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28.聖霊の働きと悪霊の働きの違いは何か。

神の言葉

もしそれが聖霊による働きであるなら、人間はずっと正常になり、その人間性はさらに正常になる。人間はサタンに堕落させられた自分の性質、人間の本質についての認識を増し、真理への渇望は更に大きくなる。これはつまり、人間のいのちがどんどん成長し、人間の堕落した性質においては、より一層の変化が可能となる。これら全てが神が人間のいのちになるということの意味である。もし、ある道が、人間の本質であるこれらのものを明らかにすることができないのなら、また人間の性質を変えることができないのなら、さらにまた、人間を神の前へ導き、神についての真の理解を与えることができないのなら、あるいは、人間性をさらに卑しめ、その理知をますます異常なものにするのなら、その道は真の道ではあり得ず、悪霊の業、あるいは、古い道なのだ。要するに、それは聖霊が現在為している働きではないということだ。

『言葉は肉において現れる』の「神とその働きを知る者だけが神の心にかなう」より

聖霊の働きはすべて、人々が利益を得るのを可能にすることである。すべて人々を啓発することである。人々の利益にならない働きは何もない。真理が深かろうと浅かろうと、また、真理を受け入れる人々の力量がどうであろうと、聖霊がすることはなんであれすべて人々に有益である。

『言葉は肉において現れる』の「神の働きと人の働き」より

神が業を行うこれらの方法から、あなたは、神とどのような関係にあると感じるであろうか。 … 神があなたを導く時、あなたに与える時、あなたを助け、支える時、あなたは神の温厚さ、神が尊敬すべき存在であること、神がどれほど愛に溢れているか、どれほど暖かいかを感じる。しかし、あなたが堕落したことを咎めたり、神に背いたことについてあなたを裁いたり刑罰したりするとき、神はどのような方法を用いるであろうか。神は言葉で咎めるであろうか。(その通りである。)あなたの環境や人間、出来事、物事などで鍛錬するだろうか。(その通りである。)この鍛錬は、どの程度まで達するであろうか。(人間が耐えうる程度である。)神による鍛錬は、サタンが人間を害するのと同程度まで達するであろうか。(達しない。)神は、優しく、愛に溢れ、配慮された、思いやりのある、特別に配慮された適切な方法で業を行う。神の方法により、あなたが「私がこれをすることを神はお許しにならないだろう」とか、「私がこれをすることを神はお許しになるはずだ」などとこぼすような、強い感情をあなたに抱かせられることは無い。物事が耐えがたくなるような強い考え方や感情を神が与えることは、決してない。そうではないだろうか。(その通りである。)あなたが神の裁きと刑罰の言葉を受け容れる時でさえ、あなたは何を感じるであろうか。あなたが神の権威と力を感じる時、あなたは何を感じるであろうか。あなたは、害することのできない神性を感じるであろうか。(感じる。)こうした場合、あなたは神から遠ざかったと感じるであろうか。あなたは、神に対する恐怖を感じるであろうか。(感じない。)そのかわりに、あなたは、神に対する畏敬の念を感じる。人間は、ただ神の業故に、そうしたものを感じるのであろうか。(その通りである。)

サタンの人間に対する業により、どのような代表的特徴が示されるであろうか。…(サタンの業は、すべて人間を害するために行う。)サタンは人間を害するために業を行う。サタンはどのようにして人間を害するであろうか。より具体的に詳しく回答してもらいたい。(サタンは人間を誘惑して試す。)その通り。それらは幾つかの側面を表している。その他の回答はあるだろうか。(サタンは人間を惑わす。)サタンは人間を惑わせ、攻撃し、非難する。それら全てが正解である。それ以外に何かあるだろうか。(サタンは嘘をつく。)欺瞞と嘘はサタンが最も自然に行う。サタンは頻繁に嘘をつくので、口から嘘が流れ出し、考える必要すらない。その他の回答はあるだろうか。(サタンは不和の種を蒔く。)それは、それほど重要ではない。あなたがたを震撼させる事を説明するが、あなたがたを怖がらせるために話をするのではない。神は人間に対して業を行い、人間は神の態度と心の両方で大切にしている。しかるに、サタンは人間を大切にするであろうか。サタンは人間を大切にしない。サタンが人間をどうしたいのであろうか。サタンは人間を傷つけることを望み、そのことしか考えていない。そうではないだろうか。それならば、サタンが人間を傷つけることを考える際、サタンはそれを喫緊の精神状態で行うであろうか。(その通りである。)人間に対するサタンの業に関し、サタンの邪悪な特質を十分に言い表し、あなたがたがサタンの忌々しさを知ることができる、2つの言葉がある。人間に対するサタンの方法では、サタンの目的を果たして無謀な野望を実現させるため、常にサタンは強制的に個々の人間を「占有」し、その人間に「付着」して最終的にその人間を支配し、害を及ぼす。「強制的に占有」するとは、何を指すであろうか。それはあなたの同意の上で行うであろうか、それとも同意無く行うであろうか。それは、あなたの意識の中で行うであろうか、それとも無意識のうちに行うであろうか。それは、完全に無意識うちに行う。あなたが無意識の状態で、おそらくサタンがまだ何も言わず、何も行っておらず、何の前提も背景もない時、サタンはあなたを取り巻いて存在している。サタンはあなたを利用し、強制的に占有し、あなたに付着し、あなたを完全に支配し、危害を加えるという目的を果たす。これが、サタンの神への対立において最も典型的な意図と行動である。

『言葉は肉において現れる(続編)』の「唯一の神自身 4」より

聖霊は自分の中で常に御業を行っている、という者も居る。それは不可能である。仮に、そうした者が、聖霊は常に自分と共にあると言うのであれば、それは現実的であろう。仮に、そうした者が、自分の思考や理知は常に正常である、と言うのであれば、それもまた現実的であり、それは、そうした者が聖霊と共にあることを示すであろう。聖霊は常に自分の中で御業を行っている、自分は神により啓かれ、聖霊により常に感激させられ、常に新たな知識を得ている、とあなたがたが言う場合、それは正常ではない。それは極めて超自然的である。そうした人々が悪霊であることに何の疑いも無い。神の御霊が受肉した時でさえ、主が休む必要のある時、食べる必要のある時があり、あなたがたについては言うまでも無い。悪霊に取り憑かれた者は、肉の弱さが無いように思われる。そうした者はあらゆる物事を捨て去ることが可能であり、冷淡であり、苦悩に耐えることが可能であり、肉体を超越したかのように、全く疲労を感じない。これは極めて超自然的ではないだろうか。悪霊の業は超自然的であり、人間には出来ない業である。区別がつけられない人々は、そうした者を見ると羨み、そうした者の神への信仰は極めて強く、優れており、そうした者は決して弱くないと言う。実のところ、これは悪霊の業の表れである。なぜなら、正常な人間には必然的に人間の弱みがあり、それが聖霊の存在が有る者の正常な状態だからである。

『言葉は肉において現れる』の「実践 (4)」より

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