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人は神に心を捧げない

わたしは日々、宇宙の上に立ち、観察し、人間の生活を経験するために、わたしのすみかに謙虚に身を隠し、人間の行いすべてをよく観察する。誰一人、本当に自身をわたしに捧げたことがない。誰一人、真理を追求した者はない。誰一人、わたしに良心的であった者はない。誰一人、わたしの前で誓いを立て、本分を果たした者はない。誰一人、わたしをその内に宿らせた者はいない。誰一人、自分の命と同じくらいにわたしを大事にした者はいない。誰一人、神であるわたしのすべてを実際に目にした者はいない。誰一人、実践の神自身とやりとりをしようとしない。

人間はけがれているため、わたしの栄光を目の当たりにするには相応しくないので、わたしは数千年もの間、けっして公に姿を現さず、隠れていた。そのため、かつてわたしの栄光が人類の前に示されることはなかった。そして、人間は常に罪の深い淵に沈んでいた。わたしは人類の不義を赦してきたが、人間は自己を守る方法を知らない。そして、いつでも自らを罪にさらし、罪のために自らを損なってきた。これは人間には自尊心や自己愛が欠けているということではないか。人間たちの中に真に愛することのできる者がいるだろうか。人間の忠誠心の重さとは、どれほどささやかなものなのか。粗悪品がいわゆる本物の中に混じっているのではないか。人間の忠誠心は、まったくのごたまぜから成っているのではないのか。わたしが求めるのは、人間の全き愛である。人間はわたしを知らず、わたしを知ろうとしても、ほんとうの真摯な心をわたしにささげはしない。

『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第十九章」より編集

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