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終わりの日のキリストの証人

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5.神はどのように宇宙世界全体を支配し管理するか。

関連する神の言葉

広大な宇宙に、どれほどの生ける物が、一つの普遍的な規則にしたがって生き、いのちの法則にしたがって、何度も何度も再生しているのか。死ぬ者は生きる者の物語を抱えて行き、生きている者は死んだ者と同じ悲惨な歴史を繰り返す。そこで、人は自問せずにはいられない─なぜわたしたちは生きているのか。そして、なぜわたしたちは死ななければいけないのか。誰がこの世界を支配しているのか。そして、誰が人間を創ったのか。人間はほんとうに母なる自然の生み出したものなのか。人間はほんとうに自分の運命を支配しているのだろうか。…数千年にわたり、人間はこうした問を何度も何度も発している。残念ながら、人間がこうした問に頭を悩ませるようになると、ますます科学を探究したくなる。科学はささやかな欲求充足と一時的な肉の楽しみを与えはするが、人間をかろうじて隠している、魂の奥底にある孤独や寂しさ、恐怖と無力感から解放することなど到底できない。人間は単に肉眼で見、脳で理解できる科学知識を用いて心を麻痺させている。しかし、そうした科学的知識は人間が奥義を探ることを止めはしない。人間は、宇宙万物の支配者が誰であるかを知らないし、まして、人間の始まりも未来も知らない。人間はこの法の中で、ただ生きている、否応なしに。誰一人、逃れることができないし、誰もこれを変えることはできない。あらゆる物事の間と天において、永遠から永遠にすべてを支配しているのは、ただお一方だけなのだから。彼は、かつて人間が見たことがないお方、人間が一度知ることもなくお方、その存在を人間は信じたこともない。しかし、彼は人間の祖先に息を吹き込み、人間にいのちを与えたお方である。彼は人間が存在するよう施し、養い、今日まで導いて来たお方である。さらに、人間が生き残るために頼める唯一のお方なのである。神は万物を支配し、天の下のすべての生ける物を支配している。神は四季を支配し、風と霜、雪、雨を呼ぶ。神は人間に陽光を与え、夜の訪れをもたらす。天と地とを整え、人間に山々と湖、川、すべての生き物を与えたのは神である。神の業はあらゆるところにあり、その力はいたるところにあり、その知恵はすべてに満ち、その権威はすべてに及ぶ。その律法や法則は神の業を示すものであり、そのすべては神の知恵と権威とを現している。誰が神の支配を免れよう。また、誰が神の配剤から逃れることができようか。万物は神の眼差しの下にあり、さらに、神の支配の下で生きている。神の業と力の前には、神がほんとうに存在し、万物を支配していると認めざるを得ない。神を除いては、他の何も宇宙を支配できず、まして、やむことなく人間に施すこともできない。

『言葉は肉において現れる』の「神の経営の中でだけ人は救われる」より

いのちの道は、誰でも持てるものではなく、誰にでも簡単に得られるものでもない。なぜなら、いのちは神のみに由来しているからだ。それはすなわち、神自身のみがいのちの本質を持っており、神自身なくしていのちの道は存在せず、神のみが、いのちと永遠に流れつづけるいのちの生ける泉の源であることを意味する。神が世界を創造したとき以来、神はいのちの活力に関わる多くの働きをし、人にいのちを与える多くの働きをし、人がいのちを得られるよう多大な代償を払ってきた。神自身が永遠のいのちで、神自身が、人が復活できる道だからである。神が人の心に不在であることはなく、常に人の中に生きている。神は人の生活の原動力であり、人の存在の基盤であり、誕生後の人の存在にとっての豊かな鉱物である。神は人を生まれ変わらせ、人が自分の持つあらゆる役割においてしっかりと生きられるようにする。神の力と、神の消えることのないいのちの力のおかげで、人は何世代も生きてきた。その間ずっと、神のいのちの力は人の存在の支えであり、神は普通の人間が誰も払ったことのないような代償を払ってきた。神のいのちの力は、いかなる力にも勝る。そしていかなる力をも超越する。神のいのちは永遠であり、神の力は非凡であり、神のいのちの力はいかなる被造物や敵の力によっても簡単に圧倒されない。神のいのちの力は存在し、時と場所にかかわらず明るい輝きを放つ。神のいのちは、天や地が激変する間も永遠に不変である。万物は過ぎ去るが、神のいのちは依然としてそこにある。それは、神が万物の存在の源であり、それらの存在の根幹だからだ。人のいのちは神に由来し、天の存在は神に拠り、地の生存は神のいのちの力から生じる。活力を有するいかなる物体も神の主権を越えることはできず、いのちの力を有する何物も神の権威の及ぶ範囲から逃れ出ることはできない。このようにして、誰もが神の支配下に服従し、神の命令の下で生きねばならず、誰も神の支配から逃れられない。

『言葉は肉において現れる』の「終わりの日のキリストだけが人に永遠のいのちの道を与えられる」より

宇宙、すなわち惑星、天の星は、すべて人類が出現する以前に、既に存在していた。マクロレベルでは、こうした天の物体は、神の支配下で、それらが存在している年月を通して、軌道を規則的に回り続けてきた。どの惑星が、何時、何処に移動するか、どの惑星が何時どのような役割を果たすか、どの惑星がどの軌道に乗るか、どの惑星が何時消滅するか、置換されるかなどといった事柄は、すべて寸分違わず正確に進行している。惑星の位置や惑星同士の間の距離は厳密な規則に従っており、正確なデータで説明可能である。惑星が移動する経路、速度、そして軌道の規則、特定の位置に到達する時刻は、正確に数値で表し、特定の法則により説明できる。数十億年にわたり、惑星は、これらの法則に全く逸脱することなく従ってきた。惑星の軌道や、惑星が従っている規則性を変化させたり中断させたりすることのできる力は存在しない。惑星の運動を律する特定の法則と、それを解明する正確なデータは、創造主の権威により事前に決定されており、惑星は創造主の統治と制御の下で、そうした法則に自然と従う。マクロレベルでは、ある程度の規則性やデータ、そして異常で説明出来ない法則や現象を見出すことは、人間にとってそれほど困難ではない。人類は神が存在することを認めず、創造主が万物を造り、支配しているという事実を受け入れず、さらには創造主の権威の存在を認めないにもかかわらず、人文科学者、天文学者、物理学者は、宇宙における万物の存在、そして万物の運動を律する原理と法則が、巨大で目に見えない暗黒のエネルギーにより支配され、制御されているという結論に達することが益々多くなってきている。この事実により、人間は、こうした規則性の中に全能者が存在し、全てを指揮しているということに向き合い、認めざるを得なくなっている。彼の力は非凡であり、その素顔を見ることが出来る者はいないものの、彼は常に全てを支配し、制御している。彼による統治を超えることが出来る者や力は存在しない。こうした事実に鑑み、人間は万物の存在を支配する法則は人間が制御したり変えたり出来ないものであること、こうした法則は人間が完全に理解できないものであることを認める必要がある。さらに、そうした法則は自然に発生するものではなく、支配者により支配されている。こうした物事は、全て人間がマクロレベルで認識できる神の権威が表出されたものである。

ミクロ段階では、人間が地上で見る山々、川、湖、海、大陸、人間が体験する季節、植物、動物、微生物、人類を含めた地球上の万物は、全て神の権威の対象であり、神により支配されている。神による統治と支配の下においては、万物は神の旨に従って出現し、消滅し、その生命は全て特定の法則により管理され、その法則に従って生長し、繁殖する。これらの法則を超える人間や物事は存在しない。

『言葉は肉において現れる(続編)』の「唯一の神自身 3」より

神はこの世界を創造し、この人類を創造した。また、それだけではなく、神は古代ギリシア文化ならびに人類文明の設計者でもあった。神のみがこの人類を慰め、神のみが日夜人類のことを思いやる。人類の発展と進歩は神の支配と切り離すことはできない。また、人類の歴史と未来は神の計画と切っても切れない関係にある。あなたが真のクリスチャンならば、あらゆる国または民族の興亡は、神の意図によって起こるということを必ず信じるであろう。神のみが国または民族の運命を知っており、神のみがこの人類の進むべき道を制御する。人類が良い運命を望むなら、また国家が良い運命を願うなら、人間はひれ伏して神を礼拝し、神の前で悔い改め、罪を告白しなければならない。さもなければ人間の運命と終着点は災難となることは避けられない。

…………

神は人間の政治に参加しないが、国または民族の運命は神によって支配されている。神はこの世界と全宇宙を支配している。人の運命と神の計画は密接に関連しており、誰もどの国も民族も神の支配から免れない。人間の運命を知りたいなら神の前に来なければならない。神は神に従い、神を崇拝する人々を繫栄させ、抵抗し、拒絶する人々に衰退と絶滅をもたらす。

『言葉は肉において現れる』の「神は全人類の運命を支配する」より

それでは、神にとって、「神による万物の統治」の「万物」には、何が含まれるであろうか。この「万物」には、人間が見て触れることのできる物だけでなく、目に見えず、触れることの出来ない物も含まれる。これは、神による万物の統治の真の意味のひとつである。これらの物事は目に見えず触れることの出来ない物事であるが、これらの物事もまた実在する物事である。神にとっては、その物事が神の目で観察可能であり、かつ神の統治の範囲内にあれば、その物事は実在する。人間にとって、それらの物事は抽象的であり、想像不可能なことであり、目に見えず触れることが出来ないとしても、神にとって、それらの物事は実在する。神が支配する万物のもうひとつの世界は、そのようなものであり、それが神が支配する万物の範囲の、もうひとつの部分である...神が霊的世界をどのようにして支配し、統治するか

『言葉は肉において現れる(続編)』の「唯一の神自身 10」より

霊的世界の存在は、人間の物質世界と不可分の関連性がある。霊的世界は、神による万物の統治のうち人間の生死の周期において重要な役割を担い、この役割がその存在が重要である理由のひとつである。...このように、人間が見ることのできない世界における天の命令や律法、統治組織は、物質世界におけるどの国家の法令や組織よりも遙かに優れており、この世界に生きるもののうち、そうした命令や律法、統治組織に背いたり濫用したりしようとする者は、一切居ないであろう。これは神による統治と管理に関連するであろうか。霊的世界には、明確な行政命令と、明確な天の命令、規則がある。様々な段階と領域において、執行官は厳密にその任務と規則を遵守する。なぜなら、執行官は天命に背いた時の報いが何か、神がどのように邪悪を罰し、善良に報いるか、神がどのように万物を統治し、支配するか、そして神がどのようにして天の命令と憲章を実施するかを明確に理解しているからである。...霊的世界は、物質世界と共存し、同時に神による支配と統治の対象となっているものの、神による霊的世界の統治は、神による物質世界の統治よりも遙かに厳格なものである

『言葉は肉において現れる(続編)』の「唯一の神自身 10」より

人類の運命と万物の運命は、創造主による統治と密接に絡み合い、創造主の指揮と不可分の繋がりがあり、最終的にそれらの運命を神の権威から引き離して翻弄することはできない。人間は、万物の法則により創造主の指揮と統治を理解するようになり、生存の法則により創造主の統治を認識し、万物の運命により創造主がその万物に対する統治と支配を行使する方法に関して結論を得る。また人間は、人間と万物のライフサイクルによって、万物やあらゆる生物に対する創造主の指揮と采配を真に経験し、そうした創造主による統治や采配が、この世の法令や規則、制度その他の権力や威力よりも優先されるのを目の当たりにする。これに鑑みると、創造主による統治は、いかなる被造物も侵害出来ないものであり、いかなる権力も創造主によって予定された物事に干渉したり変更したり出来ないものであることを、人類は認めざるを得ない。人類や万物の何世代にもわたる生活や繁殖は、こうした神性の法則や規則の下で行われる。これは創造主の権威が真に具現化されたものではなかろうか。

『言葉は肉において現れる(続編)』の「唯一の神自身 3」より

神は万物の主である。万物を支配し、管理しているのは、神である。神は、存在するあらゆる物事を造り、管理し、また支配し、施す。これが神の地位であり、身分である。万物すなわち存在する全ての物事について、神の真の身分は創造主であり、支配者である。それが、神が所有する身分であり、神は万物にあって唯一の存在である。神の被造物のうちひとつとして、人間の世界にあるか、霊的世界にあるかを問わず、何らかの方法や申し開きにより、神の身分や地位を装ったり、神の代理となったりすることの出来るものはいない。なぜなら、万物を支配する身分と力、権威、そして能力を持つ者は、ただひとりしか存在せず、それが唯一の神自身であるからである。神は万物の中で生き、動いている。神は万物のうち最も高い場所へと昇ることができる。また神は、血と肉のある人間のひとりに身をやつし、人間と対面して苦楽を共にすることも可能である。それと同時に、神は万物に命じ、万物の運命や方向性を決定する。さらに、神は人類全体の運命と方向性を導く。このような神は、あらゆる生き物が崇め、付き従い、知るべき存在である。したがって、どの種類の人間に属するかを問わず、神を信じ、付き従い、敬うこと、またあなたの運命に対する神の支配と神の采配を受け容れることのみが、あらゆる人間や生き物にとって、必然の選択肢である。

『言葉は肉において現れる(続編)』の「唯一の神自身 10」より

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