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全能神、終わりの日のキリストの代表的な言葉

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XI 神の求め、奨励、警告、慰めについての代表的な言葉

(IV)人への神の慰めについての代表的な言葉

神の愛と憐れみが経営の働きの隅々に行き渡り、人間が神のよき意図を理解できるか否かに関わらず、神はいまだに疲れを知らず成就しようとする働きを続けている。人々がどれほど神の経営を理解しているかに関わらず、神の働きの恩恵と助けはすべての人が理解することができる。おそらく、今日、あなたは神が与える愛やいのちを一切感じていない。しかし、あなたが神を捨てない限り、真理を追究しようという決意を諦めない限り、神の笑顔があなたに顕れる日は必ず来る。神の経営の働きの目的は、サタンの支配下にある人類を取り戻すことであり、サタンに堕落させられ、神に敵対する人類を見捨てることではないからである。

『言葉は肉において現れる』の「神の経営の中でのみ人は救われる」より

 神による救いの業の期間、救われる人々はすべて、最大限まで救われ、誰ひとりとして見捨てられることはない。神の働きの目的は人を救うことだからである。神による人の救いの期間に、自分たちの性質の変化を達成できない者たち、また、完全に神に従うことのできない者たちはみな懲罰の対象となる。この段階における業──言葉の働き──は人が理解しないすべての道と奥義を人に明らかにし、人が神の心と人に対する神の要求を理解できるようにし、彼らが神の言葉を実行に移す条件を備え、自分たちの性質の変化を達成できるようにする。神は働きを行うためにだけ言葉を使い、人々が少し反抗的だからといって彼らを罰したりすることはない。今は救いの業の時だからである。もし反抗的な者がひとり残らず罰せられるとしたら、誰にも救われる機会がないだろう。彼らはみな罰せられ黄泉の国に落ちるだろう。人を裁く言葉の目的は、人々に自分自身を知り、神に従うようにすることである。それは言葉による裁きによって彼らを罰することではない。……言葉による征服を受け入れた一人ひとりには救いの機会が豊富にあるだろう。これら一人ひとりの神による救いは、彼らに神の最大限の慈悲深さを表している。つまり、彼らには最大限の寛容さが示される。人々が間違った道から後戻りする限り、彼らが悔い改めることができる限り、神は彼らに神の救いを受ける機会を与える。

『言葉は肉において現れる』の「あなたたちは地位の恩恵は脇に置き、人の救いに関する神の心を理解するべきである」より

 

神は今この時、あなたがたを完全にすることを真に望んでいる。そして、これは話だけの事ではない。将来あなたがたにどのような試練が降りかかるか、何が起こるか、どのような災いにみまわれるかに関わらず、神はあなたがたを完全にすることを願っている。これは確かであり、疑う余地のない事実である。何からそれが分かるであろうか。それは、神の言葉は、幾つもの時代と世代を経てきたが、現在ほどの高嶺に達したことは嘗てなかったという事実からである。それは絶頂まで達した。また、全ての人間たちにおける聖霊の働きは、今日前代未聞のものである。従来の世代で、このようなことを経験したことのある者は、ほとんどいないであろう。イエスの時代でさえも、今日のような啓示はなかった。あなたがたに語られた言葉において、あなたがたが理解していること、また、あなたがたが体験していることにおいて、それは頂点にまで達したのである。あなたがたは、試練や刑罰の最中に立ち去ることはない。そして、そのことは、神の業が嘗てない輝かしさに達したことを証明するに充分である。これは人間が為し得ることでも、人間が保っていることでもない。それはむしろ神自身の業である。したがって、神の業に関する多くの事実から、神は人間を完全にすることを望んでおり、確かにあなたがたを完全にすることができる、ということが理解できる。あなたがたが、このことに目を留めることができ、このような新たな発見をすることができれば、あなたがたは、イエスの二度目の降臨を待つことなく、神が今の時代にあなたがたを完全にすることを許すであろう。したがって、あなたがたは、神によって完全にされるために、それぞれできる限りを尽くし、努力を一切惜しまないようにすべきである。

『言葉は肉において現れる』の「一人ひとりが自らの役割を果たすことについて」より

 現在の流れにおいては、神を真に愛する者一人ひとりに、神によって完全にされる機会がある。彼らが若いか年老いているかに関わらず、神への従順さと畏敬の念が心の中にある限り、神によって完全にされることが可能であろう。神は、各人の違った役割に応じて、人間を完全にする。あなたが全力を尽くし、自分を神の業に服従させる限り、神によって完全にされることが可能であろう。現時点において、あなたがたのうちに完全な者は一人もいない。あなたがたは、一種類の役割を果たすことができる時もあれば、二種類の役割を果たすことができる時もある。神のために全力を尽くして自らを費やす限り、あなたがたは、最終的に神により完全にされるであろう。

『言葉は肉において現れる』の「一人ひとりが自らの役割を果たすことについて」より

 わたしの言葉を読んで、それが成就すると信じる者は幸いである―わたしは、あなたをひどく扱うことはなく、あなたが信じることを、あなたの中で成就させよう。これがあなたの上に臨むわたしの祝福である。わたしの言葉は、一人ひとりの中に隠されている秘密を打つ。誰もが致命傷を負っているが、わたしはそれを癒す良き医者である―ただわたしのところへ来なさい。わたしは何故、将来、悲しみも涙もなくなるだろうと言ったのか。これがその理由である。わたしにあってはすべてが成し遂げられるが、人間にあっては、すべてが堕落し虚しく、すべてが人間を欺くものである。わたしの前で、あなたはすべてのものを受け取り、あなたが想像することもできなかった、すべての祝福を見て享受するであろう。わたしの前に来ない者は、確かに反抗的であり、間違いなくわたしに抵抗する者である。わたしは決して彼らを簡単には容赦しない。わたしはこの種の人間を厳しく懲らしめる。覚えておきなさい。わたしの前により多く来る者は、より多くを得るが、それは恵み以上のものではない。後になって、彼らはさらに大きな祝福を受けるだろう。

『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第七十四章」より

 わたしの声を聞いたすべての兄弟姉妹たちへ。あなた方はわたしの厳しい裁きの声を聞き、非常な苦しみに耐えてきた。しかし、あなた方は、わたしの厳しい声の後ろにはわたしの意志が隠されていることを知るべきである。わたしがあなた方を鍛錬するのはあなた方を救うためである。わたしの愛する子らのためにわたしがあなた方を訓練、刈り込み、まもなく完全なものにすることをあなた方は知るべきである。

『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第二十三章」より

 わたしは、神に取り残され、無視され、見捨てられたように誰かが感じるのを見たくありません。わたしは、あなたがた全員が真理と神への理解を追求し、揺るがぬ意志で、不安や負担なく、勇気を持って前進することを望んでいます。あなたがこれまでどのような悪いことを行なったとしても、どれほど大きく道を外れたとしても、どれほど過ちを犯したとしても、そうしたことを神を知ろうとする追求における負担や重荷としてはなりません。絶えず前進しなさい。それが何時起ころうと、人間の救いである神の心は決して変わりません。これが神の本質のなかで最も貴い部分です。

『言葉は肉において現れる』の「唯一の神自身 6」より

 落胆してはならない。弱ってはならない。わたしはあなたに明らかにする。神の国への道は平坦ではない。何事もそう簡単ではないのだ。あなたはたやすく祝福を得たいのであろうか。今日、だれもが苦しい試練に直面しなければならない。そうでなければ、あなた方のわたしに対する愛の心がさらに強いものとなることはなく、わたしに真実の愛を抱くこともないであろう。たとえそれが些細な状況であっても、誰もがそれを通らねばならない。ただそれぞれ度合いが違うというだけのことである。その状況はわたしからの祝福のひとつなのだ。わたしの祝福を求めてわたしの前に頻繁に跪く者がどれだけいるだろうか。愚かな子たちだ。あなた方はいつでも、少しの幸運な言葉がわたしからの祝福であると感じるが、苦しみがわたしからの祝福の一部だとは感じない。わたしからの苦しみにあずかる者は、必ずわたしの甘美さにもあずかるだろう。これがわたしの約束であり、あなた方に対するわたしからの祝福である。食べて飲み、享受することをためらってはならない。闇が過ぎ去れば光が訪れる。夜明け前が一番暗いのだ。その後徐々に明るくなり、やがて日が昇るのである。恐れたり、臆病になったりしてはならない。

『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第四十一章」より

 あなたがたは皆このような言葉を覚えているだろう。「このしばらくの軽い患難は働いて、永遠の重い栄光を、あふれるばかりにわたしたちに得させるからである。」あなた方は皆過去にこの言葉を耳にしたことがあるが、その言葉の真意を理解した者はひとりもいない。今日あなたがたは、この言葉の持つ真の意義をよく理解している。これらの言葉は終わりの日に神が成就するものである。そしてそれは、赤い大きな竜の横たわる地で、竜にひどく苦しめられている人々の上に成就する。赤い大きな竜は神を迫害する神の敵であり、よってこの地において神を信じる者たちは屈辱や迫害に晒されている。それ故、これらの言葉はあなたがた一群の中で実現するのだ。神に逆らう地において働きが行われるため、神のすべての働きは過度の妨害を受け、神の言葉の多くはすぐには達成されない。したがって、人々は神の言葉によって精錬される。これもまた、苦しみの要素である。赤い大きな竜の地で働きを実行することは神にとって非常に困難だが、神はこのような困難を通して、自分の働きのひとつの段階を行い、自分の知恵と不思議な業を明らかにする。神はこの機会を通して、この一群の人々を完全にする。人々の苦しみ、彼らの素質、そしてこのけがれた地の人々のサタン的なすべての性質故に、神はその清めや征服の働きを行うことで栄光を手にし、神の業の証に立つ人々を得るのだ。これこそが、神がこの一群の人々のために行った全ての犠牲のすべての意義である。

『言葉は肉において現れる』の「神の働きは人間が想像するほど簡単か」より

 人間がどの側面で苦難を受け、挫折を体験するかは、神によって予め定められており、人間自身の要求によるものではない。これは絶対にほんとうである。全ての信者が神の言葉による試練を体験し、神の言葉の中で苦難を受ける能力を持たなければならない。あなたがたは、このことをはっきりと見極められるだろうか。したがって、あなたが経験した苦難は、今日の祝福に引き換えられる。神のために苦しまないのであれば、あなたは神から称賛を得ることはできない。あなたは、かつて不平を言ったかも知れないが、どれだけ不平を言ったとしても、神は、あなたに関してそのことを思い出さない。もう今日という日が来たのだ。昨日のことをふり返る理由はない。

『言葉は肉において現れる』の「神への真の愛は自発的である」より

 わたしの前にあなたの心を置くことに全力を尽くしなさい。そうすればわたしはあなたを慰め、あなたの心の中に平安と幸福を与える。あなたは人間の承認を求めてはならない。わたしを満足させることの方が、より価値があり重要ではないか。わたしを満足させることに、より多くの永遠かつ生涯続く平安と幸福があるのではないか。現在の苦しみは、あなたの将来の祝福がどんなに大きいかを示している。それは言葉では言い表せない。どれほど大いなる祝福を受けるのか、あなたは知らない。あなたはそれを夢見ることさえできない。今日、それは現実となる。ほんとうに現実となるのだ。それはもう遠くない。あなたにはそれが見えるか。すべてはわたしの中にあり、前途は何と明るいことか。あなたの涙を拭い去り、痛みも悲しみも感じるな。すべてはわたしの手の中に握られており、わたしの目標はあなたがたをすぐに勝利者にし、あなたがたを導き、わたしと共に栄光の中に入ることである。

『言葉は肉において現れる』第一部「キリストの初めの言葉」の「第十章」より

 私は神の愛に報いるべき時が来たと考えている。私達が神への信仰の道を歩んでいるため、多くの嘲笑、罵倒、迫害の対象となっているが、これは有意義なことだと考える。これは栄誉なことであり、恥ではなく、何であれ私達が享受している祝福は甚大である。落胆することは数え切れないほど多くあったが、そうした時、神の言葉が安らぎをもたらし、いつの間にか悲しみが喜びに変わった。何かに事欠くことは数え切れないほど多くあったが、そうした時、神は祝福をもたらし、私達は神の言葉をとおして必要を満たしてきた。病に伏すことは数え切れないほど多くあったが、そうした時、神の言葉がいのちをもたらし、私達は危険から解放され、危険から安全へと逃れてきた。あなたがたは、気付かぬうちに、こうした極めて多くのことを既に享受してきた。覚えていないなどということがありえようか。

『言葉は肉において現れる』の「道……(2)」より

 人が神を得ることができないのは、神が感情を持っているからでも、神が人に得られたくないからでもなく、人が神を得たくないからであり、人が切迫して神を探し求めないからである。本当に神を探し求める人がどうして神に呪われることがあり得ようか。健全な理知と繊細な良心を持つ人がどうして神に呪われることがあり得ようか。本当に神を礼拝し、仕える人がどうして神の怒りの火によって破壊されることがあり得ようか。喜んで神に従う人がどうして神の家から追放されることがあり得ようか。神をどれほど愛しても愛しきれない人がどうして神の懲罰の中で生きることになり得ようか。喜んですべてを神のために断念する人がどうして無一文な状態になることがあり得ようか。

『言葉は肉において現れる』の「性質が変わらないままなのは、神に敵対していることである」より

 水が人間をそっくり呑み込むと、わたしは淀んだ水から救い出し、新たに生きる機会を与える。人間が生きる自信を失うと、死の瀬戸際から引き戻し、生きる勇気を与え、わたしを存在の基礎とするようにする。人間がわたしに不服従であるとき、わたしはその不服従の中でわたしを知るように仕向ける。人間の古い本質を考慮し、わたしの哀れみにより、人間を殺すよりは、悔い改めて新たに始めさせる。人間が飢饉に苦しむと、一息でも残っていれば、わたしは彼らを死から奪い、サタンの罠に陥らないようにする。何度、人々はわたしの手を見ただろう。何度、人々はわたしの親切な顔、笑顔を見、何度、わたしの威厳、わたしの憤りを見ただろう。人間は、けっしてわたしを知らないのだが、わたしは彼らの欠点につけ込んで無用な厄介事を引き起こしはしない。人間の困難を経験したため、わたしは人間の弱点に同情する。人間の不服従、忘恩に対してだけ、わたしは程度に応じて刑罰を下す。

『言葉は肉において現れる』第二部「全宇宙への神の言葉」の「第十四章」より

 全能者は、深い悲しみの中にあるこのような人々に慈しみを抱く。同時に、神は何の自覚もしていないこのような人々にうんざりしている。なぜなら、神は人間から答えを得るのに、あまりにも長く待たねばならないからである。神は探したいと、あなたの心や霊を探したいと、願っている。神は、あなたに食べ物や水をもってきたい、あなたを目覚めさせたいと思っている――そうしてもはやあなたが渇きを感じないように、もはや空腹でなくなるように。あなたが疲れているとき、この世の荒廃を感じはじめるとき、途方に暮れてはならない、泣いてはならない。全能神という、見張る者はいつでも、あなたが来るのを抱擁して迎えるだろう。彼はあなたのそばで見守っている、あなたが引き返してくるのを待っている。あなたの記憶が突然回復する日を待っている――すなわち、あなたが神から来たという事実、ともかくもどこかで道を失った、道端で気を失った、それから知らずに一人の「父」ができたことが意識にのぼる日を。そして全能者がそこで待っていたということ、はじめからずっとあなたが返ってくることを待っていたということを、あなたが理解することを。全能者は苦しげに切望している、そして答えのない応答を待っている。全能者が見守ることはきわめて貴重であり、人間の心や霊に対するものである。おそらくこの見守りは無期限であり、そしておそらくそれは終わりの段階にある。しかし、あなたは、あなたの心や霊が今、本当のところ、どこにあるのかを知るべきだ。

『言葉は肉において現れる』の「全能者のため息」より

 神の愛は泉の水のように溢れ出て、あなたや私や他の誰かに、そして真理を求め、神の出現を待ち望む全ての人に与えられる。

月がいつも太陽を追いかけているように、神の働きは決して止むことはなく、あなたや私や他の誰かの上に、そして神の足跡に従い、神の裁きと刑罰を受け入れる全ての人に対して行われる。

『言葉は肉において現れる』の「神の裁きと刑罰に神の出現を見る」より

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