主をお迎えする機会を逃しかけた私

中国 王磊 妻と私は1995年にクリスチャンになりました。それ以来、熱心に信仰を追い求め、間もなく家庭教会の同労者になりました。その後2000年ごろ、多くの信徒が東方閃電の福音を聞き、全能神を信じ始めたのですが、それ以降、牧師や長老は同労者の集会で常に東方閃電を批判するようになりました。一度、王牧…

開かれた巻物を見た

スペイン Jose 主を受け入れた時、私は聖書を通して、万物の由来と人類の堕落の源を学びました。ヤーウェ神が律法を頒布したこと、主イエスが悪を駆逐し、病を癒し、人に多くの恩恵をもたらし、人類の罪を贖うため、十字架にかけられことを知りました。聖書を読むと主の救いについて理解が深まるので、毎日少しずつ…

福音を伝える経験

韓国 复苏 私は、終わりの日の全能神の働きを受け入れた後、福音を広め始めました。どんな困難があっても、神の羊が神の御声を聞き、神の前に来られるよう、懸命に本分を尽くそうと心に決めました。 2018年2月、オンラインでフィリピン出身のメル兄弟に会いました。彼は神学を学ぶ学生で、賢い乙女と愚かな乙女…

私は神の御前に引き上げられた

インドネシア 张岳 20歳の時、私は洗礼を受けて主イエスを求めました。主イエスの愛と教えについての牧師の説教に心が温まり、教会の兄弟姉妹は皆、互いに助け合っていました。私は楽しく教会に通っていました。牧師はよくこう言ってました。「主イエスは人の罪を贖うため、十字架にかけられました。彼は復活し、私た…

父に福音を説く

インド Mikha 僕は子供の頃に信者となり、生涯を通じて主に仕えると決心した。結局、神学校に三年通って、終わりの日の全能神の働きを受け入れた。福音を受け入れた後、主の再来の吉報を、すぐ父に伝えたいと思った。父は地元の教会の執事で、聖書を熟知し、長年主に仕え、他者に愛情深かった。敬虔なクリスチャン…

懸命に働けば天国に入れるのか

私はカトリックの家庭に生まれました。神父はいつも神の戒めを守り、ミサに出て互いを愛し、善行を重ねよと言っていました。そうする人だけが真に敬虔な信者で、主が来られるとき天国に引き上げられると。

主との再会

堅定(アメリカ) 私はカトリックの家庭に生まれ、小さな時から母に聖書を読むように教えられました。中国共産党が内戦の後に国家を建て直している時代で、党があらゆる宗教を抑圧していたこともあり、私が教会に行って説教を聴くことができたのは二十歳になってからでした。司祭はよくこう言っていました。「私たちカト…

神の御声に耳を傾け、主をお迎えする

全能神は言われます。「多くの者はわたしの言うことに耳を傾けないかもしれない。だがそれでも、天からイエスが白い雲に乗って降臨するのをあなたがたが自分の目で見る時、これは義の太陽が公に現れることであると、わたしはイエスに付き従ういわゆる聖徒全員に伝えたい。おそらく、その時あなたにとって大いなる興…

小羊の足跡をたどる

「神を信じているのであれば、人間は神の歩調に遅れることなく、一歩一歩ついて行かなければならない。人間は『子羊が行く所はどこへでもついて行く』べきである。彼らだけが真の道を求める人々であり、聖霊の働きを知っている者である。奴隷のように文字や教義に従う人々は聖霊の働きによって既に排除された者である。各期…

天国への道を見つけた

全能神は言われます。「イエスが人の世に誕生した時、イエスは恵みの時代をもたらし、律法の時代を終わらせた。終わりの日において神はもう一度肉となり、今回人間の姿になった時、神は恵みの時代を終わらせ、神の国の時代をもたらした。神の二回目の受肉を受け入れる人々はすべて神の国の時代に導かれ、直接神の導…

裁きの奥義を発見する

 私は恩恵と申します。今年46歳です。現在マレーシアで暮らしており、主を信じて27年になります。2015年10月、私は別の街に引っ越して仕事に就きました。新しい同僚はみんなフェイスブックに夢中で、チャットしたり、新しい友だちを見つけたり、投稿したりするために使っていました。私はフェイスブックのアカウ…

真のキリストと偽キリストを識別する真理を身につけたあと、私は無闇に用心しないようになった

真のキリストと偽キリストの識別に関する真理を理解できさえすれば、偽キリストがどのように神を真似ようと試みても、私たちが彼らに惑わされることはありません。真のキリストと偽キリストをどう識別するかについて、主はこのようにおっしゃっています。

帰宅

この神の御言葉を歌詞にした讃美歌を歌いはじめると、私は必ず湧き上がる感情を抑えられなくなります。それはかつて神を忌避し、神に反抗したことがあるからです。私はまるで迷える子羊のように、家に帰る道がわからなくなっていました。神の家に私を導き帰してくださったのは、神の揺るぎない愛です。

私は帰ってきました

私は十年以上主を信じていて、イエスがキリストであると知っていました。それでも主イエスをなぜキリストというのかといった、真理の奥義をまったく理解していなかったのです。その日私はスーザン姉が送ってくれた神の御言葉から、実際には受肉した神がいわゆるキリストで、キリストとは神が受肉されたお方なのだと知りました。

主の再臨をお迎えした

主の御言葉は、主は再臨されるときにその御声を使って神の羊をお呼びになり、神の羊は主の御声を通じて主を認識し、主に立ち返ることをとても明確にしています。つまり、主の再臨をお迎えできるかどうかは、ひとえに神の御声に気づけるかどうかにかかっているのです。

違う形の愛

主イエスがお戻りになって裁きの働きをなさったのは、主を信じる私たちは罪を赦されたものの、逃れることのできない罪の中でいまも常に生きているからです。私たちは罪の束縛と支配から自由になることができず、神が真理を表わして私たちを裁いて清められ、私たちの罪深い本性と、サタン的な堕落した性質を一掃なさることを本当に必要としています。

主との再会

生きていると、偶然の出来事が予期せぬ結果につながることがあるものです。数か月前、私の身に思いもよらない、素晴らしいことが起こりました。Youtubeからのお知らせのおかげで、私は主と再会できたのです。

神の御言葉が私の力

神の御言葉から、人がすがって助けを得られるよう、神はいつもそこにいらっしゃることがわかりました。困難に見舞われ逃れられなくても、心の底から神に呼び求める限り、神は私たちを啓いて導き、困難を乗り切る手助けをしてくださいます。神の御言葉による啓きと導きのおかげで、神に対する私の信仰は再び強まり、実践の道を取り戻しました。