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神の声を聞き主イエスの再臨を喜んで迎えなさい!

真理を探求されている方々からのご連絡をお待ちしています

終わりの日における神の裁きは災害の前に勝利者を作る

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今、全能神はイエスを信じる全ての信者たちが帰ることを心待ちにされており、神を真剣に信じる者たちの帰りを辛抱強く待っておられます。全能神は次のように言われます。「人々が恵みの時代に留まっていれば、彼らは堕落した性質を決して免れないし、ましてや神の本来の性質を知ることはない。人々がいつも豊かな恵みの中に生きていても、神を知らず、神を満足させることができるようになる生き方をしていなければ、いくら神を信じても決して本当に神を得ることはないだろう。それはなんと哀れな形の信仰ではないか。あなたがこの本を読み終えた時、神の国の時代における受肉した神の働きの各段階を経験した時、あなたは長年の希望がついに実現されたことを感じるだろう。あなたはそのとき初めて本当に神を直接見たと感じるだろう。初めて神の顔をじっと見つめ、神自らの発言を聞き、神の働きの英知を正しく理解し、神がなんと現実的で全能かを本当に感じるだろう。あなたは過去の人々が決して目にしたり、所有したりしたことのない多くの事柄を獲得したことを感じるだろう。この時、あなたは神を信じるとは何か、神の心に従うとは何かをはっきりと知るだろう。もちろん、あなたが過去の考えに執着し、神の二度目の受肉の事実を否定、あるいは拒絶するならば、あなたがたは手ぶらなままでとどまり、何も獲得せず、ついには神に反抗するという罪を犯すだろう。真理に従い、神の働きに服従する人々は再び受肉した神――全能神の名の下に集うだろう。彼らは神自らの導きを受け入れ、さらに多くの高い真理を手に入れ、本当の人生を受けるだろう。彼らは過去の人々が決して目にすることのなかったビジョンを見るだろう。「そこでわたしは、わたしに呼びかけたその声を見ようとしてふりむいた。ふりむくと、七つの金の燭台が目についた。それらの燭台の間に、足までたれた上着を着、胸に金の帯をしめている人の子のような者がいた。そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、声は大水のとどろきのようであった。その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。」(ヨハネの黙示録1:12~16)このビジョンは神の全性質の現れであり、このような神の全性質の現れは、今回人の姿となった神の働きの現れでもある。刑罰と裁きを連発する中で、人の子は言葉を話すことによって本来の性質を表現し、その刑罰と裁きを受け入れるすべての人々が人の子の本当の顔、ヨハネが見た人の子の顔の忠実な描写である顔を見ることを認める。(もちろん、このすべては神の国の時代の神の働きを受け入れない人々には見えないだろう。)神の本当の顔は人間の言葉では十分明確に表現することはできないので、神はその本来の性質の表現を用いて人に本当の顔を示す。すなわち、人の子の本来の性質を経験した人々はすべて、人の子の本当の顔を見たのである。神はあまりに偉大なので、人の言葉で十分明確に表現することができないからである。いったん神の国の時代における神の働きの各段階を経験したら、ヨハネが燭台の明かりの中で人の子について語った言葉の意味を人は知るだろう。「そのかしらと髪の毛とは、雪のように白い羊毛に似て真白であり、目は燃える炎のようであった。その足は、炉で精錬されて光り輝くしんちゅうのようであり、声は大水のとどろきのようであった。その右手に七つの星を持ち、口からは、鋭いもろ刃のつるぎがつき出ており、顔は、強く照り輝く太陽のようであった。」その時、あなたは、これほどの多くの言葉を語ったこの普通の人間が本当は神の再来であることをまったく疑う余地なく知るだろう。そしてあなたは自分がいかに祝福されているかを本当に感じ、自分がもっとも幸運であると感じるであろう。あなたはこの恩恵を受け入れたくないだろうか。)(「神の働きを経験する者のみが真に神を信じる」より)

現在、中国本土では宗教界で主イエスを信じるほとんどの者たちが全能神のもとに戻り、終わりの日における神の完全な救いを得ています。明らかに、宗教界の中で賢い乙女たちと愚かな乙女たちが現されています。賢い乙女たちは皆、主イエスの再臨、すなわち全能神の終わりの日における働きを受け入れています。彼らは「盗み」返され神の家に戻った貴い者たちであり、そこで彼らは神の救いを得て完全にされ、災難が来る前に神によって完成される勝利者となりました。これは何と大きな幸運でしょうか! 神の隠れた来臨の働きを受け入れる人々は賢い乙女たちに属しています。なぜならこれらの人々は、神の御声を聞くことをとおして真理を発見し、それが真理の道であることを確認することによって、全能神を信じているからなのです。それが「賢い」という言葉に込められた意味です。これら賢い乙女たちは気づかないうちに突然「盗まれ」、方々で大騒動が起こりましたが、実際には、彼らは神によって引き上げられたのです。これはほんとうです。聖書は終わりの日に神が「盗人のように」来臨されることを預言しています。これは公けにされていない主の再臨です。宗教界から見れば、主は貴重なものを「盗み」に来られ、「貴重な金属や宝石である」人々だけを盗むのです。このことは、「盗まれる」人々は皆良質であり、真理を理解し受け入れることができることを示しています。彼らは神の声を識別する人々であり、それゆえに彼らは神によって引き上げられ、神による完全を受けるのです。だからここで言う「盗まれる」ことは、実際には主と対面するために天に引き上げられることであるというのは完全に真実です!神が公けに姿を現される時、これらの奥義は明かされるでしょう。主イエスは、「けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。……」(ヨハネによる福音書16:13)と言われました。これは終わりの日における神の働きのことを一層語っています。私は神を真剣に信じる信仰深い人々が皆賢い乙女たちとなり、真理の道を学び、真理の道を受け入れ、実際の神、すなわち終わりの日のキリストのもとに帰ることを願います。もしあなたが、神が公けに姿を現されるのを待って神を受け入れるのなら、遅過ぎる時になってあなたは後悔するでしょう。ちょうど主イエスがトマスにこのように言われたように。「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」(ヨハネによる福音書20:29)

……

イエスが再臨されるのは、恵みの時代に語られた預言を全て成就し実現させ、裁きと刑罰を用いて人々を救い、サタンの影響から解き放たれるよう助け、真に神の方へ向くことができるようにするためです。人々を困惑させ、人々に繰り返し罪を犯させ、それを告白させ、恵みの時代の中でそれを止めることも、そこから逃れることもできないようにさせている、人間の罪の性質の問題を解決するためにイエスは再臨されるのです。イエスが再臨されるのは、人々の性質を変え、人々がほんとうに神を知り、神に従うようにさせて、彼らを神と一致するようにするためです。それは一人ひとりの人間を彼らの類型によって分類し、この暗闇と悪の時代に終止符を打つためです。このようにしてのみ、神は聖徒たちを神の御国へ導き入れることができるのです。唯一これのみが、神が救いの働きを行うことの真の意味です。もし神の働きが最後にこうした成果を達成しないのであれば、神の預言がほんとうに成就されることにも、実現されることにもならず、人類を救うための神の経営計画が完結することはないでしょう。したがって、人類を救うための神の経営計画は、単に二段階の働きだけでは絶対に完結することはないのです。それには、一人ひとりをその類型によって分類する神の終わりの日における裁きと刑罰の働きがなければならないのです。このようにしてのみ、人類を救うための神の経営計画は完結され、神はサタンとの戦いにおいて完全な勝利を獲得でき、真に栄光を受けられるのです。

『いのちの供給のための説教集』の「終わりの日における神の裁きと刑罰の働きを知る方法」より

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