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神によって完全にされる機会を逃がせばあなたは生涯後悔するだろう

現在までわたしたちがこの道を歩むことが出来たことは神が定めたので、自分が特別だとか不幸だとか考えてはならない。打ち砕かれないように、神の現在の働きに関しては誰も断定してはならない。神の働きを通してわたしに光が来ており、何があろうと神はこの集団の人間を完全にするのであり、また神の働きは変えられることは出来ない。神はこの人たちをその道の最後まで連れて行き、地上における神の働きを完了する。これはわたしたちが皆理解すべきことである。

大部分の人々は常に進取的であり、飽くことがない。彼らは皆、神が現在切望している意向に関する認識が欠如しているので、逃避願望を抱いている。彼らは手綱から解き放たれた野生の馬のように大自然の中を走り回ることを常に望んでいる。しかし、良きカナンの地に定住して人間的生活を求める者は希にしかいない。乳と蜜の流れる地に入ってもそれを享受しないなら、それ以上に何を望むのか。率直に言って、良きカナンの地の外はどこも荒野である。人々は安息の地に入った時でさえ、自らの本分を維持することが出来ない。そうした人々は単なる淫らな者ではないであろうか。

その環境において神により完全にされる機会を失ったならば、それは余生を通して悔いる事となり、計り知れず遺憾に思うであろう。結局あなたは、カナンの地を見つめるだけでカナンでの生活を享受することができず、拳を堅く握って後悔で満ちたまま死んでいったモーセのようになるであろう。それを恥ずかしいことだとは思わないのだろうか。他人に嘲笑われるのを恥辱だと思わないのだろうか。他人に辱められることをいとわないのであろうか。立派になろうと努める気持ちがないのであろうか。神により完全にされる誉れある正直な人間になる覚悟がないのであろうか。本当に決断力に欠けている者なのであろうか。他の道へと進む覚悟はないが、神が定めた道を歩む覚悟もないのだろうか。敢えて天の旨にはむかうのであろうか。あなたの技能が如何に優れていたとしても、本当に天に逆らうことが出来るのだろうか。

『言葉は肉において現れる』の「道……(7)」より編集

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