は、神から来る真理の言葉のすべてを具現化したものであり、終わりの日の神の働きを引き受けるもの、また人が知るようになる神の全性質の現れでもある。あなたは天の神を見ることを大いに望んでいたではないか。あなたは天の神を理解することを切に願ったではないか。...」  続きを読む

「彼は神を代表し、神の心の声と訓戒、そして人類すべてに対する神の裁きの言葉を表現する。彼は新しい時代を、そして新しい紀元を開き、新しい天と地そして新しい働きを持ってきた。そして彼は私達に希望をもたらし、漠然と生きてきた私達の生活を終わらせ、救済の道を私達に余すところ無く見せてくれたのである。彼は私達の存在そのものを征服し、私達の心を得た。その瞬間から私達の心は覚醒し、私達の霊は生き返ったように思われる。この平凡で取るに足らない人物、長い間私達の間に交じり生活しながらも私達に拒否され続けてきたこの人こそ、私達が絶えず考え、日夜待ち望んできた主イエスではないだろうか。彼なのだ。実際そうなのだ。この人こそが私達の神なのだ。彼こそが真理であり、道であり、いのちである。...」  続きを読む

全文

Ⅲ.愚かなおとめたちは神の声を聞くことができない。 聖書の一つひとつの言葉に頑なにしがみ付き、牧師や長老たちの言葉を崇拝し信じる。 それ故、彼女たちはまことの道を追求することも、検証することもせず、その結果、主を迎え入れなかった― 彼女たちは露わにされ、取り除かれて、災いに陥るだろう。

愚かなおとめたちとは本当は何を意味するのでしょうか

参照聖書箇所

「そこで天国は、十人のおとめがそれぞれあかりを手にして、花婿を迎えに出て行くのに似ている。その中の五人は思慮が浅く、五人は思慮深い者であった。思慮の浅い者たちは、あかりは持っていたが、油を用意していなかった。……花婿の来るのがおくれたので、彼らはみな居眠りをして、寝てしまった。夜中に、『さあ、花婿だ、迎えに出なさい』と呼ぶ声がした。そのとき、おとめたちはみな起きて、それぞれあかりを整えた。ところが、思慮の浅い女たちが、思慮深い女たちに言った、『あなたがたの油をわたしたちにわけてください。わたしたちのあかりが消えかかっていますから』。すると、思慮深い女たちは答えて言った、『わたしたちとあなたがたとに足りるだけは、多分ないでしょう。店に行って、あなたがたの分をお買いになる方がよいでしょう』。彼らが買いに出ているうちに、花婿が着いた。そこで、用意のできていた女たちは、花婿と一緒に婚宴のへやにはいり、そして戸がしめられた。そのあとで、ほかのおとめたちもきて、『ご主人様、ご主人様、どうぞ、あけてください』と言った。しかし彼は答えて、『はっきり言うが、わたしはあなたがたを知らない』と言った。」(マタイによる福音書 25:1-3、5-12)

「あなたがたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。この民の心は鈍くなり、その耳は聞えにくく、その目は閉じている。それは、彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めていやされることがないためである。」(マタイによる福音書 13:14-15)

the wise Virgins, welcome the bridegroom, the voice of God, wait for the Lord, the Revelation, Bible prophecy the wise Virgins, welcome the bridegroom, the voice of God, wait for the Lord, the Revelation, Bible prophecy
神の代表的な言葉

「耳のある者は、御霊が諸教会に言うことを聞くがよい」。あなたがたは今聖霊の言葉を聞いたか。神の言葉はあなたがたの耳に届いているのだが、それが聞こえるか。神は終わりの日に言葉による働きを行うが、そのような言葉は聖霊の言葉である。神は聖霊であり、また肉になることもできるからである。したがって、過去に語られた聖霊の言葉は、今日では肉となった神の言葉である。聖霊の言葉は天から降りてきて人の耳に届くはずだと信じているばかげた人は少なくない。このように考える人は誰も神の働きを知らない。…」  続きを読む

「聖霊の働きにより排除される人々は、神の最新の働きに従うことができず、神の最新の働きに反逆する人々である。そのような人々が公然と神に反対するのは、神が新しい働きを為し、神の姿が彼らの観念にある神の姿と同じではないからである。その結果、公然と神に反対し、神を非難し、そのため神により嫌悪、拒絶される。...」  続きを読む

「神が語った言葉を聞き分けることができないなら、神の現れをどうやってその目で見ることができるのか。神が現れるところでは、真理の現れと神の声がある。真理を受け取ることができる人だけが神の声を聞くことができる。そしてそういう人だけが神の現れを見ることができる。...」  続きを読む

「彼らの信条によれば、神から永遠の救いを得るためには律法を守ってさえいれば十分であり、悔い改め、罪を告白しさえすれば神の心は永遠に満たされる。彼らは、律法の下の神、人のために十字架につけられた神だけが神のはずであると考えている。また、神は聖書を超えるべきではないし、超えることはできないとも考えている。まさにこうした考えが彼らを古い律法に堅く結びつけ、死んだ規定の中に束縛し続けてきた。...」  続きを読む

「サタンに属する者たちは神の言葉を理解できず、神に属する者たちには神の声を聴くことができる。わたしの話す言葉に気付いて理解する全ての人々は、救われる者たちであり、また神を証しする者たちなのだ。わたしが言った言葉を理解しない全ての人々は神を証しすることができず、排除される者たちなのだ。...」  続きを読む

全文

愚かなおとめたちは、どのようにして露わにされ、取り除かれるのでしょうか

参照聖書箇所

「わたしの味方でない者は、わたしに反対するものであり、わたしと共に集めない者は、散らすものである。」(ルカによる 福音書11:23)

「また、箕を手に持って、打ち場の麦をふるい分け、麦は倉に納め、からは消えない火で焼き捨てるであろう。」(マタイによる福音書 3:12)

「見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。」(ヨハネの黙示録 1:7)

The Hell, is hell real, heaven and hell, where is hell, righteousness of God The Hell, is hell real, heaven and hell, where is hell, righteousness of God
神の代表的な言葉

「メシアを理解しない人々は皆、イエスに逆らい、イエスを拒絶し、イエスを中傷することができる。イエスを理解しない人々は皆、イエスを否定し、イエスをののしることができる。さらに、彼らはイエスの再臨をサタンの偽りとして見ることができ、より多くの人が受肉による再来したイエスを非難するはずだ。このこと全てがあなたがたを恐れさせないだろうか。あなたがたが直面することは聖霊に対する冒涜であり、教会に向けた聖霊の言葉を台無しにし、イエスが語った言葉の全てをはねつけることとなる。あなたがたがそれほど混乱しているなら、あなたがたはイエスから何を得るのか。あなたがたが頑なに自分の間違いに気がつくのを拒絶した場合、イエスが白い雲に乗って肉に戻る時にあなたがたはイエスの働きをどのようにして理解できるのか。わたしは言う。真理を受け入れず白い雲に乗ったイエスの再臨を盲目的に待つ人々は、確実に聖霊を冒涜することになり、彼らは滅びる民族である。...」  続きを読む

「つまるところ、彼らは聖書の番犬であった。聖書の影響力を擁護するため、聖書の権威を維持するため、聖書の評判を守るため、彼らは慈悲深いイエスを十字架につけることまでした。彼らは、ただ単に聖書を守るため、人々の心の中にある聖書の一字一句の地位を維持するために、そうしたのである。だから、彼らは未来と罪のための捧げ物を見捨て、聖書の教義に従わなかったイエスを罪に定めて殺したのである。彼らは聖書の一字一句に隷属していたのではないか。...」  続きを読む

「では、今日の人々はどうだろう。キリストは真理を解き放つために来た。しかし、人々は天に入って恵みを受けるために、キリストを人間の間から追い出したいくらいなのである。彼らは聖書の権益を守るために真理の訪れを完全に否定し、聖書の永続を確実にするため、再び肉となったキリストをもう一度十字架に釘付けにしたいくらいなのである。あれほど悪意に満ちた心をもち、わたしに対してあれほど敵意のある本性をもつ人間が、どうしてわたしの救済を受けられるのか。」

「一部の人々は真理を喜ばず、裁きとなればもっと喜ばない。むしろ、人々は権力と富に喜びを見出すのであり、そのような人々は俗物と見なされる。彼らはもっぱら、影響力を持つ世界中の宗派や、神学校から来た牧師や教師を探し求める。真理の道を受け入れたにもかかわらず、彼らはどこまでも懐疑的で、自分自身を完全に献げることができない。彼らは神のために犠牲を捧げることについて話しはするものの、彼らの目は偉大な牧師や教師に注がれ、キリストは無視されている。...」  続きを読む

「あなたがたは神が何かを知らない。あなたがたはキリストが何かを知らない。あなたがたはヤーウェを畏れる方法を知らない。どうすれば聖霊の働きに入ることができるのかを知らない。あなたがたは神自身の働きと人の策略の間の区別の仕方を知らない。あなたがたはただ、あなたがたの思いに沿わない、神が表明した真理の言葉を非難することだけを知っている。あなたの謙虚さはどこにあるのか。あなたの従順はどこにあるのか。あなたの忠誠心はどこにあるのか。真理を求める気持ちはどこにあるのか。...」  続きを読む

全文
説教と交わり

「いわゆる『賢いおとめ』とは、神の声を聞き分けることができ、『花婿』の声を聞き分けることができ、それ故キリストを受け入れて従うことができ、そうして実際の神を家に連れて行くことができる者たちのことを表しています。『愚かなおとめ』は『花婿」の声を知らず、神の声を聞き分けられないので、キリストを拒絶します。彼らは漠然とした神にまだ希望を置いているので、見捨てられ、排除されます。したがって、神への真の信仰なしにキリストを受け入れることは非常に難しいことが分かります。キリストを受け入れることを拒む者は『愛されている者の婚礼の祝宴』を逃し、主によって天の御国にある家に連れて行かれることはなく、神が人類のために用意された場所に入ることができません...」

「賢明なおとめたちが主の御声を識別することができるのは、もっぱら彼女たちが真理を愛し、真理を追求する人々だからです。彼女たちは神の出現を渇望しています。それ故に、彼女たちは主の到来を求めることができ、それを検証することができるのです。彼女たちは主の御声を聞き分けることができます。愚かなおとめたちは真理を愛さないので、主の到来を求めたり、検証したりはせず、ただ頑なに規則に執着するだけです。彼らの中には、雲に乗って到来する主でなければ、受け入れも調べもしない人たちもいます。その他の人たちは、完全に宗教界の牧師や長老たちの言いなりになっています。」

全文
福音 Q&A

長年にわたって主イエスを信じて熱心に自らを費し、たゆまず働いてきた人々は、主のために多くの苦しみを受けてきた。終わりの日の全能神の働きを受け入れないと、救いと天国に入ることが否定されるということがありえるのだろうか。

回答を見る