小羊に従って新しい歌を歌おう

目次

終わりの日のキリストの言葉のみがひとを清め、変えることができる

1

終わりの日の神の業とは自分の言葉を伝えることであり、それは人に大きな変化をもたらすのである。それは、以前到来した恵みの時代に神が人に見せた奇跡的なしるしや不思議な業よりも一層大きな変化である。その恵みの時代には手を置くと悪魔が逃げ去った。しかし人の中には堕落した性質がそのまま残っていた。人は病気を治され罪から許しを得た。しかし、人の悪魔的性質を追い出す業はまだ成し遂げられていなかった。信仰と受肉の神と罪を贖う犠牲を通して人の罪は赦されたが、しかし未だ人の罪深い本性は残り、罪で溢れているのである。

2

どんなにもがいても、いったいどうやって、罪を終わらせ、悪の性質を捨て去り、完全に変えられたらいいのか、人には分からない。なぜなら人はまだ堕落した性質のまま生きているからである。人はそこから救い出され、罪を捨て、変わらなければならない。そのためには、命の成長への道と、性質の変化、それに、いのちの道を知る必要がある。神が定めた道によって行動する時、人の性質は変えられ、人は光の中で生きることができる。そして、神の意志と調和して、すべてのことを為すことができる。堕落した性質を捨て去り、罪から完全に解き放たれる。罪を断ち切ることによってのみ、人は完全な救いを得ることができる。この段階はより意味深く、また、いっそう実りあるものである。人に直接いのちを与えるのは、「生けることば」である。神の徹底的な業によって人を完全に新しくすることができるのである。神の徹底的な業によって。