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全能神の最新の言葉 朗読

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全能神の最新の言葉 朗読

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終わりの日のキリストの語られる言葉(選集)朗読

神が人間の運命を統治しているという事実は、誰にも変えることが出来ない

ここまでの話を聞いて、あなたがたの運命に対する考え方は変わったであろうか。神による人間の運命の統治を、あなたがたはどのように理解しているであろうか。簡潔に言うと、神の権威の下では、全ての者が能動的あるいは受動的に神の統治と計画を受け入れるので、人生においてどれほどもがいたとしても、どれほど誤った道を進んだとしても、結局は創造主がその者のために定めた運命の範囲内に戻ってしまう。これが創造主の権威の凌駕することが不可能な性質であり、創造主の権威が万物を制御し支配する方法である。万物のいのちを支配する法則を担い、妨害されることなく人間が生まれ変わることを可能とし、毎日、毎年、世の中を変化させ、進歩させているのは、この凌駕不可能な性質と、この形態の制御と支配である。あなたがたは、こうした事柄全てを目のあたりにし、表面的に理解しているか、あるいは深く理解している。理解の程度は、真理に関する自分の経験と認識、そして神に関する自分の認識により異なる。真理の事実をどの程度知っているか、神の言葉をどの程度経験しているか、神の本質と性質をどの程度知っているかは、神による統治と采配に関するあなたがたの理解度を示すものである。神による統治と采配の存在は、人類がそれらに服従しているか如何に依存しているであろうか。神にこの権威があるという事実は、人間がそれに服従するか如何により決まるであろうか。神の権威は、状況を問わず存在する。つまり、あらゆる状況において、神は人間の運命その他あらゆるものを、神の考えと望みに従って支配し、計画する。これは人間が変化することで変化するものではなく、人間の意志に依存しないものであり、時間、場所、地理のいかなる変化によっても変えられることが無い。なぜなら、神の権威は、神の本質そのものだからである。人間が神による統治を知って受け入れられるかどうか、そしてそれに服従出来るかどうかは、神による人間の運命の統治という事実に少しも影響しない。つまり、神による統治に対して人間がどのような姿勢を取るかによらず、神が人間の運命と万物を統治しているという事実が変わることは無い。たとえ神による統治に服従しなかったとしても、依然として神はあなたの運命を操り、また、たとえあなたが神による統治を知ることが出来なくても、神の権威は依然として存在する。神の権威、そして神が人間の運命を統治しているという事実は人間の意志から独立したものであり、人間の好みや選択に従って変わることが無い。神の権威は全ての場所にあり、いつでも、どの瞬間も存在する。もし天と地が無くなるとしても、神の権威は決して無くならない。なぜなら、神は神自身であり、神に唯一の権威があり、神の権威は人間や出来事、物事、空間や地理による制限を受けないからである。神は常に神の権威を行使し、神の力を示し、神の経営(救い)の業を継続する。また神は、これまでと同様、常に万物を支配し、万物に必要なものを与え、万物を指揮する。そうした事柄は、誰も変えられない。それは事実であり、太古の昔から不変の真理であり続けている。

神の権威に服従することを望む者の適切な姿勢と行動

神の権威と、神が人間の運命を統治しているという事実を、人間はどのような姿勢で知り、扱うべきであろうか。これはあらゆる者が経験する難題である。実生活の問題に対処する時、神の権威と神による統治をどのように知り、理解すべきであろうか。こうした問題をどのように理解し、取り扱い、経験すべきかを知らない場合、どのような姿勢で神による統治と計画に従っている自分の意向、願望、そして事実を示すべきであろうか。あなたは、まず待つこと、次に追究すること、その後に従うことを覚える必要がある。「待つ」とは、神の時を待つことであり、あなたのために神が計画した人々、出来事、物事を待つことであり、また神の旨が徐々に明示されてゆくのを待つことである。「追求する」とは、神が計画した人々、出来事、物事により、あなたに対する神の入念な旨を観察し、理解すること、それらの物事により真理を理解すること、人間が達成すべき物事や従うべき道を理解すること、人間に対して神がどのような結果を実現しようとしているか、人間に対して何を達成しようとしているかを理解することである。当然ながら、「従う」とは、神が計画した人々、出来事、物事を受け入れ、神による統治を受け入れ、それにより創造主が人間の運命をどのように支配しているか、どのようにして神が人間に神のいのちを与えるか、神はどのようにして人間に真理を備えさせようとしているかを知ることである。神の采配と統治の下にある全ての物事は自然の法則に従っているので、自らの全てを神の采配と支配に委ねるとあなたが決心したのであれば、あなたは待つこと、追究すること、そして従うことを覚える必要がある。それが神の権威に服従することを望む者全てが取るべき姿勢であり、神による采配と計画を受け入れることを望む者全てに備わっているべき基本的な資質である。そのような姿勢を取り、そのような資質を備えるには、一層の努力が必要である。そうした努力をして初めて、あなたがたは本当の現実に入ることが出来る。

自分の唯一の主として神を受け入れることが、救いを得る第一歩である

神の権威に関する真理は、全ての者が真剣に取り扱い、心で経験して理解すべき真理である。なぜなら、こうした真理は全ての者の人生、過去、現在、そして未来と関係があり、また人生において全ての人間が通らなければならない重要な節目、人間の神による統治に関する認識、そして神の権威に対して取るべき姿勢と関係があり、必然的に全ての者の終着点と関係があるからである。したがって、こうした物事を知り、理解するには、一生涯の努力が必要となる。神の権威を深刻に捉え、神による統治を受け入れた時、人間は、神の権威は実在することに次第に気付き、理解する。しかし、神の権威を認めず、神による統治を受け入れなかったならば、何年生きていようとも、神による統治に関する認識は少しも得る事が出来ないであろう。神の権威を真に知り、理解しなかった場合、終着点に到達した時に、それまで何十年神を信じていようとも、人生において見せるべきものが全く無く、神による人間の運命の統治に関する認識は必然的に皆無となる。それは非常に悲しいことではなかろうか。したがって、人生の道をどの程度進んで来たか、現在何歳であるか、残りの旅路がどの程度あるかを問わず、まず神の権威を認め、それを深刻に捉え、神が自分の唯一の主であるという事実を受け入れる必要がある。神による人間の運命の統治に関する明瞭かつ正確な認識と理解を得ることは、全ての者にとって必須の経験であり、人生を知り真理を得る鍵となるものであり、また全ての者が直面する、避けることの出来ない、神を知る上での生活と基本的な経験である。この目標を達成する近道を通りたいと思う者がいるかもしれないので、その者に言っておくが、それは不可能である。あなたがたの中に、神による統治から逃れたい者がいるかも知れないが、それはなおさら不可能である。神は人間の唯一の主であり、神は人間の運命の唯一の主である。したがって、人間にとって自分の運命を決定し、支配することは不可能である。その者の能力が如何に優れていても、その者は他人の運命に影響を与えられず、ましてや指揮したり、予定したり、制御したり変更することは出来ない。人間のすべてを支配するのは、唯一の神自身のみである。なぜなら、人間の運命に対する統治を担う唯一の権威があるのは神のみであり、したがって創造主は人間の唯一の主だからである。神の権威は、人間だけでなく、人間には見えない創造物以外の生き物や、惑星、宇宙の統治も担う。これは異論の余地の無い、実在する事実であり、人間や物が変えられない物事である。もし、物事の現在の状態に不満であり、自分には何らかの特別な技能や能力があると考え、運が良ければ現状を変えたり現状から逃れられたりすると考えている者がいたり、人間の力で自分の運命を変えたい、他人よりも卓越し、名声と富を得ようとしている者がいたとすれば、その者に言っておくが、その者は自分で物事を困難にし、問題を買って出て、墓穴を掘っているのだ。遅かれ早かれ、その者は自分が選択を誤っていること、無駄な努力をしていることに気付くであろう。あなたの運命に立ち向かう志と願望、大それた行動は、あなたを取り返しのつかない状態へと続く道へと導き、そのために辛い代償を払うこととなるであろう。今はその結果の重大性が分からないかも知れないが、神が人間の運命の主であるという真理を一層深く経験し、認識するにつれ、わたしが言うこととその真意が徐々に分かるであろう。あなたに真の心と霊があるか、あなたが真理を愛する者であるかは、神による統治と真理に対して、あなたがどのような姿勢を取るかにより決まる。そして必然的に、その姿勢により、あなたが神の権威を真に知り、理解しているかが決まる。人生において神による統治と采配を感じたことが無く、ましてや神の権威を認め、受け入れたことなど無いのであれば、あなたは全く無価値であり、あなたが選んだ道と選択肢が原因となって、神が嫌い捨てる対象となることは間違い無い。しかし、神の業により、神からの試練と神による統治を受け入れ、神の権威に服従し、徐々に神の言葉に関する真の体験を得る者は、神の権威に関する真の認識と神による統治に関する真の理解を得て、真に創造主に従う者となるであろう。真に救われるのは、そのような者だけである。そうした者は、神による統治を知り、それを受け入れたため、そうした者の神による人間の運命の統治の認識と、その統治への服従は真正かつ正確である。そうした者が死に直面した場合、そうした者は、ヨブのように死を恐れない精神を得て、個人的な選択や願望無く神の采配と計画に従うことが出来るであろう。真に創造された人間として、創造主の許へと還ることができるのは、そうした者だけである。

2015年3月26日

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