懸命に働けば天国に入れるのか

私はカトリックの家庭に生まれました。神父はいつも神の戒めを守り、ミサに出て互いを愛し、善行を重ねよと言っていました。そうする人だけが真に敬虔な信者で、主が来られるとき天国に引き上げられると。

主との再会

全能神は言われます。「終わりの日のキリストはいのちをもたらし、変わることなく永遠に続く真理の道をもたらす。人はこの真理を通していのちを得ることができ、この真理を通してのみ、神を知り、神に良しと認められる。終わりの日のキリストが与えるいのちの道を求めないなら、あなたは決してイエスに良しと認められず、天…

神の御声に耳を傾け、主をお迎えする

全能神は言われます。「多くの者はわたしの言うことに耳を傾けないかもしれない。だがそれでも、天からイエスが白い雲に乗って降臨するのをあなたがたが自分の目で見る時、これは義の太陽が公に現れることであると、わたしはイエスに付き従ういわゆる聖徒全員に伝えたい。おそらく、その時あなたにとって大いなる興奮の時と…

小羊の足跡をたどる

「神を信じているのであれば、人間は神の歩調に遅れることなく、一歩一歩ついて行かなければならない。人間は『子羊が行く所はどこへでもついて行く』べきである。彼らだけが真の道を求める人々であり、聖霊の働きを知っている者である。奴隷のように文字や教義に従う人々は聖霊の働きによって既に排除された者である。各期…

天国への道を見つけた

全能神は言われます。「イエスが人の世に誕生した時、イエスは恵みの時代をもたらし、律法の時代を終わらせた。終わりの日において神はもう一度肉となり、今回人間の姿になった時、神は恵みの時代を終わらせ、神の国の時代をもたらした。神の二回目の受肉を受け入れる人々はすべて神の国の時代に導かれ、直接神の導きを受け…

裁きの奥義を発見する

私は恩恵と申します。今年46歳です。現在マレーシアで暮らしており、主を信じて27年になります。2015年10月、私は別の街に引っ越して仕事に就きました。新しい同僚はみんなフェイスブックに夢中で、チャットしたり、新しい友だちを見つけたり、投稿したりするために使っていました。私はフェイスブックのアカウン…

真のキリストと偽キリストを識別する真理を身につけたあと、私は無闇に用心しないようになった

真のキリストと偽キリストの識別に関する真理を理解できさえすれば、偽キリストがどのように神を真似ようと試みても、私たちが彼らに惑わされることはありません。真のキリストと偽キリストをどう識別するかについて、主はこのようにおっしゃっています。

帰宅

この神の御言葉を歌詞にした讃美歌を歌いはじめると、私は必ず湧き上がる感情を抑えられなくなります。それはかつて神を忌避し、神に反抗したことがあるからです。私はまるで迷える子羊のように、家に帰る道がわからなくなっていました。神の家に私を導き帰してくださったのは、神の揺るぎない愛です。

私は帰ってきました

私は十年以上主を信じていて、イエスがキリストであると知っていました。それでも主イエスをなぜキリストというのかといった、真理の奥義をまったく理解していなかったのです。その日私はスーザン姉が送ってくれた神の御言葉から、実際には受肉した神がいわゆるキリストで、キリストとは神が受肉されたお方なのだと知りました。

主の再臨をお迎えした

主の御言葉は、主は再臨されるときにその御声を使って神の羊をお呼びになり、神の羊は主の御声を通じて主を認識し、主に立ち返ることをとても明確にしています。つまり、主の再臨をお迎えできるかどうかは、ひとえに神の御声に気づけるかどうかにかかっているのです。

違う形の愛

主イエスがお戻りになって裁きの働きをなさったのは、主を信じる私たちは罪を赦されたものの、逃れることのできない罪の中でいまも常に生きているからです。私たちは罪の束縛と支配から自由になることができず、神が真理を表わして私たちを裁いて清められ、私たちの罪深い本性と、サタン的な堕落した性質を一掃なさることを本当に必要としています。

神の御言葉が私の力

神の御言葉から、人がすがって助けを得られるよう、神はいつもそこにいらっしゃることがわかりました。困難に見舞われ逃れられなくても、心の底から神に呼び求める限り、神は私たちを啓いて導き、困難を乗り切る手助けをしてくださいます。神の御言葉による啓きと導きのおかげで、神に対する私の信仰は再び強まり、実践の道を取り戻しました。

「伝書鳩」が重大な知らせを届ける

蘇姉妹、主においてあなたに平和あれ。私はとてつもない知らせをあなたに伝えたくてこの手紙を書いています。私たちが昼も夜も待ち焦がれてきた救い主イエス・キリストが戻られたのです。主は肉となってすでに戻られ、御言葉を通じて人を裁いて清める段階の働きを中国でなさっています。主は恵みの時代を終わらせて神の国の時代を始められました……

異なる形の救い

私たちが終わりの日にあって、主の再臨に関する聖書の預言が基本的に成就していたことがわかっていたからです。主はもうすぐお戻りになられる、だから主と対面する機会を逃してしまわないように、私はより熱心に礼拝に参加して、主のお戻りを今や遅しと楽しみにしていました。

放蕩の子の帰還

神の御言葉のこの一節は私を深く感動させました。そして、全能神がまさに愛情溢れる母親のごとく、行方知れずになった子どもを呼び求め、いつの日かご自分のそばに戻ってくることを、いまや遅しと待ち望んでいらっしゃるのだと感じられました。私はそれを聞いて主のお声だとわかりました。

神の救いを受け入れたあと、新しい生活を手に入れる

あるとき私はお客さんと意見の行き違いがあり、とてもいら立ち、不当な扱いを受けたと感じていました。帰宅後、そのことを夫に愚痴りました。夫が私を慰めてくれるだろうと期待していたのです。しかし驚いたことに夫は携帯電話をもてあそびながら、ただ私に気づいてうなずいただけで、私に意識を向けないではありませんか。うなずいた後はすぐにうつむいてまた携帯電話を見始めました。夫の私に対する完全な無関心に我慢できず、私は夫に向かって怒鳴りました。

神の御名の奥義を理解することで、子羊の歩みと歩調を合わせる

そして律法の時代に神の御名がヤーウェだったことと、神がこの御名のもとにイスラエル人を導かれたことを思い出しました。しかし、主イエスがおいでになって働きをなさったとき、神の御名はヤーウェからイエスに変わったのではないでしょうか。いま、全能神がこの問題をとてもはっきり説明してくださいました。