全能神教会 アプリ

神の声を聞き主イエスの再臨を喜んで迎えなさい!

真理を探求されている方々からのご連絡をお待ちしています

自らの本分を尽くすことと真理を追求することとの関係は正確にはどういうものか。自らの本分を尽くすことと救いを得ることはどのように関係しているのか。

神の御言葉による答え:

人間が徐々に変えられるのは、いつでも、その人が本分を尽くしている間だ。また、その過程で、その人の忠実さが明らかになる。だから、本分を尽くすことができればできるほど、あなたはより多くの真理を受け、あなたの表現はもっと本当のものになる。ただ形の上だけで本分を尽くしているふりをして、真理を求めない者は、最後には淘汰される。何故ならそのような者たちは真理を実践することによって自分の本分を果たすことをせず、その本分を果たす際に真理を実行しないからである。そうした人は変わらない人で、呪われるであろう。彼らの表すものは不純であるだけでなく、邪悪なものばかりである。

『言葉は肉において現れる』の「受肉した神の職分と人間の本分の違い」より

あなたがたは開かれた正直な心でもって出来る限り自分の本分を尽くし、そのためなら喜んで何でもする覚悟をもたなければならない。あなたがたが述べた通り、その日が来た時、神のために苦難を受けて代償を払った者に神が注意を払わないことは一切無い。のような信念は保つ価値のあるものであり、決して忘れてはならないものである。あなたがたに関してわたしの気が安まるのは、こうするよりほか無い。さもなければ、あなたがたに関してわたしの気が安まることは無く、あなたがたは永遠にわたしの嫌悪の対象となるであろう。あなたがた全員が自らの良心に従い、わたしのために全てを与え、わたしの働きのために出来る限り努め、わたしの福音の働きに対して努力の生涯を捧げるならば、わたしの心はあなたがたのために歓喜して飛び跳ねるのではなかろうか。あなたがたに関してわたしの心は完全に安らぐことが出来るのではなかろうか。

『言葉は肉において現れる』の「終着点について」より

神の家で効力者であることを喜ぶ人で、人に知られなくとも勤勉に、良心的な仕事をし、決して何かを得ようとせず、常に与える者であるのなら、その人は忠実な聖徒だと言おう。報いを求めず、ただ正直であるのだから。率直であろうとし、すべてを与える覚悟があり、神のために命を犠牲にして証しすることができるのなら、神を満足させることだけを考え、自分のことは考えず、自分のためには何も求めないほど正直なら、そのような人は光に養われ、神の国で永遠に生きる人である、とわたしは言おう。

『言葉は肉において現れる』の「三つの忠告」より

関連した内容

  • 善行とは何か。善行の現れとは何か。

    福音の伝道に集中し、ふさわしい人に出会ったら必ず神様の働きの証しをしなさい。より多くの人を得るべく可能な限り福音を宣べ伝えることは善行です。真の信仰があり、本当に真理を追求できる善人を数名でも神様の御前に導くことができれば、それはさらなる善行です。

  • 性質の変化はどのように現れるか。

    性質の変化を経た人は真理を理解しており、あらゆる事柄を識別することができ、神の旨に沿うにはいかに行動するべきか、真理の原則に沿うにはいかに行動するべきか、神を満足させるにはいかに行動するべきかを知っており、自らが露わにする堕落の本質を理解しています。

  • 悪行とは何か。悪行の現れとは何か。

    教会において本分を尽くすことに専念せず、その代わり嫉妬による口論や地位を巡る争いに関わり、教会生活を混乱に導くのは悪行です。

  • 真理を理解することと教義を理解することの違いは何か。

    神の言葉における実際の意味を本当に理解することは、決して単純なことではありません。神の言葉の文字通りの意味を解釈できて、みんなにいいと言われて賛成してもらえれば、それで神の言葉を理解したことになる、と考えてはいけません。