誰も神に代わってその業を為すことはできない

神の業は神自身によって為される。

神の業を始動させるのも完了させるのも神である。

その業を計画するのは神である。

営むのは神であり、更にそれを成就させるのも神である。

それを聖書にはこう書かれている。「神は始めであり、また終わりである。神は種を蒔くものであり、また刈り手でもある。」

「神は最初であり、最後である。神は種を蒔くものであり、また刈り手でもある。」

これら全ては神の救いの業と関係していて、神の手によって行われる。神の手によって行われる。

神は六千年にも及ぶ救いの計画の支配者である。

神に代わってその業を為すことができる者は誰もいない。

誰もいない。神の業を締め括ることのできる者は誰もいない。何故なら、全てを支配しているのは神だからである。

この世界を創造したのは神である。だから神は、全世界が神の光の中で生きるように導くのである。神の光の中で生きるように。

この世界を創造したのは神である。だから神は、全世界を導く。全世界が神の光の中で生きるように導くのである。 

そして、神は全ての時代に終止符を打ち、計画のすべてを成就させる。計画のすべてを成就させる! 

『言葉は肉において現れる』より