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終わりの日のキリストの証人

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7.神の2つの受肉が受肉の意義を完全にしたと言われるのはなぜか。

7.神の2つの受肉が受肉の意義を完全にしたと言われるのはなぜか。

聖書の言葉

「キリストもまた、多くの人の罪を負うために、一度だけご自身をささげられた後、彼を待ち望んでいる人々に、罪を負うためではなしに二度目に現れて、救を与えられるのである。」(ヘブル人への手紙9:28)

「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」 (ヨハネによる福音書 1:1)

関連する神の言葉

イエスは、「言は神と共にあった。」の実体のみを満たす御業の段階を行った。神の真理は神と共にあり、神の御霊は肉と共にあり、主と不可分であった。つまり、受肉した神の肉は神の御霊と共にあったのであり、それは受肉したイエスが最初の受肉された神であったことの大いなる証拠である。この段階の御業は「御言葉が受肉した」の内面的意味を満たし、「言は神と共にあった。言は神であった。」に一層深い意味を加え、「初めに言があった。」という御言葉を、あなたがたが確信することを可能とした。つまり、神は創造の時に御言葉を備え、神の御言葉は神と共にあって神と不可分であった。そして、最後の時代には、神の御言葉の力と権威は一層明瞭となり、人間は神の御言葉すべてを理解できるようになり、御言葉全てを聞くことができるようになった。それが最後の時代の御業である。……これは2度目の受肉、そして神の最後の受肉の御業であるため、この御業は受肉の重要性を完全なものとし、受肉された神の御業が完全に遂行され、実施され、肉にある神の時代の幕を閉じる。

『言葉は肉において現れる』の「実践 (4)」より

これが、言葉が肉になるということである。神は主に、「言葉が肉になる」という事実を成し遂げるために地上に来た。つまり神は、言葉が肉から発されるよう来たのである(神が直接天から語った旧約のモーセの時代とは異なる)。その後、千年神の国時代にはそれぞれの言葉が成就し、人々の目に見える事実になり、少しの誤りもなく、おのおのの目で見ることになるだろう。これが、神の受肉の最高の意味である。つまり霊の働きは、肉体を通し、言葉を通して達成される。これは「言葉が肉になる」および「言葉の肉における出現」の真の意味である。神だけが霊の意志を語ることができ、肉における神のみが霊に代わって語ることができる。神の言葉は受肉した神の中に明らかにされ、他のすべての人はそれらによって導かれる。誰もそこから外れることはなく、みなこの範囲内にいる。これらの言葉からのみ、人々は知ることができる。このようにして得ない者たちは、天から発せられた言葉を得られると夢みている。これが、受肉した神に示された権威であり、全ての人を信服させるのである。最も優れた専門家や牧師でさえ、これらの言葉を話すことはできない。彼らはこれらに従わねばならず、誰も新しく始めることはできない。神は言葉によって全宇宙を征服する。肉体によってではなく、受肉した神の口から発せられた言葉によって、全宇宙にいるすべての人を征服する。これこそ、言葉は肉となるということであり、これこそ、肉における言葉の出現である。人々には、神がさほど多くの仕事をなしていないように見えるかもしれないが、神が言葉を発するだけで、人々は完全に納得し、圧倒される。事実がなければ、人々は喚き散らし、神の言葉があれば、彼らは沈黙する。神はこの事を必ず成し遂げるだろう。地上への言葉の到来を達成することは、神の長年に亘る計画だからである。

『言葉は肉において現れる』の「千年神の国は訪れた」より

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